FILT

佐藤優

佐藤優

佐藤優

バブルも経験をせず、終身雇用という概念も崩れ、社会の恩恵を肌感覚で感じにくい30代中盤より若い世代。まさに「右肩下がり世代」といっても過言ではない彼らは、厳しい現状の中でも新しい生き方を模索しています。「知の巨人」であり、グローバルな視点で国内外の問題を語る佐藤優がメンターとして、右肩下がり世代で活躍する人々と話し新しい時代の価値観を浮き彫りにしていきます。

佐藤優

構成/藤崎美穂
撮影/伊東隆輔

つながるということ

地域ユーザーの意見を取り入れたら、

専門家の原理とは異なる新しさが生まれ、

さらに住人自ら積極的に運営に

かかわるようになった ―― 山崎

佐藤 山崎さんの地域コミュニティに対する取り組みは、これまでになかった独特の視点がありますね。ランドスケープデザイナーとしてキャリアをスタート、現在はおもに、公共の施設や空間を「コミュニティデザイン」という概念でデザイン・マネジメントされておられます。
山崎 大学で公園や庭を設計するランドスケープデザインを専攻して、大学院では地域生態工学という都市計画に近い考え方を学びました。その流れで建築設計事務所に就職し、建築や造園の設計に携わりました。建物を建てるときは当然、ユーザーの意見を聞きますよね。同じように公園をつくるときも、ユーザーとなる周辺住民の声を聞いてつくったほうがいいだろうと思ってやってみたら、これがとても好評で。
佐藤 初めて手がけられた公園はどちらですか。
山崎 兵庫県の有馬富士公園です。みなさん意見を出したことで「自分たちの庭」という思い入れを持ってくれて、進んで維持管理をしてくれるようになりました。子どもの遊び場の場合も、「これ俺らがつくった公園やねん」と率先して友だちや仲間を呼んでくれるんですよ。
佐藤 従来の行政主導の公園とはまったく異なる反応が生まれたと。
山崎 はい。実際のユーザーの意見を取り入れることで、従来の専門家が安全基準や黄金比で考えていた原理とはだいぶ違うものになるだろうと予測はしていました。けれども運営にまで関わってくれるようになったのは予想外の発見で、この経験が「コミュニティデザイン」という今の仕事に結びついていったと思います。
佐藤 参加させることで当事者意識を持たせるのは、霞が関の官僚が政治家を落とす方法と似ていますね。例えば会食の席で若手官僚が「先生、山崎さんというデザイナーが有権者の興味をひく公園をつくったそうですよ」などと断片情報を投げておく。後日、話を合わせたベテラン官僚が「公園の開発はどうしますか」と聞きに行く。そこで「山崎という人に頼んでみようと思う」と言われたら「さすが先生、着眼点が違いますね」と驚いてみせる(笑)。こうして断片情報を散りばめ、ジグゾーパズルのように自分で組み立ててもらうほうが、「山崎さんを推薦します」と最初から完成した絵を見せるより効果的なんですよ。
山崎 自分もそういう技術が必要な気はします(笑)
佐藤 人間、自分が選んだものには愛着がわきますからね。それと著書『コミュニティデザイン』『コミュニティデザインの時代』を読んで思ったのですが、山崎さんはカトリックの巡礼司祭のような役割も担っているんじゃないかな。いくら懺悔をなさいといわれても、教区の司祭には言い難いこともあるわけですね。だから2、3年に1度、巡礼司祭がやってくる。巡礼司祭は同じ町には二度と来ないので安心して「隣の奥さんに対してエッチなことを考えてしまった」というような罪の告白ができます。それと同じく普段コミュニティの内側ではいえない問題点を表し、村的なしがらみや掟を崩すのも山崎さんの重要な役割なのでは。
山崎 住人同士ではカドがたって言えないことも、僕を介してなら言えるという。
佐藤 とはいえ簡単なことではないと思うんですよ。地域によっては、コミュニティデザインが実現しにくいケースもあるのではないでしょうか。
山崎 失敗する典型的なケースは、僕がそのコミュニティに入っていったとき「ほう、お手並み拝見しようか」と、批評家になってしまう人が複数人いるところですね。結局うまくいかなかったときに「ほら、俺は最初からあんなやつが来てもダメだとわかっていた」と逃げる準備ができているんです。彼らは「俺も頑張ったけどダメだった」という仲間意識には決してなりません。

山崎さんはカトリックの

巡礼司祭的な役割も果たしている ―― 佐藤

住人同士では言えないことも

僕を介せば伝えられる ―― 山崎

佐藤 ああ…目に浮かぶようです。そういうところは深入りせずに早々に撤収しないとね。
山崎 そうですよね。でも我々はまだ割り切れず、それでもなんとかしようとしてしまう。ひとりずつ説得して前のめりになって不毛な時間を過ごし、若いスタッフが疲弊してしまうことも多いです。
佐藤 まちづくりは合理性で割り切れない部分が多いでしょう。かなり深く入っていかなければ問題点に切り込めない。しかし入り過ぎると飲まれてしまって出してくれなくなるから冷静に突き放す部分もなければいけない。カウンセラーのような部分もありますね。
山崎 そう思います。僕らもカウンセラーのように、技術として心理的なバリアの張り方を習得する必要があるかもしれません。

佐藤優

従来の地域の中心であったお寺の活性化と

それに伴うコミュニティ形成を

お手伝いしています ―― 山崎

佐藤 最近はどんな案件を手がけられていますか?
山崎 かなり幅が広がり、このごろは医療福祉系が増えてきましたね。ここ半年ほどは、北海道根室にある浄土真宗大谷派のお寺でコミュニティづくりをお手伝いしています。
佐藤 根室というと北海道本島の最東端ですね。
山崎 はい、北方領土が見えるところで。お寺といえばそれこそ昔から地域コミュニティづくりの中心だったはずなんですが、だんだん「お寺離れ」で門徒が減っているんです。大谷派の門徒だけでなく、本願寺派でもキリスト教でも問わずにみなさんに来てほしいということだったので、思い切ってお寺の本堂を、一日限定のカフェにしてみたんです。地域の人たちに運営を任せて、和風スイーツを出したり、映画を上映したりして。
佐藤 それは面白いですね。お客さんはどんな層が多いのでしょうか。
山崎 若い人から年配の方まで幅広いです。黒板に「今日は寺カフェやっています。カフェオレ500円」とか書いてあると、入ってきやすいようですね。
佐藤 お堂を使っていないとき、不定期で開けるのですか。
山崎 まずは1回、実験的にやってみて好評だったので、今後は定期的に開催したいと思っています。いずれは朝ごはん屋さんをやりたいんですよ。根室はサンマ漁がさかんで漁師さんたちの朝が早くお寺では朝の勤行でお供えしたごはんをおかゆにしてふるまったりしているんです。それと根室は、日本で最も早く夜が明ける地域でもあるので、「いちばん早く朝ごはんが食べられる町」として他の地域にもアピールできるんじゃないかと考えていて。一方で一人暮らしの高齢の方は、朝ごはんがつくれなくて施設に入る人も多いと聞きます。そういう人たちが集まってみんなでお寺で朝ごはんを食べられたら、エンディングノートならぬエンディングコミュニティとして、幸せな長寿生活を模索していけるように思うんです。
佐藤 根室に限らず高齢化の進む日本全体で、それは大きな希望になるでしょう。私はクリスチャンだけれども、各地にあるお寺がそうして活性化していくことを歓迎します。
山崎 お寺って僕はよく知らなかったんですが、全国に5万件もあって、コンビニよりも多いらしいです。

佐藤優

旧態依然とした土地やジャンルこそ

コミュニティデザインの活用がヒントになる

―― 佐藤

佐藤優

佐藤 そういわれてみると確かにそうですね。お寺の例で「コミュニティデザイン」が非常に応用の効く考え方ということがよくわかりました。山崎さんと一緒に何か新しいデザインを考えたい人がこれからもたくさん出てくるでしょうね。旧態依然とした土地、ジャンルこそ、大きな改革が必要になるでしょうし。
山崎 ありがとうございます。いまなんでも「活」ってつけますよね。就活、婚活、終活…。この「○活」というのは「誰にも頼らず自分で努力すること」が前提ですよね。コネや紹介がある人は、わざわざ活動しなくていいわけですから。コミュニティデザインの考え方は、「○活」と真逆にあるんです。もちろん個人の努力は大切で、他力本願が過ぎていいこともありません。ただ、なんでもひとりでがんばることばかりがクローズアップされるのではなく「みんなで考えて、一緒に実践していく」という側面にも光があたればいいと思っています。僕らがその一助となれるよう、新しい場所でもどんどん企画を出していきたいですね。

佐藤優 さとうまさる 作家 1960年生まれ 東京都出身。作家。元外務省・主任分析官として情報活動に従事したインテリジェンスの第一人者。“知の怪物”と称されるほどの圧倒的な知識と、そこからうかがえる知性に共感する人が多数。近著に「いま生きる階級論」「知性とは何か」など。

山崎亮 やまざきりょう 1973年 愛知県生まれ。メルボルン工科大学環境デザイン学部で学んだのち、大阪府立大学大学院修了。その後SEN環境計画室で勤務後、独立してstudio-Lを設立。地域の課題を地域住民が解決する為のコミュニティデザインに取り組む。

構成/藤崎美穂
撮影/伊東隆輔