FILT

佐藤優

佐藤優

佐藤優

バブルも経験をせず、終身雇用という概念も崩れ、社会の恩恵を肌感覚で感じにくい40代前半より若い世代。まさに「右肩下がり世代」といっても過言ではない彼らは、厳しい現状の中でも新しい生き方を模索しています。「知の巨人」であり、グローバルな視点で国内外の問題を語る佐藤優がメンターとして、右肩下がり世代で活躍する人々と話し新しい時代の価値観を浮き彫りにしていきます。

佐藤優

構成/藤崎美穂
撮影/伊東隆輔
撮影協力/PROPS NOW TOKYO

学ぶということ

大検型の優秀な人材が表に出づらくなることに危機感がある ―― 佐藤

自分のものさしを自分でつくることが、とても重要 ―― 宝槻

佐藤 東京・三鷹で学習塾を運営されつつ、勉強嫌いの子どもを勉強好きに変える教育家として注目されている宝槻さんは、ご自身もマンガや映画を教科書代わりにするといったユニークな家庭教育のもとで育ちました。兄弟3人が大検を受けて京大へ進学した軌跡を描いた『強烈なオヤジが高校も塾も通わせずに3人の息子を京都大学に放り込んだ話』が話題となり、従来の学校教育とは別のアプローチが注目されているのは非常に興味深いです。
宝槻 そもそも京大を目指したのも「『京大3兄弟』って面白い!」というダジャレですから。オヤジは今でも「5年で1千億企業をつくる」とか言っていて、巻き込まれると面倒なので、できるだけ距離を置くようにしています(笑)。
佐藤 同志社大学神学部に木谷佳楠という非常に優れた助教がいるんですが、彼女も中高一貫の女子校を途中で辞めて、大検で進学しているんです。神学部に入ってからめきめきと頭角を現して、異例の30歳前後の若さで助教になりました。宝槻さんの本を読んで、学習に対する姿勢が似ているなと。
宝槻 そうなんですか。光栄ですね。
佐藤 そういった優れた人材が出てきているのに、2020年には大幅な指導要綱改定では、アメリカ式の内申重視になりそうです。すると登校することが第一条件になるから、大検型の優秀な人材が表に出づらくなる。これには非常に危機感を持っているんですよ。
宝槻 従来の学校教育のキーワードは「適合」が中心ですよね。自分の外側のものさしに自分を合わせる、あるいは、定められた行動様式を訓練する。でも誰もが何かをつくり、表現する機会が増えていくであろうこれからの時代は、「創造」がキーワードになってくると思うんです。自分のものさしを自分でつくることが、生きる上でとても重要になる。
佐藤 受験のために仕方なくやっているから、大学に入って勉強しなくなるんですよね。それでも昔は、いい大学、いい企業に入社できればほぼゴールで、あとは問題を起こさず右に倣えをしていれば人生安泰だった。むしろ創造性なんてないほうがいいくらいで。でも、情報を持っている保護者とその子どもは変わってきています。宝槻さんの塾も反響が大きいでしょう。
宝槻 そうですね、かなり遠方から通ってくる子もいます。僕がやっていることを一言で説明すると「人類の英知と自然の神秘に驚きと感動を」というキーワードになるんですけど。
佐藤 アクティブラーニングだとか個性的な面談の仕方とか、そういうのは通常の受験産業がすぐに始めるでしょうけど、宝槻さんがやってることは簡単にはできませんからね。
宝槻 教育産業には進学実績がないと集客できないという神話があるので、なかなか参入しにくいと聞きました。実際のところ、就職制度や企業の体質が変わらない限り「適合」へのプレッシャーがなくなることもありません。ですからある程度は上手に「適合」しつつ、一方で自分の興味関心ある方面を伸ばしていくことが重要になるのかなと。
佐藤 「大学で何を学ぶか」だって、本来は創造性がなければ選べませんよね。偏差値の高いところ、という基準で大学を選ぶと、入学してから適性の不一致で悩むことになる。医者になんかなりたくないのに医学部に入ってしまう人も珍しくありませんが、それは本人にも未来の患者にとっても悲劇でしかない。

学ぶ動機というものが、

ずっと考えているテーマです ―― 宝槻

宝槻 学ぶ動機というのは、僕が20歳くらいから考えて続けているテーマです。これまでの主流の「テストに出るから覚える」は、受身なうえに楽しくない。いろいろな現場を見聞きして、参考になったのは、京都の堀川高校のプログラムでした。15年くらい前に大改革をして、商業高校から一転「探究学習」という独自のプログラムを設置し、それまで6名だった国立大学合格者が約100名になり、現在はコンスタントに約40名を京大に進学させている。業界では奇跡といわれて。何をしているかというと、高校一年の女子生徒がコンピューターで衛星の軌道を計算していたり、蝶の標本からダーウィンの進化論を検証していたりするんですよ。
佐藤 研究対象は自由なんですね。

佐藤優

問題意識だけが先行して、学力的に限界がある人は

使い物にならなくなってしまう ―― 佐藤

宝槻 コンセプトは「全ては、君の知りたいから始まる」。正直そこらの大学院生顔負けの熱心さで、とにかく好きなことを研究して、その延長線上に大学進学がある。そこからヒントを得て、僕も自分の学習塾を「探究学舎」と名付けました。
佐藤 生徒にはどんなアプローチをするんですか。
宝槻 人は「物語」に興味を持つと思うんです。例えば「-1×-1」の答えは「1」。でもこれを小学生に尋ねたら、みんな「-1」って答える。方程式を知らなければ大人だって間違えるかもしれない。ではなぜ方程式が生まれたのか。「方程式が生まれるまでの数学者のドラマ」の視点で研究を追っていくと、無機質な方程式もワクワクしてきます。
佐藤 物語性は大事ですね。私も講義で映画やマンガを題材にして話を進めることがよくあります。大人が専門的な知識を学ぶ場合でも、いきなり難解な原典にあたるより、入門書として正しく通俗化されたものに触れるほうが効率のいいことが多い。
宝槻 記憶に定着させるという意味でも、物語ってすごいパワーがありますよね。百科辞典をつらつら読んでも頭に入らないけれど、物語化されたものを読むとトキメキとともに入るじゃないですか。感情の起伏って人間にとって極めて印象が深い。映画はそのあたりを突き詰めた文化ですから、映像化された物語は効果的ですよね。
佐藤 一昨年からやっている同志社神学部の集中講義は、単位制にはせず、土曜日4講義連続授業の形をとっているんです。午前中に映画を見せて、午後にはその映画から神学的な証書をくみ取る作業をする。『八日目の蝉』ならキリスト教の「和解」、あるいは「トポス」がキーワードになる、というように。
宝槻 僕はドキュメンタリー映画を勧めることが多いです。例えば『ガンジー』を観れば、その3時間でガンジーの生き様をはじめ、インドの歴史や宗教観もビビットなイメージで理解できる。
佐藤 歴史モノは特にそうですね。一方で、伝統的な基準での基礎学力をつけるオーソドックスな授業も平行してやっています。というのは、問題意識だけが先行して学力的に限界がある人は、本当に使い物にならなくなってしまうから。

佐藤優

型破りな人材になれるのは、型を身に着けた人間だけ ―― 佐藤

学校以外にも教育の場が広がっていくといい ―― 宝槻

宝槻敏樹

宝槻 確かにそうですね。
佐藤 型破りな人材になれるのは、型を身に着けた人間だけです。無駄な忍耐力を鍛える必要はないが、ある程度は時間をかけないと基礎体力は身につかない。
宝槻 実は堀川高校も、探求学習という変化球とは別に受験教育プログラムがあります。型破り系も天才系もいろんな子がくるから2本の濃度をその子にあわせて使い分け、それが成果につながっているそうです。
佐藤 先ほど「自分のものさしをつくる」というのは同感で、それができれば、悪い人や組織に騙されないで済む。私からすればそれこそが学ぶ意味であり、子どもや学生だけの話じゃないんです。宝槻さんは今の活動を続けられながら、教育者を育成する立場になられたらいいと思うんですけどね。
宝槻 学校以外にも教育の場が広がっていくといいですよね。民間の教育ビジネスやNPOといった任意の活動から変化は起こるのかなと。今後、学びの在り方は変わらざるをえないでしょう。その一助となれるよう、輪を広げていきたいです。

佐藤優 さとうまさる 作家 1960年生まれ 東京都出身。元外務省・主任分析官として情報活動に従事したインテリジェンスの第一人者。“知の怪物”と称されるほどの圧倒的な知識と、そこからうかがえる知性に共感する人が多数。近著に「悪の正体 修羅場からのサバイバル護身論」など。

宝槻泰伸 ほうつきやすのぶ 探究学舎代表 1981年生まれ、東京都出身。京都大学卒業後に起業。2012年に、探究学習を柱とした学習塾「探究学舎」を設立。著書に「強烈なオヤジが高校にも塾にも通わせずに3人の息子を京都大学に放り込んだ話」「勉強嫌いほどハマる勉強法」など。

構成/藤崎美穂
撮影/伊東隆輔
撮影協力/PROPS NOW TOKYO