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佐藤優

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バブルも経験をせず、終身雇用という概念も崩れ、社会の恩恵を肌感覚で感じにくい30代中盤より若い世代。まさに「右肩下がり世代」といっても過言ではない彼らは、厳しい現状の中でも新しい生き方を模索しています。「知の巨人」であり、グローバルな視点で国内外の問題を語る佐藤優がメンターとして、右肩下がり世代で活躍する人々と話し新しい時代の価値観を浮き彫りにしていきます。

佐藤優

構成/藤崎美穂
撮影/伊東隆輔

いま福島を考えること

客観的な事実を

冷静に伝えていくことこそが必要 ―― 開沼

佐藤 開沼さんの著作を非常に興味深く読んでいます。特に『はじめての福島学』を読んだときには、初めてポジショントークではない福島の本が出たと感銘を受けました。まことしやかに流布する、「福島はヤバい」という言説に対し、様々な角度からデータをもとに反論されているわけですが、とにかく客観的なデータを以て実証していく。左派にしろ右派にしろパッケージ的な抽象思考に陥りがちな現在、福島が抱える問題をここまで客観的に論ずる人はいませんでした。
開沼 ありがとうございます。客観的な事実を冷静に伝えていくことこそが必要だという問題意識は常に持っています。3・11から5年あまり、福島ネタに絡もうとしては消えていった論者が多くいました。彼らの主観と憶測に基づくパニック的な語りは、現場の実状を無視して議論を混乱させ、実害を拡大させるばかりでした。実証性のない抽象的な概念を操ってばかりいる中で現実が見えなくなり、独りよがりな「正義」にハマり込んでいく。そういう何の生産性もない構造自体を崩してアップデートする作業をしてきました。
佐藤 新刊の『福島第一原発 廃炉図鑑』では民間の立場から福島第一原発を調査されています。骨太な内容はもちろん、写真や図解がたくさん使われていますね。若い方向けに読みやすさも意識されていますか?
開沼 はい。廃炉の問題はこの先30年、40年単位で考えていかなければならない。若い世代にも読んでもらうことを強く意識しています。学校や図書館にも置いてもらって、広く読んでもらえればと。
佐藤 事故から5年経ち、やっと民間の調査が入れるようになったんですね。
開沼 ‘15年の10月くらいに取材・調査をスタートし、漫画『いちえふ』を描かれた竜田一人さん、第一原発、第二原発で14年間働いていた元東電社員の吉川彰浩さんと協力しながら、半年かけて状況を整理しました。この調査研究プロジェクトは継続していきたいので、そのためのクラウドファウンディングも始める予定です。(6月22日に開始し、4日後には100万円を達成。現在もさらなる寄付を募っている)
佐藤 続編を作っていくということですか。
開沼 そうですね、今回をスタートラインとして、今後はさらに応用問題をとけるようにしていけたらと。実は動画も撮ったので、クラウドファウンディングに協力してくれた方には、その動画をまとめた「動く廃炉図鑑」を提供する予定です。
佐藤 福島の実情が知られないのは情報が足りないからだ、という言い方をする人がいるけれど、実際は情報がありすぎるんです。膨大なデータというのは情報がないことに限りなく近くなってしまう場合が多い。
開沼 行政側の発表にしろ、東電の記者レクにしろ、毎日、分厚い資料が公表されているわけですが、「情報不足だ」とか「隠蔽だ」とかいう人はそれを全部把握していっているのか、ということこそが核心です。情報が存在しすぎているがゆえに知識が普及しないというジレンマをどう乗り越えるのか。あるいはメディアによって作られた「東京の人が喜ぶ福島」のイメージを、情報を整理し直す中でどう相対化していくか。
佐藤 社会学的な訓練を受けている人でなければ、その辺は読み解けないでしょう。
開沼 そうなんですよね。膨大な情報を知識に転化して普及すること、これはメディアの役割ですが、いまは不具合が起きている。そこに挑戦したいと思いながらやっています。
佐藤 とても重要な取り組みです。それと、開沼さんは福島県のご出身というのも強い。皮膚感覚で分かるから。いまも福島に?

膨大なデータは、情報がないことに

限りなく近くなってしまう場合が多い ―― 佐藤

開沼 はい、自宅は福島市内に。実家はいわき市です。
佐藤 さらに東京、そして京都の大学でも発信をされている。この物理的な拠点の感覚もいい。東京はなんだかんだいっても情報が膨大にあり、しかも国政の中心地です。京都はそんな東京を斜めに見ていて、政策に文句をつけることに抵抗ないですね。
開沼 この春から福島県内のテレビとラジオのレギュラーを1本ずつ、毎週担当することになりました。福島の中でも「自分たちの言葉」を作っていかなければという感覚が熟してきているのかなと。
佐藤 会津あたりはどんな反応になってきているんでしょうか。
開沼 だいぶ日常に戻っていますが、経済的な損失はいまでも深刻です。歴史のある地域で、かつては修学旅行のメッカでした。

佐藤優

事実が事実としてなぜ共有されないのか、

という難題が存在している ―― 開沼

開沼 ところが震災以降、半減している状況でいまに至る。製造業・土木建設業などはむしろ活気が出ている部分もある中、イメージで左右される産業はなかなか厳しいですね。
佐藤 今回の本ではストレートには触れられていないけれども、原発の問題はエネルギー問題や国際政治、安全保障の視点も含め、極めて複雑なテーマをはらんでいますよね。
開沼 事実をベースにして、偏ったイデオロギーに依ることなく虚心坦懐にいま何をなすべきか考えれば、多くの人が合意可能な結論に行き着くことはそう難しいことではないと思います。ただ私たちがやっているプロジェクトが立ち向かっているのもまさにそうですが、その議論の前段階で事実が事実としてなぜ共有されないのか、という難題が存在している。まずは、事実を把握し合えるようにする環境づくりができればと思っています。
佐藤 その辺は開沼さんが現れたことにより、だいぶ共有されてきたのではありませんか。
開沼 そう言っていただけるとありがたいです。
佐藤 ただ、特定のイデオロギーに依らないからこそ批判もあるかと思います。本をよく読まずに「自民党の代弁をしているのか」というように感情で攻撃して来たり。補償金の問題にも関係しますから「風評被害ではなく実害がある」と主張する人もいるでしょう。
開沼 難しいですよね。実際に被害にあった人が、「支援者」の顔をした運動家に利用されるパターンも少なくありません。例えば、再生可能エネルギーの教祖みたいな面をして3.11前から私腹を肥やしてきた人間がここぞとばかりに惨事に便乗してきた。不安煽りと被害者意識、周囲への敵愾心を植えつけて、自らのイデオロギーのみが正しいと洗脳した信者をつくり、元は税金である助成金などを住民経由で懐に入れる。住民の幸せなど一切頭にはない。
佐藤 科学的・客観的なデータにおいては、避難先から戻れる環境は整っている。もちろん事故を東京電力が補償するのは当然です。でもその財源は電気を使っている人たちの利用料から出ているわけだから。どこかでは自分の力で生活をしていくことが必要になる。でも、よその人間はなかなか言えません。福島出身であり在住であり、一番福島が大変な時に貢献した開沼さんだから言えること。

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最後に強い力を持つのは

客観性と実証性です ―― 佐藤

開沼博

佐藤 ほとんどの有識者はそんな正攻法の苦労は避けて、「危険だから帰らないほうがいい」というスタンスでいますよ。絶対に楽だから。
開沼 「福島は全部汚染されている!弱者を守れ!」と弱者憑依ポジションをとっておけば、なんの勉強をしていなくても褒めてもらえるんだからお気楽でしょうね。制限されてきた居住権を認めるべき、というシンプルな議論が通りにくい背景には、「事実」を踏まえずに「主張」し、「公正」を蔑ろにして「正義」を全面に押し出すことが、福島の問題に限らない、議論の主導権取りに有利だという風潮がある。そうではなく徹底的に事実を持って社会に向きあうことこそが、福島のみならず、複雑化する社会のあらゆる課題を理解し、解決する最重要の手段だと思っています。
佐藤 特定の偏った立場ではないからこそ多方面に敵を作りやすくもあるのだけど、最後に強い力を持つのは客観性と実証性です。勇気をもって活動を続けてほしいですね。

佐藤優 さとうまさる 作家 1960年生まれ 東京都出身。元外務省・主任分析官として情報活動に従事したインテリジェンスの第一人者。"知の怪物"と称されるほどの圧倒的な知識と、そこからうかがえる知性に共感する人が多数。近著に、「君たちが知っておくべきこと: 未来のエリートとの対話」(新潮社)など。当連載も書籍化。

開沼博 かいぬまひろし 社会学者 1984年生まれ 福島県出身。立命館大学衣笠総合研究機構准教授、東日本国際大学客員教授。福島や原発を中心とした言論活動で注目を集める。著書に「漂白される社会」(ダイヤモンド社)「はじめての福島学」(イースト・プレス)「福島第一原発廃炉図鑑」(太田出版)など。

構成/藤崎美穂
撮影/伊東隆輔