撮影/伊東隆輔
構成/藤崎美穂
スタイリング(佐藤)/森外玖水子
未来を見通す力を養うには。
戦争のような現実が迫っているときに、
人は急に実体にしがみつくようになる ―― 佐藤
佐藤 『22世紀の民主主義』を興味深く読みました。民主主義が形骸化している中で、民主主義的なものをどう生き残らせていこうかということを真面目に考えている。広く啓蒙的な役割を果たす良い本ですね。
成田 ありがとうございます。コンプラだ炎上だと窮屈な昨今、一番自由にものが言えるメディアは実は地味な本なのかなと思っていて。かつアーカイブ性も兼ね備えている紙の本の隠れた力を感じています。
佐藤 この本で提唱されている「無意識民主主義」――あらゆる生活の場から、言葉、表情、リアクションなどの匿名データを収集してアルゴリズムで解析し、その無意識の民意データを政策や意思決定に結びつける――が実現すれば、政治家は生身の人間ではなく、ネコやゴキブリ、あるいはVTuberになるだろう、というところでは思わずニヤリとしました。たしかに人間はネコには勝てません。それと、成田さんの本を読んでいて、アルバニアの作家、イスマイル・カダレの書いた『夢宮殿』という小説を連想しました。
成田 どんなお話ですか?
佐藤 簡潔にいうと、国民全員の夢を管理・検閲するための政府機関「夢宮殿」に入省した主人公が事件に巻き込まれながら、本人の意思とは関係なくどんどん出世していく、そこが怖くもある幻想小説です。
夢の管理というシステムは非現実的ではあるけれど、ファンタジーとも言い切れなくなってきている。「無意識民主主義」のポイントも実はここだと思ったんです。どんなに自動的にデータを収集できたとしても、意思決定には必ず「人」の要素が入ってくるでしょう。そしてそこは確実に、時の権力者とつながっている。
成田 「無意識民主主義」にも、アルゴリズムを管理する人間の夢宮殿的なものが入り込まざるを得ない、と。
佐藤 そう。そしてもう一つ、夢宮殿は一般求人をせず、指名制なんです。それも示唆的ですよね。貴族的なノブレス・オブリージュの精神を持った人が入ってくれるならいいけれど、変な人が入ったら一気に政策が歪む。
成田 たしかに、22世紀の民主主義における夢宮殿をどう設計し、どう統制するかの議論は必要ですね。
佐藤 今はどんな本を書いているんですか?
成田 続編にあたる『22世紀の資本主義』を作っています。前作はわりと枯れた思想をリミックスしたものですが、こちらはもうちょっと新奇で聞いたことがないような話をしようと思っています。例えば、お金や貨幣がこの先どうなっていくか。一言で言うと、私たちが慣れ親しんでいるお金はなくなるかもしれない、という話をしてます。トンデモな話のように聞こえるかもしれませんが、意外に筋道だった話ですのでお楽しみに(笑)。
佐藤 成田さんは中学生の頃に、柄谷行人さんの主宰する社会運動組織NAMに顔を出されていたんですよね。当時の柄谷さんは、共同幻想の延長線上で貨幣が作れると言っていた。でも彼も今は、金(きん)のような実体が必要だ、と意見が変わってきている。
成田 僕は、物質性はなくてもいいんじゃないか、なくなっていくんじゃないかと仮説を立てているんですが。
佐藤 ビットコインなどのブロックチェーン技術で作られた暗号資産は、それなりの広がりを持っています。でもまだ弱い。国家と競合するレベルになったときが問題です。物質的な実体を持たない貨幣として新しい時代を作るのか、あるいは国家に潰されるのか。
成田 どちらが優勢だと思いますか。
佐藤 それはわかりません。けれど直感的には国家が勝つような気がします。それに歴史的に見て、戦争のような現実が迫っているときに人は急に実体にしがみつくようになる。
競合するものに対して、
国家は容赦がない ―― 佐藤
成田 戦争・疫病・恐慌の今はまさにその局面ですね。
佐藤 私はGAFAやメタバースに対しても同じように見ています。国家は容赦ないから。
成田 もう一つ聞きたいなと思っていたんですけど、佐藤さんにとって自分を突き動かしている一番揺るぎない価値観はなんですか。
佐藤 それはキリスト教です。月並みだけど。
成田 全く月並みじゃないですよ。少なくとも、この国のこの時代においては、すごく特異性がある。
佐藤 ということになってしまいました。成田さんはありますか、自分を動かすもの。
炎上することが、
独自の伝達機能を果たしている ―― 成田
成田 私の場合は、ともかく飽きっぽくて原理原則を持っていないし、持ちたくないことが原動力になっていると思います。同じようなことを何度か繰り返すと、すぐに耐えられなくなって逃げてしまうんです。たとえば最近だと、新聞や言論誌、報道・討論番組みたいなものに出なくなりましたし。
佐藤 書かれたものを読んでいても、常に開かれたところへ出ていこうという意識を強く感じますね。「成田カルト」を作ろうと思えばできるけど、それはやらない。問題提起としての発言が部分的に切り取られて、独り歩きした印象もあったけれど。
成田 炎上するのも一つの社会実験の帰結で、それ独自の伝達機能を果たしているのかなと。賛否はどうあれ問題自体が今まで関心のなかった人たちの目にも入るとか、議論してもいい範囲が広がるなら意味はありますし。自分ではタブーに踏み込んでいる気はありませんが仮に誰かにそう思われる言動をとったとき、それを喜ぶコミュニティの中だけで閉じたくないので。怒りや憎しみ、妬みを買わない言論や行動には意味がないと思います。
佐藤 タブーかどうかは、まわりが決めることだからね。そこで閉じていくと、いわゆるネット右翼と近いところになっちゃう。
成田 右左を問わず、今では言論という世界全体がほとんど閉じた内輪コミュニティです。せいぜい数千人くらいの信者やファンを囲い込んだコミュニティ、いわば小さなカルトが点在する世界になってしまっている。カルト間のコミュニケーションは難しいですし、言論の外の社会とはほとんど相互作用がなくなってしまっています。
佐藤 ビジネスとしては論文や本を書くよりも、身内のサロンで「ここだけの話ですけどね……」とファンに耳打ちしているほうが簡単だし、効率がいいから。
成田 カルト的なコミュニティの内輪ウケに留まらず、言論界とその外部のギリギリのグレーゾーンを進むのが必要だと思っています。そのためにYouTubeやTikTokにも出ていき、テレビのバラエティやお笑い番組もやったりして、言論人から嘲笑されるようにしています。
自分が一番無力で、
恥をかくような場所にも出て行く ―― 成田
成田 それと、言論人……というかインテリっぽい人たちって、ほかの業界から学ばなくなっていますよね。芸人から話芸を、モデルや俳優たちから立ち振る舞いを、経営者や企業家から運動や事業を組織化して拡大していく力を学ぶ、というような貪欲さがなくなっている。同じようなインテリ同士で討論して、限られたファンだけに見られてもしょうがないんじゃないかなという思いが自分の中に強くあって。だから今は、自分が一番無力で恥をかくようなシーンにも出て行こうと思い、バラエティやお笑いでスベり、ファッション誌で醜いモデルまがいのことをさせられるがままにしたりしています。
佐藤 成田さんは意外とヒューマニストですよね。
成田 正直言うと自分でもそう思っています(笑)。
佐藤 ポストモダンをきちんと受け止めた世代で、目的論の超克を自然体でやりながら、言論活動ができている。日本じゃ初めてぐらいじゃないかな。ポストモダン系の人でもどこかで目的論が入ってきちゃう。
成田 あるところから素朴な啓蒙主義みたいなものに回帰しがちですよね。同時に、研究者や学者みたいな人たちがメディアに出ても、いわゆる専門家解説、有識者コメントみたいなものでしか人とコミュニケーションを取れないというのも、ちょっと狭すぎると思っていて。専門家だろうが研究者だろうが学者だろうが、そういう職業である前に、ただの人なわけじゃないですか。「ただの人として、ただの人とコミュニケーションする」という当たり前のことが今はすごく難しくなってしまっている。そこをどうやったら変えられるのかということに興味があって、ただの他者とただ遭遇することを目指してます。
佐藤 優 さとうまさる 作家。1960年生まれ、東京都出身。元外務省・主任分析官として情報活動に従事したインテリジェンスの第一人者。"知の怪物"と称されるほどの圧倒的な知識と、そこからうかがえる知性に共感する人が多数。第68回菊池寛賞受賞。近著に『なぜ格差は広がり、どんどん貧しくなるのか?「資本論」について佐藤優先生に聞いてみた』など。
成田悠輔 なりたゆうすけ 経済学者、データ科学者、三流タレント(本人談)。1985年生まれ、東京都出身。イェール大学助教授、半熟仮想株式会社代表。東京大学卒業後、マサチューセッツ工科大学(MIT)にてPh.D.取得。スタンフォード大学客員助教授などを経て現職。著書に『22世紀の民主主義: 選挙はアルゴリズムになり、政治家はネコになる』など。
撮影/伊東隆輔
構成/藤崎美穂
スタイリング(佐藤)/森外玖水子