撮影/伊東隆輔
構成/藤崎美穂
スタイリング(佐藤)/森外玖水子
自由な立場で社会を見ると
今のシステムは、意識を高くして
「自分は特別だ」と思わなければ生きにくい ―― 佐藤
佐藤 古谷さんの『「意識高い系」の研究』、私が教えている同志社神学部の学生たちにも読ませました。牧師だったり編集者だったりと希望する進路はさまざまなんですが、いずれにせよ神学部だなんて奇を衒ったところに来る人間はこの手の意識の高さを内包しているものです。だから「他人事としてではなく、自分の中にもこの要素があると意識することが大事だ、作者もその視点で書いているから説得力があるんだ」と言って。
古谷 光栄です、ありがとうございます。
佐藤 資本主義的な今のシステムは、意識を高くして「自分は特別だ」と思わなければ生きにくい。その構造をよく分析していますよね。これは社会学の枠組みではできないことなんですよ。統計学的な処理では、そこからあふれるナマの人間の声が出てこない。今の時代を知る非常に良い本です。新刊の『愛国奴』も良かったですね。
古谷 えっ、読まれたんですか。まだ発売されたばかりですが。
佐藤 もちろん。今のネトウヨ及び行動する右翼を脱構築するという試み。ユニークな経歴があってこその、古谷さんにしか書けない小説ですね。もともと文芸に興味が?
古谷 どちらかというと映画のほうが好きで、学生時代は大学に行きながらWスクールで映画の専門学校に通って勉強していました。ぴあフィルムフェスティバルに応募して学生デビューする”はず”だったんですけど、その才能がなくて大学に戻って、なんとか7年で卒業して……それが駄目なら小説家に、などと夢想していたのですが、第21作目にしてフィクションを世に出す念願が叶いました。
佐藤 著述の道へ入られたきっかけは?
古谷 知人がオークラ出版で『撃論ムック』(現在は廃刊)をやっていて、その周辺の縁で評論デビュー作『ネット右翼の逆襲 「嫌韓」思想と新保守論』を書きました。その辺りから紆余曲折あって……という経験が『愛国奴』に生きているとは思います(笑)。最初はノンフィクションで書くつもりだったんですが、編集者に「訴えられる可能性がある」と言われて小説にしたんです。構想を含めて3年かかりました。あくまでもフィクションです。主人公の性癖も僕には関係ありません(笑)。
佐藤 面白い! 私が書いた『外務省ハレンチ物語』には、ほぼ実在のモデルがいますけれどね。あの人たちには毀損されるような名誉はないと思っています。ただし、プライバシーの暴露はあります。公務に影響を与えるだらしない私生活については明らかにした方が公益に適うと私は考えています。それにしても、古谷さんの面白さは右やら左やらに囚われない自由さですよね。最初はいわゆる右側の論客としてスタートしたけれど、さまざまな経験から自分で判断をして「右でも左でもない」視点を構築された。それにかなりの読書家だと推察します。
古谷 本は好きです。佐藤さんの本も読ませてもらっていて、紹介されている本からもよく新しい視点をいただいてます。
佐藤 ありがとうございます。読書家は物事を相対的に見るから、偏った知識で猛進するタイプとは相容れないんですよね。これからどんな仕事をしたいとお考えですか。
小説をもっと書きたい。凄まじくひどい、
救いようのない小説を書いてみたい ―― 古谷
古谷 僕は学もないし計画性も野望もないし、社会貢献にも別に興味ないし……。その時々で思ったことを書いて、そのうち猫科の猛獣に囲まれてのんびり暮らせたらいいなと思うくらいで。ただ今回の『愛国奴』で、小説をもっと書きたいとは思いました。もっとこう、凄まじくひどい、救いようのない小説を。
佐藤 古谷さんの、どの立場にもおもねらない自由な表現に期待している人は、私以外にも多いと思いますよ。
古谷 怒っている人も多いですけど(笑)。
自由主義者には、猫が好きな人が多い ―― 佐藤
今の社会も大きくみたら犬8:猫2なのかも ―― 古谷
佐藤 きっと民主主義とは相性があんまり良くないんですよ。民主主義って結局、平易巡回してみんな同じく言うことを聞け、ってことでしょう。でも自由主義とは相性がいい。自由主義者には、猫が好きな人が多い。好きでしょ、猫。
古谷 はい(笑)。今は12歳の茶トラがいます。
佐藤 茶トラ? 何キロ?
古谷 7キロです。かわいいんですよ~も~。
佐藤 茶トラはでかくなるよね。うちは5頭のうち2頭が茶トラと白茶ブチで、7キロと12キロ。
古谷 たぬきさんじゃないですか、大きくてかわいい~!
佐藤 そう、太って大きい猫が大好きなんです。ただ12キロの白茶が本棚の上から私に向かってジャンプを試みるのは困る。さすがに危険を察知して避けます。
古谷 かわいい~。僕も冬は全裸で猫だきしめてぬくぬくするんです。すぐ逃げられちゃうけど、たまんないです。
佐藤 猫好きな自由主義者の考えはさ、ざっくりいうと「オレに触れるな」なんですよね。好きにやらせろ、と。逆に民主主義が大好きな人で、犬好きな人も結構多いと思う。警察官や自衛官は犬好き率多いと思う。
古谷 チャーチルも猫好きですもんね。
佐藤 会社とか組織では、犬派:猫派が8:2くらいがバランスいいんです。猫だけの会社はなりたたない。勤務時間中も仮眠室が定員オーバー、みたいな状況になっちゃう。かといって犬10の組織は閉塞状況に陥って自滅しちゃう。
古谷 今の社会も大きくみたら8:2なのかも。でもやや9:1よりになってきていますよね。
“純潔なるもの”へのこだわりの強さって、排他的な発想に近い ―― 古谷
猫的な人間が2割ほど許容される社会を維持するのが課題 ―― 佐藤
佐藤 日本はそういう教育をしてきているから。だから息苦しくて、意識高い系に行っちゃうんですよ。それも極まると非常に危険。例えば健康とか有機農業だとかに固執する団体でいうと、過去にはナチスの例もある。エコ右翼は危険ですよ。
古谷 エコ右翼! 土への執着と国粋主義は結びつきますものね。たしかに“純潔なるもの”へのこだわりの強さって、排他的な、ファシズム的な発想にも近いですね。
佐藤 なにかあるとすぐに被害を訴え、規制を声高に叫ぶ自称リベラリストにも実はその要素がある。もっと多様性を認める、せめて猫的な人間が2割ほど許容される社会をどう維持するかは重要な課題です。そのためにも古谷さんにはぜひ、独自の視点で閉塞状況を突き抜けて行ってほしいです。
古谷 励みになります! 次は、童貞がリア充を全部ぶっ殺す、というような業にまみれた小説を書いてみたいんです(笑)。
佐藤 優 さとうまさる 作家 1960年生まれ、東京都出身。元外務省・主任分析官として情報活動に従事したインテリジェンスの第一人者。"知の怪物"と称されるほどの圧倒的な知識と、そこからうかがえる知性に共感する人が多数。近著に『「日本」論 東西の"革命児"から考える』など。
古谷経衡 ふるやつねひら 文筆家 1982年生まれ、北海道出身。若手を代表する論客として、『報道プライムサンデー』(フジテレビ、)『タイムライン』(TOKYO FM)などに出演中。近著に自身初の長編小説『愛国奴』、『女政治家の通信簿』がある。
撮影/伊東隆輔
構成/藤崎美穂
スタイリング(佐藤)/森外玖水子