FILT

佐藤 優

佐藤 優

佐藤 優

立ち位置を見つけられず、将来を見通すこともできない現状の中で、それでも何かをつかもうと、多くの人々が自分の生き方を模索しています。「知の巨人」であり、グローバルな視点で国内外の問題を語る佐藤優がメンターとして、さまざまな知識人と語り合い、新しい時代の価値観を提言。手探りで生きかたを探す人々に対して、方向性を指し示します。

佐藤 優

撮影/伊東隆輔
構成/藤崎美穂
スタイリング(佐藤)/森外玖水子

人間の仕事はAIにとって代わられるのか?

人の仕事が、完全にAIやロボットに

代替されることは絶対ない ―― 新井

佐藤 今年の2月に出版された『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』によって、マスメディアや論壇で猛威をふるっていた「シンギュラリティ教」がだいぶナリを潜めましたね。第一線のAI専門家が「シンギュラリティはありません」と断言されたのは大きかった。
新井 一般的に使われているシンギュラリティ――AIが万能になり、人間の能力を超え、我々の生活が一変する――を信じたい人って、何らかの意味で、今の自分を肯定できない方なのかなと。AIに仕事を奪われれば、自分もダメだけど、みんな同じ状態になるんだ、という願望を感じますね。でも人の仕事が、完全にAIやロボットに代替されることは絶対ないです。簡単な仕事でも。
佐藤 AIには冷蔵庫の中を調べて、賞味期限は切れてるけど大丈夫そうな鶏肉を選んで調理するとかできませんよね。
新井 それ難しいですね(笑)。いやホント、そういうことです。キティちゃんが猫だっていうことも、AIにはわかんないですよ。絵本に出てくるキリンやカバと実物を自動的に結びつけることもできません。誰かが「この絵とこの動物は同じ種類だ」と一つ一つ教えていかないと。
佐藤 そういえば本の中で、Siriは「近所のおいしいイタリアン」と「近所のまずいイタリアン」の区別ができないから、同じ検索結果が表示される、と書かれていましたが。最近改善されましたよ。まずいほうは「ありません」ってなる。
新井 ホント!? 「中の人」が頑張ったんだ(笑)。
佐藤 「まずい中華料理」や「まずい蕎麦屋」はそのままですけど。対応していくのも相当な手間ですよね。
新井 こんな本が出たから、余計な仕事が増えたじゃないか、と恨まれていそう(笑)。まさに今、具体例が出ましたが、AIやロボットはプログラムされていないことには対応できません。「GAFA(ガーファ)」はそこをシステム化して成功しました。まずロボットを中心におき、できないところに人間を配置したんです。
佐藤 GAFAとは、Google、Apple、Facebook、Amazonのことですね。
新井 一番うまくやったのがAmazonですね。ヒトの承認欲求を利用して、レビューというコンテンツを、ユーザーに無償で書かせました。FacebookがGDPR(EU一般データ保護規則)適用以降にガクッと株価を下げたのは、扱う情報の処理が難しいからです。さっきの「近所のおいしい店・まずい店」と同じで、リテラシーや著作権等の判断は、AIにはできません。
佐藤 こういう判断のために必要となる人件費は高いですからね。
新井 同じ理由でYouTubeやTwitter、Googleだってこの先わからないですよ。みんなGAFAに全幅の信頼を寄せていますけど、考えてみたらまだ15年やそこらの新興企業なんですよね。
佐藤 我々の世代はバブル期にたくさんの新興企業とその盛衰を見ていますから、わりとシビアな視点ですけど。
新井 そう、何が起きるかわからない。ただAIやロボットにできることが増え、人間の仕事に影響を与えることは確実です。例えば外科手術支援ロボットの「ダヴィンチ」は遠隔操作で医師がモニターを見ながら手術するんですけど、万が一の時にはリアルな開腹手術に切り替えることになっているんですね。でも「ダヴィンチ」が主流になっていくと、インターンの若い医師は開腹手術の経験がないまま手術担当することになるだろうなと。

AIに対応できない要素が出てきたとき、

大事故に発展するリスクがある ―― 佐藤

佐藤 それは他分野でも――例えば鉄道業界でも問題になっています。自動運転では対応できない要素が出てきたとき、大事故に発展するリスクがある。
新井 翻訳もそうです。何らかの理由があって日常的に英語を使っていない限り、音声入力のGoogle翻訳にかなわなくなるでしょう。では、Google翻訳は完璧になるか、というと決してそうはならない。意味と状況を理解できませんから。ただし、Google翻訳の壁を超えるまでがものすごく大変なんです。AIは中途半端に結構よくできるので、そこがかえって曲者ですね。

佐藤 優

スーパーエリートに情報も貨幣も集積していく ―― 佐藤

読解力のない人間は、AI時代に生き残れない ―― 新井

佐藤 つまり今後はさらに、AIリテラシーを備えたエキスパートという、ごく限られたスーパーエリートに情報も貨幣も集積していく。ではどうやってリテラシーをつけていくかですが、新井さんは非常に人間的な感覚の強化を提示しておられます。
新井 はい。「教科書が読めない」、つまり読解力のない人間は、AI時代に生き残れません。では読解力ですべてかというと、そうではない。もう一つ必要なものがある。私は「ゴリラ力」と呼んでいます。人間の前に類人猿にきちんとなる力ですね。世界というリアリティの中で、一期一会の判断をする経験は幼少期にコミュニティの中で培われます。
佐藤 委ねて守られる安心感と、それを支えるコミュニティと。
新井 特にこれからの子はAIネイティブです。文字を知らなくてもYouTubeをスワイプできる。検索の必要すらなく、AIがサジェストした、用意された情報の中しか知らずに大人になる危険性が、十分にあります。
佐藤 非常に閉じた世界で、外部がなくなってしまう。
新井 そうなんですよ。うちの娘は大学に入るまでケータイ禁止。子ども部屋にテレビがあるのも意味わかんないですね。必要ない。
佐藤 ヨーロッパでは基本そうですね。
新井 子どもって1歳すぎると歩き出し、色々な物に興味を持つでしょう。しゃがんで蟻を見たり石を見たり。でも疲れると泣くし抱っこしなきゃいけないから親はバギーに乗せたがる。事情がある場合は別ですけど、歩けるなら歩かせてあげてほしい。ゴリラのオスは偉いですよ。子どもが背中で遊んでも、びくともせず遊ばせてあげている。そうやって大人に遊んでもらって大きくなるんです。
佐藤 ただゴリラ的な子育てはゆとりが必要でしょう。いまや中産階級の上層以上でないと難しいかもしれない。
新井 お母さん一人で全部乗り切るのは無理です。コミュニティに関してはもう、子ども食堂と複数の家族がひとつの建物をシェアして家事や育児も助け合うコハウジングしかないですね。例えばシングルのお母さんは、6世帯ぐらいでコハウジングしてみんなで子どもを育てる。そうして外部と接していけたら、ゴリラ力もある、語彙が豊富な教科書の読める子に育ちますよ。

佐藤 優

新聞などの身近な文章を、丁寧に、正確に読み、

自分の理解力を確認する習慣を身につける ―― 新井

新井紀子

佐藤 いわゆる中高一貫のエリート校で教えていて、文章の読み書きだけなら12歳でも完成したレベルの生徒がいます。でも自分と同質の人間とだけつきあっていると、多種多様な人間の心情が理解できなくなるリスクがある。となると政治家やマネジメントの仕事には向かない。公立学校でいろんな家庭環境の子と接する経験というのも、非常に大きな意味があると思います。
新井 大人でも教科書が読めない人って多いですからね。彼らはAI時代に失業のリスクが高い。大人の場合は何がいちばん問題かというと、新しい学びに対する不安感が強いこと。教科書や新聞を「読める」人は途中でわからない単語が出てきたらGoogleやWikipediaで調べながら読むけれど、読めない人は「調べてもわからなかったらどうしよう」と怖れて、行動を放棄してしまう。そうして変化を避けていると、いつの間にかゆでガエルになりかねない。
佐藤 逃げ切れるだろうと思っている人が危ない。
新井 AIの発展が今後の社会にどんな影響を与えるかは未知数です。仕事自体は置き換え不可能でも、業界全体が不況になるかもしれない。だからどの分野の人も油断せず、新しい社会に適応できるだけの読解力を身に着けておいたほうがいいです。ビジネスマンの方は、新聞や身近な文章を、とにかく丁寧に、正確に読む習慣をつけるといいんじゃないでしょうか。なんとなくわかるレベルではなく。そしてわからないことは調べる。できたら英語版のWikipediaを見てみて、自分の理解力を確認する習慣をつけるのもおすすめですね。

佐藤 優 さとうまさる 作家。1960年生まれ、東京都出身。元外務省・主任分析官として情報活動に従事したインテリジェンスの第一人者。“知の怪物”と称されるほどの圧倒的な知識と、そこからうかがえる知性に共感する人が多数。近著に『知らなきゃよかった 予測不能時代の新・情報術』(池上彰共著)など。

新井紀子 あらいのりこ 数学者。東京都出身。国立情報学研究所教授、同社会共有知研究センター長。一般社団法人「教育のための科学研究所」代表理事・所長。2016年より読解力を診断する「リーディングスキルテスト」の研究開発を主導。著書に『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』など。

撮影/伊東隆輔
構成/藤崎美穂
スタイリング(佐藤)/森外玖水子