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佐藤 優

佐藤 優

佐藤 優

立ち位置を見つけられず、将来を見通すこともできない現状の中で、それでも何かをつかもうと、多くの人々が自分の生き方を模索しています。「知の巨人」であり、グローバルな視点で国内外の問題を語る佐藤優がメンターとして、さまざまな知識人と語り合い、新しい時代の価値観を提言。手探りで生き方を探す人々に対して、方向性を指し示します。

佐藤 優

撮影/伊東隆輔
構成/藤崎美穂
スタイリング(佐藤)/森外玖水子

メディアとの向き合い方を考える

日本人は情報に対して受身になりやすい ―― 佐藤

ファクトなきオピニオンが台頭し、分断が進む ―― 堀

佐藤 堀さんとお会いするのは初めてですが、同業ですからね。今、ノンフィクションではNHK出身者が強いんですよ。今回の編集部からのお題は「メディア」ということですが、そもそも日本人は情報に対して受身の姿勢になりやすいんですよね。例えば北朝鮮の人たちはメディアリテラシーがとても高くて、多くはない情報からも非常に正確に情勢を把握しています。新聞が何を書いているかだけではなく、何が書かれていないかもしっかり読み解いている。これはロシアでも同じです。
 去年、今年と平壌に行ったとき、地下鉄の駅にも労働新聞が貼ってあって、市民のみなさんすごく熱心に読んでいて驚きました。平壌で日本語や日本文化を学んでいる大学生と日本の大学生の交流の場を設けたときも、顔を合わせて開口一番「消費税増税に伴う増税の使い先でなぜ朝鮮学校の幼稚園からの補助金を外したのか、君はどう思う?」という質問がパーンと出てくるんですね。日本の学生は戸惑っちゃって。
佐藤 報道の自由が少ないように言われているけど、だからこそ少ない情報を吟味する目が養われ、諸外国の問題に対しても関心が強くなる。
 日本人は当事者性がすごく弱いんですよね。だから情報にも疎い。統治する側からすれば都合がいいですし、メディアにとっては利用しやすい大衆社会です。 そういう状況にインパクトの強いイデオロギー、メッセージの表現がポーンと投げ込まれた結果、ファクトなきオピニオンが台頭して、分断が進んでいるのが今の状態ではないかと思うんです。
佐藤 トランプはまさに、ポストトゥルース(真実)です。事実(ファクト)はどうでもいいというスタンス。
 ただ日本の場合は、政権が替わればいいという問題でもないですよね。むのたけじさんという、戦前戦後を知る元朝日新聞の従軍記者で、101歳で亡くなられる直前まで反戦を説いていたジャーナリストの方に、亡くなる前年、インタビューをしたんです。むのさんほどの方がいたのになぜ、大本営発表に加担をしたのか。軍部はそれほどまでに強かったのですか? と尋ねたら、そうじゃない、と。言論統制があったわけではなく、「とやかく言われたくないから」という組織を守るための自主規制があっただけで、軍部はそれを笑ってみていた、と話してくれました。その構造は今も変わっていないように思えて。
佐藤 自分たちを守ることを第一に考えるのは、どの組織も、国家も同じでしょう。さらに巨大になればなるほど保身も同質化現象も加速します。
 僕が立ち上げに関わった『ニュースウォッチ9』は、2000年代前半に不祥事続きだったNHKが、信頼回復のために改革の旗印としてスタートしたプロジェクトでした。優秀だけれど人付き合いや社内営業が苦手なために全国に散っていた職員が東京に再召集されて「打倒『ニュース7』」を合言葉にチームが設けられたんです。『7』のニュースアナウンスは、「政府は」「警察は」というように大きな権力側を主語にしていたので、『9』は徹底した現場主義でできるだけ主語を小さくしました。独自取材を貫いたので、『7』の報道の直後に『9』がひっくり返すこともしばしばあって。そうして徹底的に戦って、ある時、初めて午後9時台のプライムタイムで民放を抜いて視聴率トップに躍り出て、そこで信頼回復運動終了、みんなお役御免チーム解散、って、その後の人事異動騒動もいろいろありましたけれど。
佐藤 組織には長年培われてきた文化があるので、抜本的な改革はなかなか難しい。

エスタブリッシュメントが

支配しているという不信感は強い ―― 佐藤

 現地取材をしていて、大のマスコミ嫌いの方にも会いました。「話してもあんたたちはどうせ本当のことは報道しないだろう」って。その方は公務員で、内部不正を何度も地元の新聞社に訴えたけれど何も変わらなかった、というんですね。そこを何度も粘ることで、いわゆる特ダネに結びついたんですが。
佐藤 NHKだけでなく大手メディア、企業、政府などいわゆるエスタブリッシュメントと呼ばれる組織がこの国を勝手に牛耳っているんじゃないか、という不信感は根強いし、ますます広まっていますよね。それこそN国(NHKから国民を守る党)が出てくる背景で。トランプ支持者や陰謀論者のいうディープ・ステートと近い。

佐藤 優

情報を操るのは

各官庁の報道課 ―― 佐藤

佐藤 最近映画にもなった望月さんの『新聞記者』でも、内閣情報操作室のイメージが歪んで伝えられました。
 どういうことですか?
佐藤 内調は尾行なんかしませんよ。インターネットに書き込むこともない。そんな暇も人手もありません。彼らの最も重要な仕事は、総理大臣に週2回ブリーフィングをする資料の作成です。総理大臣は忙しくて新聞を読む暇もないですから、A4の紙5、6枚程度に重要な情報をまとめて伝えるんです。機密情報もあれば、新聞や週刊誌の記事もある。ただし真実でなければいけない。そして近未来の予測もしなければならない。内調では200人の精鋭がそうして情報の分析と絞り込みをしてるんです。総理はその情報だけで情勢を判断するわけですから、そこが一番怖いですよね、本当は。
 つまり『新聞記者』という作品もファクトなきオピニオンというか……ある意味、逆の形のプロパガンダになっているというか。
佐藤 むしろ内調からすれば、好ましい勘違いでしょう。『新聞記者』はエンターテインメントとしては面白い映画ですけど。情報を操るのはむしろ各官庁の報道課ですよ。
 官庁の広報の仕事。すごく興味あります。
佐藤 まずやってくる記者個人のタイプを見るんです。迎合する与党タイプか、反発する野党タイプかを、媒体関係なく。で、与党には特に何もしない。野党タイプは二種類あって、単に突っかかってくるタイプは情報の日干しにする。そうではなく理想の高さや正義感から食い下がってくるタイプは、取り込みます。例えば芳しくない情報に対して、書くなとは言わないけれど、これを報道したらどんな国益の害、国民への不利益があるかを説いて、収めてもらう。
 なるほど、正義感を利用するんですね。
佐藤 そうして仲良くなっていって、そのうち政局レポートなんかを依頼して書いてもらって、領収書なしの数十万円の対価を払う、と。そうしたらもう一生友だちです。官はそうやって共犯関係に持ち込んでいくのが上手いですね。ロシアやイギリスのように表立って規制や検閲をかけるわけではないのだけど。

佐藤 優

現場の情報を得られるかが、

生き残る技術になる ―― 堀

堀 潤

 そこへ事なかれ主義の組織の自主規制が加わるから、外からはひどく情報が偏るように見えるのでしょうね。僕は日中ジャーナリスト交流会議というものに参加したことがあるのですが、複数の中国メディアの記者さんにこう言われました。「我々には報道の自由はないけど言論の自由はある。日本のみなさんは報道の自由はあるけど言論の自由はないですね」って。
佐藤 たしかに。ただし言ったあとにどうなるかはまた別の話です。ロシアでも中国でも記者は内輪と外では会話の内容を非常に分けていますし、匿名だからといってインターネットに気軽に書き込むこともしません。繋がっている以上は自分も見られていると、わかっているから。
 日本は外から見られているという意識も非常に薄いですよね。
佐藤 今は情報を隠蔽するというより、膨大な情報の中に上手に紛れ込ませるオシントオープンソースインテリジェンスという手法がメインになっていて、政治経済の秘密情報なら95~98%取れると言われています。ただしどれが情報でどれがノイズかは、情報をいじっている奴しかわからない。重要ではないことを隠して撹乱したりしますから。
 「本当の情報」がますますわかりにくくなりますね。といってもAIを始め様々なものが急速に発達する中で今までのように受身でいるのはリスクが高い。やはりファクト、現場にどれだけ近い情報を得られるかが、生き残る技術になっていくのかなと思います。

佐藤 優 さとうまさる 作家。1960年生まれ、東京都出身。元外務省・主任分析官として情報活動に従事したインテリジェンスの第一人者。"知の怪物"と称されるほどの圧倒的な知識と、そこからうかがえる知性に共感する人が多数。近著に『世界宗教の条件とは何か』『教養としての世界の名言365』など。

堀 潤 ほりじゅん ジャーナリスト。1977年生まれ、兵庫県出身。元NHKキャスター。NPO法人「8bitNews」代表。現在は『モーニングCROSS』(TOKYO MX)のMCなどを務める。5年の歳月をかけて国内外を取材したドキュメンタリー映画『わたしは分断を許さない』が2020年早春に公開。

撮影/伊東隆輔
構成/藤崎美穂
スタイリング(佐藤)/森外玖水子