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佐藤 優×吉藤オリィ

佐藤 優

佐藤 優

立ち位置を見つけられず、将来を見通すこともできない現状の中で、それでも何かをつかもうと、多くの人々が自分の生き方を模索しています。「知の巨人」であり、グローバルな視点で国内外の問題を語る佐藤優がメンターとして、さまざまな知識人と語り合い、新しい時代の価値観を提言。手探りで生き方を探す人々に対して、方向性を指し示します。

佐藤 優

撮影/伊東隆輔
構成/藤崎美穂
スタイリング(佐藤)/森外玖水子

魔王亡きあとの生存戦略

自分の使命を考えることによって、

生きやすくなった ―― 吉藤

佐藤 『孤独は消せる』を読んで、吉藤さんは宗教人に近いように思いました。自分が経験した孤独感やコミュニケーションの悩み、あるいは寝たきりの患者さんを始めとする外出困難な方々が抱える様々な問題を、OriHime(オリヒメ)という分身ロボットを通じて現実的に、具体的に解消していこうとされている。現在は、外出困難者がOriHimeを遠隔操作して接客サービスを提供する『分身ロボットカフェDAWN ver.β』も運営されています。理念を実行する姿勢に、非常に感銘を受けました。
吉藤 ありがとうございます。私はオンラインゲームやメタバースも大好きな人間ですが、バーチャルな世界においてリアルな世界以上に見いだせるものは、まださほど多くないと思っていて、リアルにどうアクセスし続けるかという方向性で研究を続けています。というのも、子どもの頃から身体が弱く、学校にもあまり馴染めなくて、2週間の入院をきっかけに小学5年生から中学2年生まで不登校になりました。学校に行きたい気持ちはあっても、お腹が痛くなってしまう。その時に感じた強い孤独感と「学校に行ける身体が、もう一つ別にあればいいのに」という妄想が今の研究につながっています。
佐藤 妄想は重要ですね。ロボットという概念も、チェコの作家・カレル・チャペックが『R.U.R(Rossum’s Universal Robots)』という小説を書いたことで広まりました。彼がユダヤ伝承の産物だったゴーレムから着想を得たから、ああいう四角いゴツゴツしたイメージになった。
吉藤 『R.U.R』が書かれなければ「ロボット」という名称ですらなかったかもしれませんよね。私の場合はまず、体調が悪くても学校に通えるようにと、工業高校で車椅子の研究を始めました。良い先生との出会いもあり、海外で賞などもいただけたのですが、その後、やっぱり人間が苦手で怖い、人間はコスパが悪すぎる、人間と仲良くするくらいならロボットをつくったほうが早いと思って香川県の高専に入り、1年ほど人工知能の研究をします。でもやりたいこととは違うと気付き、初心にかえって分身ロボットの研究をするために早稲田大学に入り、そのタイミングでもう一度、人間とのコミュニケーションに挑戦しようと思ったんです。その時に、オンラインゲームの感覚で自分のインターフェースを変えることを思いつき、キャラメイキングの一環としてこの“黒い白衣”を着るようになりました。
佐藤 セルフブランディングですね。
吉藤 はい。さらに名前も変えて、「オリィ」という通称を使うことにしました。本名は「健太朗」なんですが、本人は「健」康で「太」っていて「朗」らかではなく、昔から自分の名前に違和感がありました。なぜオリィかというと、昔から折り紙が好きだったんです。入院中もずっと折っていて、かつては地元・奈良県の折り紙会の会長を務め、この黒衣にも専用ポケットがあり、常に持ち歩いています。そんなところからオリィと呼ばれるようになって、気に入って通称に採用しました。
佐藤 固有名詞に着目するところが天才的ですね。名前を自分で新しくつくるという行為は、新しい創造です。近代言語学の父と呼ばれるソシュールも、固有名詞だけは記号で意味を還元することができないと言っています。
吉藤 オンラインゲームでもそうですが、名前やビジュアルを変えることで、別人になるのでなく、自分の意識が拡張していけるところが面白いなと実感しています。
佐藤 固有名詞というともう一つ、私が非常に影響を受けたチェコの神学者・フロマートカがこう言っています。どんな信仰にも、誰にでも使命というものがある。必ず具体的な固有名詞を伴う神からの呼びかけがある、と。
吉藤 たしかに私は、使命というものを考えることによって生きやすくなりました。人間関係の構築やコミュニケーションは決して得意とはいえないのですが、幸いなことに出会うべき人に出会えるという運の良さはあって。高校3年生のときにアメリカのISEFという大会で出会った各国の高校生たちが「この研究をするために生まれてきた」と熱く話すのを聞いて、自分も命の意味や使命について考えるようになりました。

身体が動かなくなる時が来たら、

自分の働ける場がほしい ―― 吉藤

佐藤 宗教的すりこみもあるでしょうね。私もそうです。
吉藤 だから、全部自分のための研究であって、寝たきりの障碍者を救う聖人のような扱いをされるのはすごく苦手です。不登校の頃に外に出られずに天井を眺め続けている時間、あるいは入院中に真っ白の病室の中で一人じっとしている時間は本当に辛く、死が救済だとすら思ってしまう状態でした。その孤独感を解消するために使命を掲げ、現在悩み苦しんでいる彼ら・彼女らに協力を仰いでいるわけです。それに、自分もいつかは身体が動かなくなる時が来ます。私が彼ら・彼女らの後輩になった時、自分が働ける場がほしいし、自分で自分を介護できるようになっておきたいと。
佐藤 よくわかります。私は昨年夏に腎臓移植手術をするまでの1年半、余命8年を宣告されながら人工透析を行っていました。死については神学でも学び考えてきたけれど、自分が透析室に入って迫ってきたリアリティは別物でした。吉藤さんは10代で「人生30年」と目標を定め、現在は延長戦というように書かれていましたが、現在の課題にはどんなものがありますか?

佐藤 優

同じ物を見て、共有できた瞬間、

夢は現実になる ―― 吉藤

吉藤 分身ロボットカフェの先の目標としては、寝たきりでもすべて自分で賄えるホテルをつくりたいです。最近は私的な研究として、自宅に介護用ベッドと介護用リフトを導入して、UFOキャッチャーみたいに自分を持ち上げて降ろすことのできるシステムをデザインし始めました。朝もアームで強制的に起こしてもらえるような。というのも、私自身が腰椎すべり症になってしまって。この黒衣は、実は機能にもこだわっていて、パソコンもペットボトルも財布も折り紙も、なんでもポケットに入っています。かなりの重量を肩で支えているせいで、ついに腰に来てしまいました。
佐藤 そもそも直立歩行自体に無理がありますしね。
吉藤 ええ。本当は空を飛びたいんです。そろそろ羽を生やそうと思って、3メートルくらいの装着式の羽を買ってはみたんですが、畳めなくて邪魔なんですよね、実際に飛べるわけでもないし。
佐藤 それは厳しいですね。
吉藤 最近、黒衣が受け入れられつつあることに違和感があるんです。自分と合う人と仲良くなるには、それ以外の人にドン引きされるくらいでいいと思っているので、羽はいいアイテムだと思ったんですが。もっとも実際に空を飛べたとしても、それはそれで腰に負担がありそうなので、だったら寝たまま自在に部屋の中を移動できる、さらにいえば友人を招いてもてなせるような、理想の「寝たきりの家」をデザインしたいなと。
佐藤 理念が頭の中だけで留まらず、次々に具現化していくところが本当に素晴らしいと思います。
吉藤 ものづくりが得意ということもあり、アウトプットは常に意識しています。考えることも嫌いではないんですが、自分の中だけにあるうちは夢と同じ。ではどうすれば夢が現実になるかといえば、目の前の誰かと同じ物を見て、共有できた瞬間だと思うんです。最初にOriHimeをつくったときの目標は、肉体的にその場にいられない人にも居場所をつくることでした。

吉藤オリィ

ミッションがわかりやすく

提示される時代ではなくなった ―― 吉藤

佐藤 優×吉藤オリィ

吉藤 居場所――自分がここにいていい存在であると感じられる場所。それって生きていてもいい、とも同義であって、自殺してしまう人たちは、世界に自分の居ていい場所がどこにもないと感じていると思うんです。所属意識がない状態では、人は長く生きられないのではないかと。
佐藤 私もそう思います。
吉藤 所属意識は使命感にもつながりますよね。生きる理由、つまり死なない理由。それはもしかしたら錯覚かもしれないけれど、あったほうがいい、という意識で17歳からやってきました。ただ現実では「これがミッションだよ」とわかりやすく提示してくれる時代ではなくなっているとも思います。ChatGPTや3Dプリンターなどの登場で、ミッションややりたいことよりも、実現する手段のほうが先走っている時代。『ドラクエ』でレベルがカンストして、もう王様の命令もなくなった時代というか。
佐藤 たしかに。だから無力感に襲われたり、自暴自棄になったり、声だけ大きい無責任な人間が魅力的に見えたりする。
吉藤 「魔王亡きあとの生存戦略」が必要ですよね。多様化し人口も減少する社会、多くの仕事がAIに代替される時代では、何をすればよいのかわからなくなってしまう、何もできないような気持ちになってしまうのは当然かと。それでも「これが自分のミッションだ」と思える何かを発見すること、新しい価値観をつくっていくことはできると信じています。だからこそ、私自身が苦手とするリアルに接続する手段を模索しながら、その行動を見て何かを感じてもらえるような研究をしていけたらと思っています。

佐藤 優 さとうまさる 作家。1960年生まれ、東京都出身。元外務省・主任分析官として情報活動に従事したインテリジェンスの第一人者。"知の怪物"と称されるほどの圧倒的な知識と、そこからうかがえる知性に共感する人が多数。第68回菊池寛賞受賞。本連載をまとめた対談集『天才たちのインテリジェンス』がポプラ社より発売中。

吉藤オリィ よしふじおりぃ 分身ロボット発明家。1987年生まれ、奈良県出身。株式会社オリィ研究所代表取締役所長。デジタルハリウッド大学院特任教授。分身ロボット「OriHime」、ALS等の重度難病者向けの意思伝達装置「OriHime eye+ switch」などを開発。書籍に『孤独は消せる』『サイボーグ時代』『ミライの武器』など。

撮影/伊東隆輔
構成/藤崎美穂
スタイリング(佐藤)/森外玖水子