FILT

佐藤 優

佐藤 優

佐藤 優

立ち位置を見つけられず、将来を見通すこともできない現状の中で、それでも何かをつかもうと、多くの人々が自分の生き方を模索しています。「知の巨人」であり、グローバルな視点で国内外の問題を語る佐藤優がメンターとして、さまざまな知識人と語り合い、新しい時代の価値観を提言。手探りで生き方を探す人々に対して、方向性を指し示します。

佐藤 優

撮影/伊東隆輔
構成/藤崎美穂
スタイリング(佐藤)/森外玖水子

本質を見抜く目を養うには

今の日本の組織の多くは、目的と手段が逆になって、

本質を見失ってしまっている ―― 西條

佐藤 西條さんは現在、早稲田大学大学院(MBA)の講師をされていますが、ご自身でも新しく大学院を開設される計画があるそうですね。まずそのお話から聞かせてもらえますか。
西條 2年前にエッセンシャル・マネジメント・スクールというオンラインサロンを立ち上げました。今後はオンライン上だけではなく、リアルの場でもスクールを運営していく予定です。学校法人化はまだ時間がかかるかもしれませんが、0期生は定員以上の応募が集まっていて、今年1月30日から御茶ノ水のソラシティでプログラムが始まります。
佐藤 エッセンシャルマネジメント。日本語では本質行動学ですね。
西條 はい。日本でマネジメントというと、「利益を出すための経営と管理」みたいに思っている人が多いですが、マネジメントの本質はそうではなく、「より望ましい状態を実現していくこと」なんですよね。あらゆることに対して、そのものの本質を見抜き、望ましい働き方人生や幸せな人生をマネジメントしていくためのプログラムを考えています。
佐藤 0期生はどんな方が集まっているんですか。
西條 経営者、学者、医者、いろいろな方がいますが、やはりリーダー層が多いです。今の日本の組織の多くは、目的と手段が逆になって、本質を見失ってしまっていますよね。 優秀な人がキャリアを積んでも、組織やシステムの歪みで行き詰まってしまうことが多い。
佐藤 一部の大学や大学院がわかりやすいですね。本来は学生が学びを通し、社会に出る準備をする場所であるはずなのに、学校側は学生の将来など考えていない。いかに教育機関として競争に勝つか、あるいは学会のなかで自分たちが生き残るかが主目的になっているから。
西條 学問の分野、特に文系の研究者にもその傾向を感じます。派閥が強くて、仲が悪いところの論文は決して引用しない。学問の発展よりも、自分の価値を認めさせることが目的になっているというか。考えてみると本当にそういうことばかりなんです。仕事やお金だって本来は幸せになるための手段です。なのに「お金は儲かったけど、不幸になった」ということも起こる。優先順位が入れ替わりやすいんですよね。
佐藤 本質という言葉自体は古いものだけど、西條さんはそこに新しい血を入れることに成功しているんですよね。構造という言葉もそう。西條さんの著作を読んでいて興味深く感じたことのひとつですが、ポストモダン全盛期に学生時代を送られた世代なのに、近代的な感覚もとても大切にされていますね。組織やチームを運用するには近代の感覚が必須です。事柄が相対であるというポストモダンの考え方では、組織の思想をつくりにくい。
西條 ポストモダンはそれまで絶対とされた価値を否定し、多様性を良しとしました。けれどその先がなかった。僕が提唱する構造構成主義は、近代とポストモダンの間を通すイメージです。多様性を前提としつつ、パワーゲームに陥らないバランスで、普遍的な原理の体系をつくっていけたらと。
佐藤 古典や歴史をないがしろにしては、本質を見抜く目は養えませんからね。さらに、卓上主義ではなく、複雑な問題の絡み合う震災復興の現場で経験された生々しい感覚も持っておられるから、とても頼もしく感じました。
西條 マネジメントの対象の本質は複雑なシステムなんですよね。人文社会科学は基本、物理学をモデルにした、単純なシステムを前提に作られています。でも人間はあまりにも複雑ですし、その集合体である組織や社会において問題の解がひとつになるわけがなく。

人間は自分が強く信用したものを疑えなくなる。

自分の見る目のなさを認めて、惨めな思いをしたくはないから ―― 佐藤

佐藤 しかしこれだけ情報の多い社会で生活を営みながら、複雑なことを日々自分で処理するのはとても大変です。だからわかりやすく説明してくれる専門家や、ワイドショーのコメンテーターの意見を聞く。無意識のうちに、複雑系を削減するシステムに頼っているんです。それ自体は情報処理の手段として有効なんだけど、何かを信頼しすぎるのは危険でもあるよね。人間は自分が強く信用したものを疑えなくなる。詐欺被害者の心理は決して特殊ではなく、誰だって、騙されていることに気づきたくないんです。自分の見る目のなさを認めて、惨めな思いをしたくはないから。
西條 信頼は経営のうえでも重要なキーワードですね。貯金と同じで、こつこつ貯めていくしかない。崩れたら元に戻らない。

佐藤 優

周りを見ていると、45歳前後で転換期を迎える人が多い。

インプットしてきたものを、アウトプットしていくステージ ―― 佐藤

西條 詐欺は論外ですけど、自分だけの利益を追求する短期的な儲け話は、長い目でみるとものすごい損失が大きいと思います。逆にいうと、信頼を得ることができれば、いままで個人ではできなかったようなことが可能になる時代ではありますが。
佐藤 クラウドファウンディング等を見ているとわかりやすいです。良い面も悪い面も。
西條 僕は人ってある意味、かなり見た目で判断できると思っています。もちろん目に見えない部分はたくさんあるのだけど、言葉では嘘が可能でも、雰囲気は誤魔化せない。行動もそうですよね。その人が何を言っているかより、何に対してどれだけ時間を使っているのかを見ることが大切なのかなと。自分自身としても、関わる人すべて、もちろん本を読んでくれる読者に対しても、全方位に対して同じように常に真摯な態度でいたいと心がけています。当たり前のことではありますが。
佐藤 西條さんは今、40……?
西條 44歳です。
佐藤 いい年齢ですね。自分自身の経験や周囲をみていると、45歳前後で転換期を迎える人が多い。それまでインプットしてきたものを、熟成させてアウトプットしていくステージへ。
西條 ドラッガーも人生のハーフタイムと言っていますよね。一年前に父が亡くなり、自分も体調を崩したこともあり、もう「無茶寿命」は終わり、やり方を変えていく時期なのかなと考えています。ただ糸井重里さんが50歳で『ほぼ日』を立ち上げ、20年かけて上場されたのを見て、僕もまだ「パワフル寿命」はあるぞと。
佐藤 ああ、それいいですね。「無茶寿命」と「パワフル寿命」。
西條 それが大学院の構想を進めるきっかけにもなりました。
佐藤 西條さんの大学院の構想は、いわゆるゼミナールではなくてコロッキウムですね。助手クラス以上とか、一定の業績のある学生だけを対象にしたゼミ。ヨーロッパの大学でよく見かけます。私も同志社で今年始まった学長直轄・分離融合の「新島塾」の0期生を担当しましたが、公募はせず執行部の教授の推薦だけでした。公募だとプレゼン野郎とか、実力ないのにがっついているようなのが集まりやすいから。

佐藤 優

「本質×マネジメント」という軸は、

あらゆる学問のジャンルを扱える ―― 西條

西條剛央

西條 そうですね(笑)。うちも公募の選抜基準はかなり厳しくします。社会で活躍している実績のある学生を集め、いずれ講師やコーチ、何らかの役職など運営側に回ってもらうことも考えているので、初期の組織は特に少数精鋭がいいなと。
佐藤 エリート育成の教育寮を作るというような計画もいいなと思っているんです。完全個室ではあるけど共有スペースやゼミ室があって、教授も期間限定で住まわせるような。
西條 面白いですね。僕の通った早稲田の人間科学部の校舎は、『となりのトトロ』の舞台になったといわれる、所沢の森の中にあるんです。家に帰ると漫画とか読んじゃうからよく研究室に泊まり込んでいたんですけど、たまたま一緒になった各分野の奴らと昼夜ディスカッションした経験が今でもすごく糧になっています。ドラゴンボールの精神と時の部屋みたいな感じで、世間から隔離されながら修行したような。
佐藤 そういう場作りも重要ですよね。
西條 「本質×マネジメント」という軸は、あらゆる学問のジャンルを扱えるんです。まさに文理融合で、分断がなく、真の意味で総合的な学びができる場を目指します。当面は波及効果の高いリーダー層が対象になりますが、いずれは、今5歳と1歳の娘たちにも本当に心から自信を持って勧められる大学をつくっていきたいですね。

佐藤 優 さとうまさる 作家。1960年生まれ、東京都出身。元外務省・主任分析官として情報活動に従事したインテリジェンスの第一人者。"知の怪物"と称されるほどの圧倒的な知識と、そこからうかがえる知性に共感する人が多数。近著に『21世紀の宗教改革―小説「人間革命」を読む』など。

西條剛央 さいじょうたけお 心理学、哲学者。1974年生まれ、宮城県出身。早稲田大学大学院客員准教授。本質行動学アカデメイア代表。東日本大震災後に「ふんばろう東日本支援プロジェクト」を立ち上げ、日本最大級の総合支援プロジェクトに成長させる。著書に『人を助けるすんごい仕組み』『チームの力』など。『Essential Management School』を主宰。

撮影/伊東隆輔
構成/藤崎美穂
スタイリング(佐藤)/森外玖水子