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佐藤 優

佐藤 優

佐藤 優

バブルも経験をせず、終身雇用という概念も崩れ、社会の恩恵を肌感覚で感じにくい40代前半より若い世代。まさに「右肩下がり世代」といっても過言ではない彼らは、厳しい現状の中でも新しい生き方を模索しています。「知の巨人」であり、グローバルな視点で国内外の問題を語る佐藤優がメンターとして、右肩下がり世代で活躍する人々と話し新しい時代の価値観を浮き彫りにしていきます。

佐藤 優

構成/藤崎美穂
撮影/伊東隆輔

未来を選択すること

興味があり、ストレスがなさそうなことを選んできた ―― 古市

何事も運やタイミングだが、努力ができないのは論外 ―― 佐藤

佐藤 古市さんは4年前にも一度、この連載のゲストとして登場してくださいました(『右肩下がりの君たちへ』ぴあ刊収録)。その時は今後広がっていくであろう格差の問題や、その社会で希望を持つことについてお話しましたが、今回はより具体的に、若い世代がどのように未来を選択すべきかについて、話していければと思います。
古市 振り返ってみると、基本的に僕は、流されるように生きてきたように思います。友だちや先生に勧められるまま留学したり、大学院へ進学したり、本を出したり。実は主体的な選択はほとんどなく、興味のあること、かつストレスがなさそうな心地よいことを選んできました。
佐藤 古市さんのように能力のある人は何やっても大丈夫なんです。プロテスタンティズム、カルヴァン派の考えになりますが、人は生まれる前から、選ばれし者とそうではない者に大別されていると。なんとなく流されて、というのも、生まれる前から決まっていることなんですよ。
古市 うーん、もしその考えを採用する場合、選ばれし者ではない場合は、どうしたらいいんでしょう。
佐藤 そういう人はこの対談を読んでいません。自分で考えたり、何かを変えたりしようとは思わず、もっと安易に自己肯定をしてくれるインターネットサイトに集まるはず。そういう意味ではもう、実質の階級社会が完成しつつあると思いますよ。もっとも私自身も中の下か下の上だと思ってます。前科もあるしフリーランスだし。いま多少のお金を持っていたとしても、10年後の保証はない。銀行行ってもお金貸してもらえないですからね。
古市 では「努力」は意味がないと思います?
佐藤 全く意味がない。「努力すれば報われる」というのは幻想であって、何事も運やタイミングです。もっとも努力ができないのは論外です。私は『自壊する帝国』で大宅賞をもらったけれど、もし外務省を定年まで勤め上げたあとに書いたなら、どこの出版社でも自費出版を勧められたでしょう。99%時の運ですよ。ただし努力ができないようでは、チャンスを掴むことはできない。
古市 最近、努力を継続できるかどうかは、かなりの部分が乳幼児期の教育に依存しているという研究が注目を浴びています。
佐藤 ヘックマンあたりはそう言ってますね。だから社会的な幼児教育の整備を呼びかけているんだけど。ただそれが日本ではおかしなふうに紹介されている。まるで自分の子どもを株や金みたいな投資対象として扱うような、歪んだ思想になってきている。
古市 自分の子どもをいかにエリートに育てるかという話になりがちですよね。『保育園義務教育化』という本で、教育の社会化の必要性について書いたことがあります。
佐藤 ただね、教育に力を入れているその種のプレスクールって、ほぼモンテッソーリを導入してるでしょう。モンテッソーリでは「力あるものが、弱いものを助ける」という教えを徹底的に叩き込まれるから、野心的な親の思惑を超えて育つ可能性が高いんですよ。親が望むような立身出世を遂げて蓄財するって方向にはならないんじゃないかな。だから私は英才教育には賛成です。英才教育が進んで、勘違いした親の思惑からズレた人間がどんどん出てくるといいと思う。
古市 佐藤さんは神学部ご出身ですが、牧師になろうとか、そういう発想はなかったと聞きました。では就職のことも特に考えず神学部を選んだんですか?

資本主義が続いている以上、

自分が食べていけるだけの仕事はなくならない ―― 佐藤

佐藤 全く。働き口に関しては心配したことはありません。資本主義が続いている以上、自分が食べていけるだけの仕事はなくなりませんからね。寅さんも「稼ぐに追いつく貧乏なし」って言ってるでしょ。ただ自分の市場価値はシビアに考えないといけない。塀の中にいたときはスポーツ紙の求人欄を見て「住み込みで月収20万円くらいの期間工なら採用の可能性があるかもしれない、とすると×12ヵ月で今の自分の値段は250万円くらいかな」とか考えていた。今はもっと安くなっているかもしれないけれど。だから就職の心配は特にしたことがないんです。
古市 佐藤さんが教えている同志社神学部の学生たちには、どんな進路アドバイスを?

佐藤 優

人間の生き方って、具体的な情報を

知っているかどうかでだいぶ変わる ―― 古市

佐藤 勉強したくて来ている学生ばかりなので、そのままやりたいことを続けるなら、公務員試験を受けるように言ってます。それも地方公務員。国家公務員は忙しすぎるから勧めない。
古市 それは、人生のセキュリティとしてですか?
佐藤 それもあるけど、地方は金を持っていて隙間があるんですよ。北海道なら人口600万人ちょっとに対して、予算3兆円くらい持ってる。社会貢献をしたいといってNPOやNGOの活動をするよりも、役所で福祉部門についたほうが、可能性の幅が広がりやすいからです。実際、北海道庁に上級職で入り、児童福祉部門で務めていて、釧路の児童相談所で課長をやっている大学の後輩がいます。
古市 良い前例があるんですね。
佐藤 あともう一つ、国際公務員として活躍する道もある。日本は国連拠出金世界2位なのに、国連に行く人間がいないからポストが余っています。
古市 じゃあ希望すれば行けるんですか。
佐藤 修士を持っていて実務経験が5年以上あれば行けます。大学院を出て地方公務員を5年やってから行けばいいんです。国連に入りたかったら、それがいちばん簡単な道ですよ。
古市 人間の生き方って、そういう具体的な情報を知っているかどうかでだいぶ変わりますね。もし佐藤さんがいま20歳だったら、どんな職業を選択します?
佐藤 どうかな。外務省の実態を知らなければ、やはり外交官を目指したかもしれない。研修制度は整っているし、いろんな世界を見られるというのは、やはり大きな動機だったから。実業界には関心ないし、いまのアカデミズムにも魅力を感じないですね。
古市 一番の動機、決め手ってなんですか。社会を変えたい?
佐藤 社会を見てみたい。いろんなことを知りたい。好奇心です。
古市 いま一番この社会を見渡せる場所ってどこなんでしょうね。
佐藤 全体を見渡せる場所はないよね。どんな権力者の背景にも、複数の利益集団とのつながりが必ずあるから。独裁に見えたとしても実際はバランサーの役割でしかない。

佐藤 優

面白いものを見つけられる自信はある ―― 古市

つまらないことを無理にすることはない ―― 佐藤

古市憲寿

古市 いろいろ質問してしまいましたが、佐藤さんの生産性は驚くべきものがあります。単著はおろか論文の一つさえ何年も書かない研究者がいる中、佐藤さんは恐ろしい量のインプットとアウトプットを続けている。その動機が「社会を見てみたい」だと聞いて腑に落ちました。僕自身は、興味対象はころころ変わるし強い信念もなくここまできてしまいました。
佐藤 「何かに関心を持つ」という点は変わってないでしょう。物事に関心がなくならない、メタなところに古市さんの信念があるんですよ。
古市 どこにいても面白いものを見つけられるっていう自信はあるかもしれないですね。もし「この人つまらないな」って人と出会っても、「なんでこの人はつまらないんだろう」って考える。ひどい環境に置かれても、じゃあなんでこんなことになってるんだろう、って一歩引いて見たらなんでも楽しく考えることができる。そうやって、様々な出来事を観察しながら生きてきました。その意味で、「社会を見てみたい」という思いは佐藤さんと共通しているのかもしれません。
佐藤 具体的にやりたいことがあればそれに向かって努力を続ければいいし、そうでない人は、自分のなかで変わらない部分をまず見つけることでしょうか。向いていない方面で努力するのは、まったく無駄ですから、つまらないことを無理にすることはない。ただし何の努力もできないような人間は最低だ、とは、理解しておくことですね。

佐藤 優 さとうまさる 作家 1960年生まれ、東京都出身。元外務省・主任分析官として情報活動に従事したインテリジェンスの第一人者。"知の怪物"と称されるほどの圧倒的な知識と、そこからうかがえる知性に共感する人が多数。近著に『ファシズムの正体』『十五の夏』。

古市憲寿 ふるいち のりとし 社会学者 1985年生まれ、東京都出身。若い世代を代表する論客として多くのメディアで活躍。『ワイドナショー』『とくダネ!』など情報番組のコメンテーターも務める。近著に『保育園義務教育化』『大田舎・東京 都バスから見つけた日本』など。

構成/藤崎美穂
撮影/伊東隆輔