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138DEC-JAN 2025.11.20
生き方さがしの道しるべ
作家・佐藤優×行政学者・田村秀
立ち位置を見失い、将来を見通すこともできない中で、それでも何かをつかもうと、誰もが精一杯もがいている。そんな生き方を模索している人々に対して、“知の巨人”であり、グローバルな視点で国内外の問題を語る佐藤優がメンターとして、さまざまな知識人と語り合い、新しい時代の価値観を提言。手探りで生き方を探す人々に対して、方向性を指し示す。
佐藤優がさまざまな知識人と語り合う対談録。
今回は行政学者で長野県立大学教授の田村秀さんが登場。

佐藤 田村先生は旧自治省(現総務省)から大学教授に転身、現在は行政学、地方自治を専門に研究されています。ちくま新書から出ている『自治体と大学――少子化時代の生き残り策』や『地方都市の持続可能性――「東京ひとり勝ち」を超えて』を非常に興味深く読みましたが、ご当地グルメの本なども出されて、「地域」「地方」というものを実に幅広くカバーされていますね。
田村 ゆるキャラも好きですし、今は趣味と実益を兼ねて鉄道関係の相談に乗ったり、オフィス空間の研究もしております。気づくといろいろやっていて、八方美人というか、専門がないんです。公立大学の研究なんて、あまりされていませんし。
佐藤 専門なしとはつまりジェネラリスト、すべてできるということですよ。それに、これからの日本において公立大学は非常に重要なテーマです。今、国立大学が85、公立大学が101校ですか。
田村 ええ。山形の東北公益文科大学が公立化しますから、また増えます。

東京の大学や企業に行っても、
30代くらいで地元に戻ってくる人が多い。

佐藤 私も、沖縄県名護市にある公立の名桜大学を手伝っています。名桜大は一度潰れかけたんです、主に看護学科の授業料の高さがネックになって。でも「高等教育機関があってほしい」ということで自治体が協力して、公立化しました。授業料が安いから、今は学生の4割が仕送りなしで、観光業などのアルバイトをしながら自活しています。さらに国際学部は、ほぼ授業料のみで7割の学生が3ヵ月以上の長期海外留学を経験しています。そういった特色に気づいた学生が全国から集まってきて、偏差値ももう少しで琉球大学に届きそうなところまで来ました。あと大学側の課題としては、いかに地場に居着いてもらうかですね。ご本にも書かれていましたが、地方でエリート層を作っていくことの大切さを改めて感じています。
田村 たしかに国際系やIT系は、地方で育てても東京の企業に取られてしまうというジレンマがありますね。地域大学を卒業した学生が、そのまま地元で活躍できる流れを作ることは、私が新潟大学から、2018年に新しく設置された公立大学・長野県立大学に移った大きな理由の一つです。

佐藤 新潟大学はすでに地場エリートが滞留する仕組みができていますからね。早慶、そして状況によっては東大に入れるレベルの優秀な学生が、新潟高校、新潟大学を出て新潟県庁や新潟市役所へと進む流れ。国立大学があっても、そういったつながりが強いところと強くないところがあります。実際に琉球大学では地場の優秀な学生が滞留しなくなってきた。私が手伝っている名桜大学は、そこの問題に違う形でアプローチしようとしているんです。たとえば国内留学の制度。「一生沖縄から出られないかもしれない」という抵抗感を持った学生が多いので、桜美林大学などで1年間学ぶ機会を設けています。
田村 文部科学省でも国内留学を推進する話が出ていますね。
佐藤 同志社大学は早稲田大学と協定を結んで、もう25年ぐらいやっているんですよ。早稲田の政経学部の学生が同志社の神学部に来て、全然知らない世界で知らないことを1年間学んだりしています。
田村 東京の学生にとってもいい機会です。大都市にとっても地方にとってもプラスになる。私自身、15年役人をやって、大学で25年。新潟に17年いて、今、長野で8年目です。それなりに若い人たちを見てきましたが、最近の傾向として、東京の大学なり企業に行っても、30代くらいで地元に戻ってくる人が多いんです。やはり住宅も物価も安いですし、自然があり、東京ともつながりやすい距離ということで。おそらく長野県は県外出身の首長が日本で一番多いんです。たとえば南箕輪村長の藤城栄文さんは、もともと江戸川区役所の職員、富士見町長の渡辺葉さんは横浜出身で、アメリカの高校大学を出た方です。二人とも地域おこし協力隊として長野に来た、まだ30、40代の若い世代で。

手に職をつける教育を、
強化したほうがいい。

佐藤 ああ、なるほど。
田村 さらに軽井沢の隣の御代田町長は、東大卒業後に北海道新聞の記者をしていた小園拓志さんです。小布施町の大宮透町長も移住者ですが、マスコミはあまり取り上げないのですよ。地方の首長がニュースになるのは良くない話ばかりでしょう。
佐藤 たしかに。しかし実際、地域おこし協力隊にしても地域によって明暗の分かれた感があります。沖縄の場合、教育支援で久米島は非常にうまく行ったけれど、そうではないところもありました。成功する・しないは何がポイントになるんでしょう。
田村 ケース・バイ・ケースではありますが、協力隊員側と受け入れ側のどちらか、あるいはお互いががんばりすぎ、期待しすぎだとミスマッチが起きやすいように思います。
佐藤 地元のボスの性格にもよりますよね。
田村 それは本当に大きいです。でもボス的な存在もだいぶ疲弊してきていて、変なローカルルールや慣例が、良い意味で崩れてきているという話も聞きました。

佐藤 理不尽が通用しない時代になっていることに、ボスたちも気づいているんでしょうね。そして、そういう時代を見る目があってこそのボスなんでしょう。
田村 責任と、やはり地域を良くしたいという気持ちがありますから。そしてローカルルールの中には当然、必要なルールもあります。やはりその場所に住む以上は、環境や条件というものにある程度合わせる必要はある。東京や千葉から来て長く商売を続けている人は、やはり周りをよく見ていますね。それは東京でなにか店を出すにしても同じだと思います。その町に合うように工夫しなければ長続きはしない。「田舎で村八分にされた」というネガティブな話題が定期的に持ち上がりますが、そういうケースは、やはり重要なルールを無視するなどの問題があったんじゃないかと思うんです。
佐藤 常識的に考えれば、どんな問題も一方的にどちらかだけが悪いということはありませんよね。
田村 長野が元気のいい理由としては、地元の不動産屋が上手に間に入っているので、リノベーションの店がすごく多いんです。特に善光寺のあたり。もともと店をやっていたおじいちゃんおばあちゃんは、基本、新しい若い人に貸したがらないんですが、今、町の中心だけでも100戸くらいの新しい店ができています。
佐藤 そういう店はどのくらい年収が望めるんですか。
田村 400~500万じゃないでしょうか。30代で長野なら、そのくらいで十分に暮らしていける額面です。
佐藤 そのスタイルで周囲から軽んじられることもなく、しかもやりたいことをやれるとなったら、みんな行きますね。逆に、東京はどんどんキツくなっている。物価も地価もあがっていて、猫のひたいのような拙宅でも、固定資産税が十数年で2倍近くなりました。つまり家や土地があっても、そのまま住み続けるハードルが非常に高くなってきています。サラリーパーソンであればなおさら。
田村 そういった意味でも地方が注目されているのかもしれないですね。今、デジタル系のデバイドはだいぶ解消されて、コロナ禍以降は長野でも自然の中でリモートワークをやっている人を普通に見るようになりました。
佐藤 沖縄でもよく見ます。ガツガツしていませんよね。なにしろ生活費もあまりかからない。農村漁村だと、魚や野菜はみんなくれますから、買わなくてもいい。
田村 沖縄はお弁当も独特ですよね。ごはんの上にも山盛りのおかずが乗っているボリュームなのに、とても安い。ご当地グルメの研究もしているので、そういった地域独特の食文化が根付いていると、うれしくなります。
佐藤 ただ名桜大の学生の今一番の問題は、アパートが借りにくくなっていることなんです。大型テーマパークのジャングリア沖縄が2025年7月に開業したおかげで、今まで4万円台だった家賃が7万円に高騰してしまったケースもある。しかも部屋数も減ってしまったと。
田村 なんと。ジャングリアの副作用がそんなところに。
佐藤 官学共同の事業で、学生のアルバイト先としてはいいのだけれども。
田村 悩ましいところですね。ただ地方でも農業や産業のあるところは、可能性があるということでもあります。やはり仕事があるかどうかは大事で。そういう意味で地域として、もっとマイスター的な、手に職をつけるという教育を強化したほうがいいとも思います。今、高校がみんな普通科、総合学科になっているでしょう。新潟の高校には、以前は醸造科がありました。でも、1998年に廃止してしまったんです。お酒を造る人はだいたい東京農大に行く。それはそれでいいのですけど、地元で学べる場所があったら、そのほうが助かるという人もいると思うんです。
佐藤 教育のノウハウも一度絶えるとつなげるのは難しいですからね。それに、職業科って普通科よりも学級崩壊が起きないんですよ。普通科が目も当てられない地域であっても、工業科や商業科は機能している。職業科、もっといえば、みんなそのあと専門学校に行くのだから、高等専門学校をもっと増やせばいいと思うけれど。
田村 そうですね。公立学校と専門学校が連携するのもありだと思います。
佐藤 高校の普通科で全然勉強しなかった生徒が、専門学校や、いわゆるFラン大学に行ってから奮起するケースも珍しくありません。というのは、マニュアルを読むだけの国語力がないと、地元の中小企業に就職できないことに気づくから。そうしてがんばって勉強して手に職をつけた学生が、地元の中小企業の正社員として地域の経済を支えているんですよね。
田村 ネットだとすぐに「Fラン大は不必要だ」といった意見が出るけれど、実態を見ない意見ですよね。私は今、文部科学省の「2040年を見据えて社会とともに歩む私立大学の在り方検討会議」の委員なんですが、慶応、早稲田といった先進的な事例の話が中心で。でも地方の産業を支えているのは、地方の私立大学であり、重要だよねと言っている人もやはりいます。
佐藤 中小企業でも正社員になれば悪くはないんです。東京にいると、とりあえずコンサルでグローバルで……とがっついている人たちの話ばかり聞こえてくるけれど、日本の全体的な傾向としては、むしろ安定志向が強まっている。それと、これは非常に主観的な意見ですが、イオンモールへのアクセスがある地域の若者は、感覚的には東京とそう変わりないのではないかと。逆に、モールがないと厳しい。
田村 おっしゃるとおり。高校生・大学生からはモールがあれば十分とよく聞きます。進学先を選ぶ一つの基準にもなっているかもしれません。しかも東京と違って人もぎゅうぎゅうではなく、そこまで稼がずとも生活費がかからないから暮らしやすい。単に経済的な面だけじゃなく、アウトドア系の趣味がある人にとっては自然が魅力になるでしょうし、楽器演奏などの音楽活動をしたい人も、田んぼの真ん中なら大音響で音を鳴らしても文句は言われない。
佐藤 そういう精神的な面でのプレッシャーの少なさ、自由度の高さを評価する人もこれから増えるかもしれませんね。
田村 完全に移住しなくても、サテライトオフィスを採用する企業や、2拠点生活というライフスタイルも増えていますよね。そうやって都市と地方が対立じゃなくて上手にお互いが補完しあうような形も増えていくのではないかと。先ほどの国内留学のような形式が教育以外の分野でも増えていくと、あらゆる分野での可能性が広がるように思います。

佐藤優 さとうまさる 作家。1960年生まれ、東京都出身。元外務省・主任分析官として情報活動に従事したインテリジェンスの第一人者。"知の怪物"と称されるほどの圧倒的な知識と、そこからうかがえる知性に共感する人が多数。第68回菊池寛賞受賞。近著に『愛国の罠』など。


田村秀 たむらしげる 行政学者。1962年生まれ、北海道出身。東京大学工学部卒。博士(学術)。自治省、香川県企画調整課長、三重県財政課長、東京大学教養学部客員助教授、新潟大学法学部教授・学部長を経て、長野県立大学グローバルマネジメント学部教授。専門は行政学、地方自治、公共政策。近著に『自治体庁舎の行政学』など。

撮影/伊東隆輔
構成/藤崎美穂
スタイリング(佐藤)/森外玖水子