動画
連載
140MAR-APR 2026.3.10
フィルモぐらし
映画監督・白石和彌
過酷を極めた台湾での長期撮影を終え、日本に戻ってきた白石監督を待っていたのは、安らぎの時間ではなく、新たな撮影の日々だった。怪我した足をいたわりながら現場に立ち、合間には地方の映画館へ出向き、さらには編集作業と並行して、次の作品の準備を進めるという多忙ぶり。過密さを増すスケジュールの中で垣間見えた、白石監督の考えていることとは。
映画監督の白石和彌が、現在手掛けている
映像作品について語る連載の第33回。

 昨年末に台湾での撮影を終えた白石監督の身体は、思った以上に悲鳴を上げていた。撮影中に負った足の怪我は、剥離骨折を伴っていたことが判明する。

「けっこう痛くて、腫れは引いたんですけど、ずっと痛みが続いていました。12月30日に日本へ帰ってきましたが、年末年始だから病院はやっていない。年明けすぐに北九州で撮影があったので、そのまま向こうへ行き、東京に帰ってきてからようやく病院へ行ったんです。CT検査をしたら、剥離していた骨が大きくて、ちょっと時間も経っているということで、手術をしなくちゃいけないと言われました」

 ただ、今から手術をすれば、その後に控える撮影に大きな影響が出る。選択したのは、リハビリによる回復だった。

「リハビリを頑張れば痛みはなくなるかもしれない、という状態です。普通に歩く分には大丈夫なんですけど、走ったり、階段を昇り降りしたりすると、まだちょっと痛いですね。台湾でしっかり治療ができればよかったんですが、撮休日も打ち合わせがあったりして、なかなか時間が取れなくて。今後はリハビリをして、可動域を少しずつ広げていく予定です。まぁ、リハビリって言っても、いつやるんだって話ですけど(苦笑)」

 さらに12月24日のクリスマスイブ、本来なら休養に充てられるはずの完全撮休日も、白石監督はオンラインで長時間の打ち合わせをしていた。その翌日の撮影時に、異変が起きる。

「なぜか手が震えて止まらないんです。そこから撮影最終日の29日までずっと。血圧を測ったら200ぐらいあって、これはまずいと台湾の病院に行って、診察してもらったら、ストレスと過労だと診断されました。あとは、台湾のお茶が好きで、毎日のように飲んでいたから、それも原因かもしれないと。病院では先生に“ちょっとカフェイン摂りすぎだから、しばらくノンカフェイン生活をして、身体を休めてください”と言われました」

 そして、12月30日に帰国。数日ではあるものの、年末年始に休んだこともあり、現在、血圧は正常に戻っているという。

小倉昭和館の舞台に立つのは初めて。
心からやってよかったと思った。

 北九州では撮影の他に、小倉昭和館という映画館で『止められるか、俺たちを』のトーク付き上映会を行うという目的もあった。

「せっかく撮影で北九州に行くならと、台湾の撮影中に思いついて、自分でセッティングしました。館主の樋口智巳さんに連絡して、若松プロダクションにも話を通して、素材を送ってもらって。当日は、劇中で僕の師匠である若松孝二を演じた井浦新さんと舞台に立って、1時間ほどトークをしました」

 北九州でもっとも歴史のある小倉昭和館は、2022年に火災で全焼してしまう。しかし、クラウドファンディングや映画人の支援などもあり、翌年には再建。白石監督も力添えした一人だ。

「映画館の焼け跡に映写機だけがそのまま残っていたらしいんですよ。映写機って鉄の塊なので。樋口さんはそれを見て、もう一度やろうと再建を決意したそうなんですね。僕もお手伝いさせてもらって、映画館が新しくなってからも来てはいるんですけど、舞台に立つのは初めてだったんです。チケットは予約開始から15分で完売しましたし、樋口さんもすごく喜んでくれて、心からやってよかったと思いましたよ」

映画づくりは、
出会いと別れを繰り返すもの。

 1月4日に行われたトーク付き上映会には、翌日からはじまる撮影に参加するエキストラたちも駆けつけたという。

「何人かに“明日エキストラで行きます”と声かけてもらって、うれしかったですね。一人、白髪のおじいちゃんがいて、“白石監督の映画に出られたら死んでもいいな”って言うんですよ。その方もエキストラで、映っていたかまでは定かじゃないですけど、撮影には来てくれていたと思います」

 北九州での撮影は、台湾で撮影していた作品の日本パートだった。実は、今年の4月に再び台湾を訪れ、2週間ほど追加の撮影を行う予定だという。

「それで撮影自体はほぼ終わりですね。昨年の9月末に台湾入りしたんですけど、スタートが遅れたこともあって、予定を組み直したんです。クランクインした段階で、今年の4月に撮影できるよう、キャストのスケジュールなどを調整してもらっていました」

 台湾での撮影を振り返ってもらうと、特に現地スタッフとの交流が印象に残っているという。言葉は通じなくても、3ヵ月も一緒にいれば、通じ合うことがどんどん増えていった。

「簡単な英語で話したり、覚えた台湾語で話しかけたり。向こうは向こうで日本語を覚えてきたり、お互いにしゃべれない韓国語で挨拶をしたりとか。そういうやり取りが楽しかったですし、幸せな時間でした。撮影最終日はやっぱり寂しかったですけど、4月にまた行きますし、いつかまた一緒に仕事する機会もあるかもしれない。それに、映画づくりって、出会いと別れを繰り返すものなんですよ」

 台湾での撮影を軸にしたこの作品は、4月の追加撮影で一区切りを迎えるが、白石監督のスケジュールはその後も過密そのもの。1月末から3月中旬までは別作品の撮影を行い、台湾からの帰国後は、編集作業やドラマの撮影も控えている。

「自分で自分を追い込んでいるなとは思いますけど、それでも、一緒に仕事したい人がいると、やっぱりやりたくなっちゃうんですよね」

 さらに、6月には新作映画が関東近県でクランクイン。ハードなスケジュールをこなすために、考えていることがある。

「今回、足を怪我したことで、体力のなさを実感しました。今年はリハビリをしながらですけど、体力をつけていきたいなと。パーソナルトレーニングなども取り入れて、自分の身体と向き合いたい。今後は体力的にも映画を撮るのがより大変になっていくと思うので、本格的にメンテナンスをして、なんとか立て直したいですね」

白石和彌 しらいしかずや 映画監督。1974年生まれ、北海道出身。2010年に長編映画監督デビュー。近年の監督作品に『孤狼の血LEVEL2』『死刑にいたる病』『仮面ライダーBLACK SUN』『碁盤斬り』Netflixシリーズ「極悪女王」『十一人の賊軍』など。プロデュース映画に『渇水』がある。

撮影/野呂美帆