
撮影/野呂美帆
加藤浩次が会いたかった人と“至福のとき”を語り合う。
第15回は、漫画編集者の川窪慎太郎さん。
加藤 川窪さんは「進撃の巨人」の担当編集者として知られていますけど、連載を立ち上げたのは何歳の頃だったんですか?
川窪 2009年に連載がはじまったので、僕が27歳のときです。講談社に入って4年目ですね。
加藤 「進撃の巨人」が川窪さんにとっても初連載でしょ? 僕、川窪さんとは10年くらい前に番組で知り合って、それ以来のつき合いなんですけど、今や週刊少年マガジンの編集長ですもんね。ざっくりとした質問で申し訳ないですけど、どんな気持ちですか?
川窪 どうなんですかね(笑)。でも、編集長って言ってしまえば部長なので、管理職なんですね。編集長になると、漫画作りに直接携わらないのが普通なんですよ。確認したり、決断したりすることが仕事なので、漫画家との打ち合わせもしない。漫画を作りたくて編集者になったので、そこに葛藤はありました。「編集長になりたいか?」という問いは、僕だけじゃなくて、多くの漫画編集者が持っていると思います。
加藤 編集長になってもう2年ですよね。昇進の話を受けた決め手はなんだったんですか?
川窪 ちょっと生意気かもしれないですけど、20代の頃は「偉くなりたくない」「偉くなると好きなことができない」みたいな言葉が嫌いで、偉くなる権利を一回手にしてから言えばいいのにと思っていたんです。
作家と編集が漫画を通して
何をやりたいか、何が好きなのか
という部分が大事。
加藤 どこか逃げに聞こえるもんね。それに、偉くなってから好きなことをする道もあると思うんですよ。
川窪 その通りだと思います。僕も自問自答する中で、最終的には編集長をやりながら、漫画も作っていこうという考えに至りました。
加藤 編集長が担当編集を兼任する難しさみたいなものはあるんですか?
川窪 現実的なことを言うと、ひいきにならないようには気をつけていますね。
加藤 そうか! “編集長パワー”が利きそうな気がするもんね(笑)。
川窪 漫画編集部って、連載をはじめるのも自分たちで、終わらせるのも自分たちなんです。全部自分たちで決める。テレビ番組だと編成っていう制作とは別の部署があるじゃないですか。つまり週刊少年マガジンの場合、最終的な決断を下すのは編集長である僕なので、例えば2本の連載のうち、どちらの漫画を終わらせるか選ばなければならない場面で、我が身可愛さで決めたと思われないよう、公平性はすごく意識しています。編集部員に対してもそうですし、漫画家や読者に対しても。
加藤 編集長として、日々さまざまな漫画や企画に目を通すわけじゃないですか。「これは連載でいこう」とOKを出す基準みたいなものはあるんですか?
川窪 漫画って流行り廃りが明確にあるんです。特定のジャンルがヒットすると、似たような企画が増えるんですけど、「流行っているから」「売れているから」ってだけだと、つまらないじゃないですか。作家と編集が漫画を通して何をやりたいか、何が好きなのかという部分が大事なんだと思っています。
加藤 わかるなぁ~。これは僕の体感なんだけど、バラエティ番組の企画会議でもデータを持ち出して客観的に説明する人より、「俺が面白いと思うから面白いんだよ!」っていう主観的な人のほうが当てている気がするんですよ。
川窪 究極の話ですけど、「絶対にこの漫画は売れるし、命を懸けて取り組むので黙ってやらせてほしい」と言われたら、連載させます。これは編集部の全員に伝えているつもりです。
加藤 めちゃくちゃかっこいいじゃないですか。責任は俺が取るからってことですよね。
川窪 いや、言った人間と半分こですかね(笑)。もちろん、自分の編集者人生を懸けられる作品には、なかなか出会えるものではないですけど。
作品の広がり方を含めて、
最大級の世界を
見させてもらった。
加藤 そういう意味で、川窪さんは早い時期に編集者人生を懸けられる作品に出会ってますよね。今、「進撃の巨人」に対して、どんな思いを抱いていますか?
川窪 作者の諫山創さんって誇張抜きで世界でも類を見ない大作家だと思っていて。作品の広がり方を含めて、最大級の世界を見させてもらいました。自分の見えていた範囲が広くなったような気がします。
加藤 世界が広がったんだ。
川窪 編集部員にも「漫画を作るときは自分の周りだけじゃなくて、もっと遠いところも見たほうがいい」とアドバイスしていて。例えば、日本の中高生だけを相手にするのか、それとも世界中の老若男女を相手にするのか。いろいろな視点を持つことが大事だと思うんです。
加藤 良い編集者になるためには、視野の広さと、主観的なこだわりが必要だってことですよね。
川窪 新人の漫画家には、いつも「目的がほしい」と伝えています。世界平和でもいいですし、自分のトラウマを解消したいでもいい。何か成し遂げたいものがないとうまくいかない。それは編集者も同じなんです。結局、漫画は手段ですから、目的を達成できるのであれば本当は歌でも芝居でもいいはずです。漫画で何をやりたいのかが重要なので、自分なりの目的を持ってほしいですね。
加藤 最後に、川窪さんの「至福のとき」を聞かせてください。
川窪 僕、1年くらい前に茨城県に引っ越したんです。
加藤 鹿島アントラーズのファンだもんね。ホームゲームは見に行っているの?
川窪 はい。今の家はけっこう庭が広くて、妻が希望していた畑仕事もできるんですよ。雑草を抜いたり、芝刈りをしたり、僕はちょっと手伝うくらいなんですけど、汗だくになりながら作業をしているとあっという間に半日くらい過ぎているんです。
加藤 畑仕事でリフレッシュしているんだ。
川窪 漫画作りとは全然違うので、いい気分転換になっていますね。もともと体を動かすのはそんなに好きじゃなかったんですけど、太陽の光を浴びながら肉体労働で終わっていく1日も、なんだか悪くないかなと今は思っています。
川窪慎太郎 かわくぼしんたろう 漫画編集者、週刊少年マガジン編集長。1982年生まれ、神奈川県出身。2006年に講談社に入社し、週刊少年マガジン編集部に配属。2009年の別冊少年マガジン創刊時より、「進撃の巨人」を担当。その他、「ふらいんぐうぃっち」「五等分の花嫁」「戦隊大失格」「復讐の教科書」「将来的に死んでくれ」「ガチアクタ」などを手掛ける。2022年より現職。
加藤浩次 かとうこうじ 芸人・タレント。1969年生まれ、北海道小樽市出身。1989年に山本圭壱と「極楽とんぼ」を結成。コンビとしての活動のほか、『がっちりマンデー!!』『人生最高レストラン』などでMCを務める。
撮影/野呂美帆