映像作品について語る連載の第34回。
2026年1月末から始まった『BYE BYE LOVE 探偵はBARにいる』の撮影は、3月24日にクランクアップ。台湾で負った足の怪我の影響などもあり、満身創痍の白石監督だったが、それでも無事に今回の撮影を終えることができたという。
「最後の方はさすがにきつかったですけど、クランクアップしてから2~3日くらいゆっくりと寝たら、少し体の調子も戻ってきました。今、足のリハビリのために2週間に1回くらいのペースで病院にも通っていて、家では足首を回したり、指を動かしたりといった、そこで教えてもらったことを地味にコツコツとやっています。ただ、ここ最近は撮影が立て込んでいて、病院に行けていなかったので、また行かないといけないですね」
集中して撮影に取り組んだ『探偵はBARにいる』の最新作は、白石監督にとって特別な意味を持つ作品だった。本作に携わることになった最初のきっかけは、今から13年前の2013年。この年はシリーズ第2作目の『探偵はBARにいる2 ススキノ大交差点』が公開された年であり、白石監督の代表作の一つである『凶悪』が世に出た年でもある。
「当時、『探偵はBARにいる』のプロデューサーの須藤泰司さんが『凶悪』を観てくれて、ご飯に誘ってくれたんです。僕はまだ監督として駆け出しで、そんなに仕事もなかった時期でした。須藤さんは東映のテレビ部からスタートしている人で、“もし仕事に困っているならドラマを撮ってもらうのもいいし、僕としては、いつか『探偵はBARにいる』シリーズを撮ってほしいんだ”と言われました」
その言葉が、長い年月を経て現実となる。約3年前から本作のプロジェクトが始動し、今年の1月末にようやくクランクイン。撮影は福岡と東京、そしてメインの舞台となる北海道で行われた。中でもハードな撮影だったのは、2月に札幌で行われた約1000人のエキストラを動員した大規模ロケだった。
「札幌の大通駅にある地下のコンコースで、深夜に撮影しました。夜の12時半くらいにコンコースを閉鎖して、朝5時までの約4時間半ですべてを終わらせないといけない。大泉さんは前日にNHKで『SONGS』の収録があり、撮影当日に飛行機で東京から札幌に来る予定だったんです。ただ、その日は朝から大雪が降っていて、大泉さんの乗る予定の飛行機が欠航してしまった。その次の便も、そのまた次の便も飛ばない。でもエキストラさんを1000人も集めて“撮れませんでした”では済まないわけです。最悪、大泉さんには新幹線で移動してもらうしかない。東京から札幌まで8時間以上はかかるので、大泉さんも“電車では行きたくない!”とおっしゃっていたけど、いや、もうそんなこと言ってられる状況じゃないですと(笑)。でも、最後の最後に札幌行きの飛行機が飛んで、なんとか撮影に間に合った。本当にドキドキしましたし、その日の撮影では、僕も目がバキバキにキマってました(笑)」
二人はいいコンビですよ。
本作で探偵の相棒・高田を演じる松田龍平についても聞いてみた。
「龍平くん、面白かったですよ。すごく自然体で自由な人でした。あの感じは、(何度も起用している)沖田修一監督も大好きだなと思って。製作発表会見のときも自由だったじゃないですか。本当にあのままで、それが彼の魅力なんですよね。なんやかんやで、大泉さんともいいコンビですよ」
北海道では、札幌以外に江別や赤平などでも撮影が行われた。赤平のロケでは、ある人物とも再会。その人こそ、TEAM NACSが所属する芸能事務所CREATIVE OFFICE CUEの会長・鈴井貴之だった。
「今、鈴井さんって、赤平の森の中に自宅を建てて、札幌と二拠点生活をしているんです。僕、過去に鈴井さんが監督した『銀のエンゼル』(2004年公開)という映画の制作部をやっていて、その縁もあり、赤平の撮影時には大泉さんも交えて、鈴井さんとご飯を食べました。なんだか懐かしかったですね」
北海道旭川出身の白石監督だが、大泉・鈴井の両名が出演しているバラエティ番組『水曜どうでしょう』の存在を知ったのは、リアルタイムではなく、少し遅れてからだったという。
「『銀のエンゼル』の撮影時に、他のスタッフから“北海道出身なら『水曜どうでしょう』とか知っているでしょ?”と言われたんですけど、僕はその頃すでに上京していたから知らなかったんです。仕事で北海道に戻ってきて、地元に帰ると、みんな当たり前のように知っていて。北海道の人の傍には、いつもOFFICE CUEやTEAM NACSがいたんだなと実感しました」
初めて音尾くんの存在を知った。
今では白石作品に欠かせない俳優・音尾琢真との出会いも、『銀のエンゼル』の撮影がきっかけだった。
「現場から現場へ移動するために、鈴井さんを横に乗せて、よく僕が車を運転していたんです。そのときに、“白石くん、旭川出身なんでしょ? 高校は旭川西高なんだ。じゃあ、うちの音尾と一緒だ”みたいな。よくよく聞いたら、僕と同じ高校の1個下の後輩で。鈴井さんから名前を聞いて、そのとき初めて音尾くんの存在を知ったんです」
また、東京で行われた『BYE BYE LOVE 探偵はBARにいる』の撮影中には、思いがけない来客も。別作品の準備をしていた鈴木亮平が撮影現場に顔を出したのだ。
「実は『探偵』がクランクインする前にも、ちょうど亮平くんが撮影所で別作品の打ち合わせをしていて、ばったり会ったんです。そのときは“また撮影で脱ぐことになったから、体を鍛えなきゃいけないんですよ”とか言っていて、腹筋を見せてもらったら、まだプヨプヨでした。でも、そこからしばらくして、撮影現場に挨拶しに来てくれたときは“仕上がったんで見てください”って、もう腹筋がバッキバキに割れていましたから。そういうところは本当にすごいですよ」
そんな撮影の裏では、あの映画が新展開を迎えていた。日本では2024年に公開された『碁盤斬り(英題:BUSHIDO)』の全米公開が今年の3月からスタート。白石監督は、北海道での撮影中に、複数の海外メディアからリモートで取材を受けたことを明かす。
「日本を離れて、『碁盤斬り』は今も一人で旅を続けているわけです。向こうではあまり馴染みがない囲碁の話ですけど、興味を持ってもらえているのは、素直にありがたいですね。海外メディアの取材を受けたり、外国人記者の話を聞いたりしていると、もっとこういう要素を入れたほうがいいなとか、気づきも多いですよ。やはり日本人が受け取る時代劇の感覚とは違うので。そうすると、インスピレーションも湧いてきて、今また新しい時代劇の企画を作りはじめているところです」
次は、どんな時代劇になるのだろうか。白石監督はヒントとして、自身が好きだという時代劇の一つ、『上意討ち 拝領妻始末』のあらすじを教えてくれた。1967年に公開された小林正樹監督による『上意討ち 拝領妻始末』は、享保10年に会津藩士の長子である与五郎が藩主の寵愛を失った女・いちを妻として押し付けられるところから物語がはじまる。理不尽な縁談に反して二人は真の夫婦となるが、藩主の世継ぎ問題により、いちは再び城へ戻るよう命じられるのだった。
「昨年は早稲田松竹で、『碁盤斬り』と安田淳一監督の『侍タイムスリッパー』、小林監督の『上意討ち』と『切腹』という新旧侍映画の特集上映をしてもらいました。武士の社会って不条理じゃないですか。主君や藩の言うことは絶対で、間違っていることも飲み込まないといけない。『上意討ち』は、それでも自分の信念を貫こうとする人間の話で、次に僕が撮る時代劇も、そうしたニュアンスを含んだ映画になればいいなと思っています」
撮影/野呂美帆