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白石和彌

白石和彌

白石和彌

撮影/野呂美帆

映画監督の白石和彌が、現在手掛けている

映像作品について語る連載の第18回。

 7月中旬、80年代の女子プロレスを描く『極悪女王』の撮影が無事に完了。白石監督はホッと胸をなでおろす。

「ようやくクライマックスの試合を撮り終えて、本当にひと安心ですよ。後楽園ホールをエキストラさんで満杯にして、3日間かけて撮影したんですけど、監修の長与千種さんはもちろん、ダンプ松本さんやブル中野さん、ライオネス飛鳥さんなどレジェンドクラスのレスラーがみんな来て、盛り上げてくれました。途中、飛鳥さんが長与さんと一緒にリングに上がって、うちのクラッシュ・ギャルズと4人で写真を撮っていたんですね。エキストラさんの中にはガチのクラッシュ・ギャルズのファンもけっこう多くて、みんなリング上を見て号泣してました」

彼女たちにとっての

デビュー戦みたいな

試合だった。

 夢の共演に白石監督も胸が熱くなった。

「やっぱり長与さんも飛鳥さんも付き合いが長いから、そりゃ喧嘩するときもあったでしょうけど、根本的にはソウルメイトというか、絆があるんですよね。あと、クラッシュ・ギャルズのライバルのダイナマイト・ギャルズを組んでいた大森ゆかりさんとジャンボ堀さんも来てくれて。お客さんもそうですけど、スタッフにも泣いている人がいたし、僕もちょっとやばかったです。たぶん先々には宣伝も兼ねてそのときの様子などをメディアに出していくことになると思うので、注目してほしいですね」

 レスラーやファンたちが見守る中、ダンプ松本を演じるゆりやんレトリィバァを筆頭としたキャストによる試合シーンは、安全対策を万全にした上で、カット割りをせずに撮りきった。

「彼女たちにとってのデビュー戦みたいな感じで、けっこう長く回したんですけど、一発で決まりました。キャストもお客さんも泣いていたし、たぶん本物のプロレスの興行でもちょっと観られないくらいの良い試合になっていて。あれはなかなか貴重な経験でしたね」

白石和彌

 『碁盤斬り』と『極悪女王』の撮影を終えた白石監督は、8月半ばから早くも次の撮影に入っていた。

「年内はこの撮影で終わりですね。『碁盤斬り』はすでに編集が終わっていて、CG作業を進めているところ。ただ、音楽を作りはじめるのはもう少し先になりそうです。『極悪女王』の仕上げもしつつ、来年の頭からはいま撮影している映画の仕上げもする予定です。なので、2024年の前半は撮影を入れていません」

 『孤狼の血』シリーズについては、続編を作ることが決まっているものの、まだ白紙の状態だという。

「原作者の柚月裕子先生と対談させていただいたときに、日岡の終わり方などは書くつもりがなかったそうなんですけど、いろいろ話していく中で“ちょっと書いてみたくなったかも”みたいなことをおっしゃっていたので、場合によっては柚月先生の書かれた小説を待ってからでも遅くないのかなと。それに、松坂桃李くんもお父さんになって良い感じに年齢を重ねていっているので、多少は時間を空けたほうがいい気も少しだけしています」

 今年の5月には、『孤狼の血』の主演を務めた役所広司がカンヌ国際映画祭で日本人2人目となる最優秀男優賞を受賞。その際にはこんな出来事があったという。

「報知新聞からの依頼でお祝いの原稿を書いたんです。そうしたら、すぐに役所さんからお礼の手紙が送られてきまして、本当に律儀な方だなと改めて思いました」

時代劇を撮っている最中に、

別の時代劇のアイデアが

浮かんできた。

 いま撮り進めているのは白石監督にとって2本目の時代劇。撮影は京都や関東近県で行われている。

「京都での撮影は全体の4分の1くらい。地方にある屋敷などを使ったりもしますけど、セットも組んでいます。いろいろ考えるのが楽しいですね。時代劇を作っていると、さまざまなアイデアが浮かんできて、映画を撮っている最中ではあるんですけど、連続ドラマの時代劇を思いついちゃって。どうしようとか言いながら、気づいたらいろいろと調べてたりするんです。自分で撮らなくてもいいので、誰か撮ってくれないかなと(笑)」

 この新作のクランクイン前には、全編にわたる画コンテを作成したという。

「僕が書いた字コンテを、三池崇史監督の作品などにも携わっている相馬宏充さんという方に画コンテにしてもらったんです。その画コンテを映画のキャストではない俳優さんに声をつけてもらって、簡単なアニメーションにしました。画コンテには想定されるアングルを全部入れているので、アニメにすることでいらないカットや必要なカットが見えてくるんです。そうしてブラッシュアップしてから撮影に入るということを今回やりました。映画の規模が大きいのもあるんですけど、韓国のポン・ジュノ監督などは画コンテを作ってから撮っているので、日本映画を世界標準にしていくには、こういうことをやりながら学んでいかないといけないと思っています」

白石和彌

 カットを精査することで効率化を図ることが狙いの一つ。

「何を撮らなければいけないのかわかってくると、予算も適正になっていくんです。無駄がなくなっていく感じはすごくありましたね。画コンテがあったことで、美術デザインを発注するタイミングとか、そもそもの映画の尺とか、見えてきたものも多くて。今後、ビッグバジェットの映画をやる場合は画コンテがマストになっていくと思いますし、ストーリーボードアーティストの需要も高まっていくはずです」

 制作に丸2ヵ月を要した画コンテは、まるで辞書のような厚さになった。

「これを全部撮らなきゃいけないと思うとがく然としますけど(笑)。がんばってクランクアップまで走り抜けたいと思います」

白石和彌

白石和彌 しらいしかずや 映画監督。1974年生まれ、北海道出身。2010年に長編映画監督デビュー。近年の監督作品に『凪待ち』『ひとよ』『孤狼の血LEVEL2』『死刑にいたる病』『仮面ライダーBLACK SUN』など。プロデュース映画に『渇水』(監督:髙橋正弥)がある。

撮影/野呂美帆