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白石和彌

白石和彌

白石和彌

撮影/野呂美帆

映画監督の白石和彌が、現在手掛けている

映像作品について語る連載の第12回。

 1980年代の女子プロレスブームを牽引したダンプ松本の半生を描くNetflixシリーズ『極悪女王』のキャストが発表された。主演を務めるゆりやんレトリィバァについて、白石監督はまずその熱量に驚かされたという。

「2年前にオーディションをしたんですけど、ゆりやんさんが自ら応募してきてくれて。お忙しいだろうから難しくないですか?という話もしたんですけど、本人は“なんとしてもやりたい!”と。とにかく意気込みが半端じゃなかったですね」

 2年前といえば、ゆりやんのダイエットが話題になりはじめた頃。全盛期のダンプ松本を演じるからには、体型も合わせる必要があったが…。

「オーディションでは、“別に仕事で痩せるわけじゃないので、もし決まったら体型も合わせます”と。“痩せているところから筋力をつけて太っていけば、レスラー体型になれるので、ちょうどいいと思います”みたいなこともおっしゃっていました」

プロレスの練習風景は

そのままドキュメンタリーに

なるレベル。

 女子プロレスラーを演じる上での身体づくりは1年近くの期間をかけ、専門のトレーナーや栄養士の指導のもと行われている。

「毎月の血液検査など、メディカルチェックも徹底しています。ただ、レスラー体型になって終わりじゃないですから。身体を戻すことも仕事の内なので、撮影が終わったら1年間くらいかけて、身体に負担をかけない形で計画的に痩せていってもらうことになると思います。プロジェクトとしてはだいたい3年がかりですね」

 現在、ゆりやんは65キロから90キロオーバーにまで増量。さらに半年前からは、長与千種率いる女子プロレス団体・マーベラスの選手たちからプロレスの指導も受けている。

「出演者みんなでマーベラスに行って練習するんですけど、ゆりやんさんだけできなかったりすることがあるんです。そのときに本気で号泣して、トレーナーのレスラーたちに“頑張ればできるから!”“自分を信じて!”って。もう本当に部活みたいな感じで。ゆりやんさんが初めてできたら、みんなで拍手したりとか、そのままドキュメンタリーになるレベルですよ」

白石和彌

 撮影は7月上旬にスタートしたが、キャストの現時点でのプロレスの出来を確認するため、クランクインの2週間前には、100人のエキストラを入れてカメラテストが行われた。

「本編では一切使わないんですけど、リングを組んで客席も作って、プロレスシーンを撮ったんです。そのときに、みんながサポートし合うんですよ。“今のはこうだよ”とアドバイスをしたり、本物のセコンドみたいに水を飲ませてあげたり。その感じがすごく画に出ています」

 クランクイン前にはこんな出来事も。

「一度、ダンプ松本さんに来てもらって、竹刀やチェーンなど、凶器の使い方講座を開きました。フォークはこう使うんだみたいな(笑)」

 撮影は基本的に物語の冒頭から撮っていく“順撮り”で行われている。

「撮影のない人はトレーニングに行ってもらっています。プロレスはやればやるほど上達するので、まだ新人の頃はいいですけど、ここからさらに技を磨いて、完成度を高めていきながら撮影をしていく感じですね。今のところプロレスのシーンも吹き替えなしでやれているので、このまま怪我なく進められれば」

 撮影は11月末まで行われる予定だが、熱量の高い現場だけあり、白石監督自身もプレッシャーを感じているのだとか。

「身体づくりも含めて、みんな相当頑張っていますからね。この頑張りをちゃんと切り取らないとヤバいなと。ここまでのロングスパンで携わる作品も初めてですし、いい緊張感でやれています」

チャンスがあれば、

またすぐにでも

特撮をやりたい。

 そして、『極悪女王』の撮影と同時に、配信が間近に迫る『仮面ライダーBLACK SUN』の最終調整にも追われている。

「ちょっと想定外のことがあって、微調整している最中です。ただ、問題なく配信できると思いますし、完成度はめちゃめちゃ高い。CGなどは“こうなるんだ!”みたいな自分の想像を超えることが多くて、僕自身も楽しんでいます。怪人の群像劇にしたものだから、撮影は大変でしたけど、これはもう本当に癖になる。チャンスがあれば、またすぐにでもやりたいですよ」

 特撮だからこそ、撮れるものもあった。

「世相を反映させたり、メッセージを入れやすかったりする部分はありますね。ゴジラが水爆実験で目覚めたりとか、ウルトラシリーズが環境問題を取り扱ったりとか、そういうことを連綿と偉大なる先輩たちがやってきているので、大人の仮面ライダーを作ってほしいと言われたときに、まず明確にそれはやるべきだろうなというのはありました。社会問題って正面からリアルな世界観の映画でやると、ちょっと説教臭くなったり、気恥ずかしかったりする部分もあると思うんですけど、特撮というフィルターを通すと素直にできる。それは新鮮で面白かったです」

白石和彌

 来年の2023年は初プロデュース作品の『渇水』の公開のほか、新作の撮影も控えている。白石監督はこれまで手掛けたことのないジャンルに挑戦するという。

「特撮もやってよかったと思えたので、このジャンルも初演出ですけど、すごく楽しみです。難しい部分もあると思いますけど、そう言っていても始まらないので。1回やってみないことには見えてこないものもありますから」

白石和彌

白石和彌 しらいしかずや 映画監督。1974年生まれ、北海道出身。2010年に長編映画監督デビュー。近年の監督作品に『凪待ち』『ひとよ』『孤狼の血LEVEL2』『死刑にいたる病』など。『仮面ライダーBLACK SUN』がAmazon Prime Video で今秋配信。その他、『極悪女王』の配信やプロデュース映画『渇水』(監督:高橋正弥)の公開が控えている。

撮影/野呂美帆