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白石和彌
映画監督の白石和彌が、現在手掛けている 映像作品について語る連載の第27回。
 2025年1月末に、白石監督がアメリカの4大エージェンシーの一つであるUTA(ユナイテッド・タレント・エージェンシー)と契約したことが報じられた。きっかけは昨年の10月に開催された釜山国際映画祭だったという。
「『孤狼の血』や『十一人の賊軍』などでご一緒しているプロデューサーの紀伊(宗之)さんが代表を務めるK2 Picturesが釜山でブースを出していて、そこにUTAのアジア担当者がやってきたのが最初ですね。僕の最新作を観たいというので、『十一人の賊軍』を観てもらったんです。そうしたら、たぶん映画を観た直後くらいに連絡をくれて、“契約したい”と」
白石和彌
日本で自分がやれることは
だいたいやり尽くした。
 願ってもない話だったが、懸念もあった。
「契約前にオンラインでミーティングを開いたんですけど、そのときに“エージェントについてくれたところで、アメリカで仕事ある?”という話は何度もしたんですよ。そうしたら担当者が“いきなりビッグバジェットの作品は難しいかもしれないけど、白石監督の映画はアメリカでも受け入れられる土壌があるし、今は配信の作品も多いし、そういうところから徐々にやって行こう。絶対大丈夫だよ”と言ってくれたので、“わかりました”と、契約することに決めました」
 こうしてUTAと契約を結び、国内のエージェント業務はK2 Picturesが担うことに。今後は日本だけではなく、海外でも映画製作を行っていく。
「日本で自分がやれることはだいたいやり尽くしたというのもありました。もちろん、まだ抱えている作品はいくつかあるんですけど、少し変化がほしいというのは正直なところです。いつものように映画を作って、取材を受けて、キャンペーンをして、完成披露であいさつをしてっていうのを10年くらいやってきて、ちょっと刺激がなくなっていたんですよね。そんなときに、積極的に海外展開を進めている紀伊さんやUTAが背中を押してくれた感じです」
 今や日本の映画監督や俳優が海外のエージェンシーに所属することも珍しくない時代。白石監督は映像作品を取り巻く環境の変化によって、エージェンシーがアジアにも目を向けるようになったと推察する。
「コロナ禍や動画配信サービスの躍進で、英語以外の映画やドラマが世界中で観られるようになったじゃないですか。『イカゲーム』や『SHOGUN 将軍』のヒットもそうですよね。そういう意味では、向こうでもアジアのディレクターが必要なんだと思うんです。今は英語以外の作品でも字幕だけじゃなくて、配信する国に合わせた吹き替えが何ヵ国分もつくようになってきましたし、必然的にアジアの映像作品の注目度も高まっている気がします」
白石和彌
想像していた以上に、
向こうから球を投げてくる。
 海外への窓口ができたことで、可能性が広がった。
「例えば、僕が海外向けの企画を作って、アメリカのA24(映像配給・製作会社)やブラムハウス(映像制作プロダクション)に持ち込みたいと思っても、これまでは繋いでくれる人がいなかったんです。日本の映画会社に相談しても、良い企画なら“うちでやる”って言われちゃいますからね。でも、UTAと契約したことで、“一度、相談してみます”みたいに、話を通してくれるようにはなるのかなと思っています」
 すでに海外向けの企画も何本か温めている。
「時代劇もありますし、いくつか提案してみようかなと。逆にエージェンシー側から案件が持ち込まれることもありますし、チャンスがあれば海外でも撮ってみたいですね。とはいえ契約したからといって、そんなに急には動かないだろうと思っていたら、想像していた以上に“こういう企画があるんだけど、興味ある?”って、向こうからけっこう球を投げてくるんですよ。おもしろい企画もあって、どうしようか考えているところです」
 すでに撮影を終えた自主映画を筆頭に、さまざまな企画が進行中だ。
「話せないことがほとんどなんですけど、今は夏の撮影に向けて、準備をしているところです。年始にはある事件の公判も傍聴しましたし、いろいろな場所で取材も重ねていて。ちょうど昨日、脚本の初稿が上がってきたので、それを元にキャスティングを進めていく予定です。あと、今年は10月にもう1本撮る予定があり、それは1年間くらいずっと本を作っていた作品で、今はキャストが決まりはじめている段階です」
 さらに、来年2026年の撮影も決まっており、準備を進めている最中だという。「2025年はのんびり行きたい」と語っていた白石監督だが、どうやらそれは叶いそうにない。
「自主映画もちょっと追加で撮影したいと思いはじめていて、どうしようかなと。きっと追撮をしたほうがクオリティは上がるはずなので。いろいろと進めてはいますけど、ただ、今抱えているものをすべて出し切ったら、本格的にUTAの企画にシフトしたいと思っています。2025年の前半は準備期間ですね。先々を見据えながらじゃないと、ちょっと間に合わないので」
 そのために、ある決断をした。
「自宅とは別に、作業用の仕事場を借りることにしたんです。これまでは喫茶店などで書き物などの作業をしていたんですけど、ちょっと追いつかなくなってきて。すでに倉庫は借りているんですけど、そこも資料でいっぱいになってきちゃったし、いろいろと探しているところです。そんなに広いところじゃないんですけど、内見にも行って。マンションの管理会社に職業を聞かれたので、“映画監督です”と言ったら、渋い顔をしていました(笑)」