映画監督の白石和彌が、現在手掛けている
映像作品について語る連載の第22回。
撮影/野呂美帆
映画監督の白石和彌が、現在手掛けている
映像作品について語る連載の第22回。
白石監督にとって初めての時代劇となる映画『碁盤斬り』が、ついに封切られた。注目してほしいのは、やはり草彅剛演じる武士の柳田格之進だという。
「格之進が次第に薄汚れていく姿が映画の真骨頂ですし、僕もポスターの汚れた格之進を見て、こういう時代劇が撮りたかったんだと改めて気づかせてもらいました。それに、格之進もそうですけど、映画では登場人物がみんな誰かのために生きているんですよ。心の美しさというものが曖昧な現代だからこそ、他者を思いやる気持ちや、時には人のために命まで差し出そうとする心意気を感じてもらいたいですね。僕はこれまで自分のことしか考えていないキャラクターばっかり撮ってきたから、特にそう思います(笑)」
根底にある
家族への愛は
昔も今も変わらない。
劇中では清原果耶演じる格之進の娘・お絹も、父の名誉を守るため、ある行動に出る。
「今では考えられないですけど、でも根底にある家族への愛は昔も今も変わらないし、他に選択肢もないから、お絹もああするしかないわけで。お絹は父親の格之進がどうしたいのか理解しつつ、自分の行く末もわかっていて、世話をしてくれるお庚の愛情や懐の深さにも気づく力がある。ちょっと出来過ぎなくらい良い娘で、健気で、賢いんだろうなという感じがあって、それはそのまま清原さんの印象とも重なりました」
撮影では役の方向性などについて、話すこともあった。
「迷っている感じではなかったですし、全然心配もしていなかったんですけど、なんとなく清原さんとは話しておいたほうが、より良い芝居になるんじゃないかという予感はありました」
本人からは「役者に寄り添った言葉選びをしてくださる監督」という声もあった。
「めちゃくちゃうれしいですね。初めて言われたかもしれない。監督って自分がやるのではなく、人に演じてもらう職業じゃないですか。どういう言葉をチョイスするかで、相手がやる気になる・ならないはすごくあって。ボキャブラリーが多いわけじゃないですけど、そこは意識しているので、ちゃんと受け取ってもらえているのは、ありがたいですね」
主演の草彅ともたくさんの言葉を交わした。長めのワンカットのシーン前には、こんなやり取りがあったという。
「“え、今日ワンカットなの?”“昨日言ったじゃないですか。あのシーンはワンカットなのでと”“ああ、そうだった”みたいな(笑)。そんな感じなんですけど、本番だと完璧なんですよ。普段と役の切り替えが衝撃的に早くて、その集中力には驚かされました。SMAPの時って、今よりもっと忙しくて、テレビやCMやライブなどがある中で、映画だけに入り込んじゃうと他ができなかったと思うんです。『凪待ち』で香取慎吾さんとご一緒した時にも思ったんですけど、パッと切り替えて一瞬で役に入れるのは、お二人ともそういう経験を積んでいるからなのかなって」
俳優としての
奥深さを
いろんな局面で感じた。
改めて振り返ると、俳優としての力量を直に感じる撮影だった。
「いろんな段階を経ていると思うんですけど、今はすごく自然体で全部の作品に臨んでいるって草彅さん本人もおっしゃっていて。今回ご一緒して、俳優としての奥深さはいろんな局面で感じましたし、まだまだ先があるんだろうなという予感もしました。今度、樋口真嗣監督の『新幹線大爆破』に出演されるというのもありますけど、だんだん高倉健さんのような位置づけになりつつあるのかなって」
撮影以外ではこんなエピソードも。
「撮影所のある京都には有名なヴィンテージの古着屋があって、撮休日に草彅さんも通っていたそうなんですね。そこで、“監督にぴったりのがあったよ”ってジャケットをおすすめしてくれたんです。ずっと海辺に干してあったのか半分色が抜けていて、ボロボロで、ところどころほつれていて、それが超カッコいいと。“いくらですか?”って聞いたら、“15万円”。せっかく草彅さんに見つけていただいたものですけど、僕には買う勇気がなかったです(笑)」
『碁盤斬り』も無事に公開され、現在は別作品の音楽撮りや脚本づくり、新規企画の立案などを進めている。また、今年は新たな撮影も予定しているのだとか。
「Arriflex35IICというムービーカメラがあるんですけど、実は最近それを買ったんです。ずっとやりたいと思っていた企画があって、そのカメラで撮ろうかなと。IICはスタンリー・キューブリック監督が愛用していたカメラで、とにかく丈夫だし、35mmにしては小型で取り回しもいい。それをヤフオクで8万円くらいで落札して、使いやすいようにイギリスで改造してもらったんです。その費用が80万円くらいかかったのかな。草彅さんがおすすめしてくれたジャケットを買わなかったくせにって感じですけど、カメラは仕事に使うものなので(笑)」
白石和彌 しらいしかずや 映画監督。1974年生まれ、北海道出身。2010年に長編映画監督デビュー。近年の監督作品に『凪待ち』『ひとよ』『孤狼の血LEVEL2』『死刑にいたる病』『仮面ライダーBLACK SUN』、プロデュース映画に『渇水』など。映画『碁盤斬り』が公開中。Netflixシリーズ『極悪女王』が2024年に世界独占配信。
撮影/野呂美帆