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杉野 工藤監督が映画に興味を持ったのはいつ頃ですか?
工藤 子どもの頃は野球をやっていたんですけど、祖母の影響で映画も好きで。僕は京都生まれなんですけど、親戚に映画関係者がいたので、撮影所によく出入りしていました。小中学生くらいでエキストラをはじめて、たしか5千円くらいもらえていたような記憶があります。
杉野 いいお小遣いですね。
工藤 そこからスポーツも熱心にやって、大学の特待生に選ばれたりもしたんですけど、体が弱くてケガもしたので、これは続かないなと諦めました。高校生の時に年齢をごまかして(笑)、撮影所でエキストラや美術のバイトをしていたんです。大島渚さんの『御法度』のエキストラもやりました。そうしたことを経験しているうちに、映画監督をやってみたくなったんです。
杉野 現場を経験して、監督って面白そうだなと思ったんですね。

工藤 物づくりは好きでしたし、映画監督ってかっこいいなと。監督の「よーいハイ」を聞いて、ビリビリと衝撃が走りました。高校2年の夏休みだったと思いますけど、撮影所の偉い人にお願いしに行ったんです。「監督になりたいんです」と。偶然にも最初に直談判したのが、当時の所長で「お前、眉毛が太くて面白いから、演出部に入るか?」って。
杉野 それもすごい話ですね(笑)。眉毛の太さは関係あったんですか?
工藤 僕にもわからないですけど、これ実話なんです(笑)。学歴がないと入れない時代もあったみたいでしたけど、ちょうど撮影所のシステムが崩壊した後ぐらいの時期ということもあって、潜り込むことができました。高校を卒業して助監督として働く前に、ピンク系や任侠系のVシネに時代劇まで、いろいろな現場をやりました。めちゃくちゃ大変でしたけど、まだ若かったということもあって、すごく楽しかったです。

杉野 監督は映画の専門学校にも行っているんですよね。
工藤 映画もそうですけど、自分には文学や世界情勢など一般的な教養が足りないなと。このままじゃ監督になれないと思って、撮影所で働きながら、大阪のビジュアルアーツ専門学校に通いました。アート系をはじめ、いままで触れてこなかった映画をたくさん見ましたし、当時流行っていたジム・ジャームッシュのような短編を撮ったりもしました。その作品は短編の映画祭の佳作に選ばれたんですけど、他の人の作品はもっとレベルが高くて。そこから、ますます映画を見なきゃだめだし、いろいろな本を読んで教養を身につけなきゃだめだという意識になっていきました。

杉野 その後、撮影所を辞めて、上京されますよね。何かきっかけはあったんですか?
工藤 まさに杉野さんとご一緒した『のぼうの城』が大きな転機になりました。撮影所が斜陽の時代で、自分の中にも漠然とした不安があって。とにかくいろんな現場で勉強しようと、森田芳光監督の現場に行かせていただいたり、台湾映画の助監督をしたりする中で、『のぼうの城』の現場にも入ったんです。あの作品で初めて大作映画でのデジタル撮影を経験して、いよいよ新しい時代が来たなと思っていた時に、東日本大震災が起きて。この後どうすればいいんだろう、このままじゃだめだという思いが一気に爆発して、撮影所を辞めようと思ったんです。

工藤将亮 くどうまさあき 映画監督。1983年生まれ、京都府出身。初長編監督作『アイムクレイジー』でデビュー。2作目の『未曾有』は、第25回タリンブラックナイト映画祭に正式出品。2022年公開の『遠いところ』は第56回カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭のメインコンペティションに選出されるなど、大きな話題となる。

杉野 そこから『遠いところ』へは、どうつながるんですか?
工藤 ある小説の映画化に5年ぐらい奔走したんですけど、けっきょく実現しなくて。自分には撮るべき題材もないし、いまの映画界の流れにも乗れないしで、映画から離れて、喫茶店をやろうかなと思っていたんです。その頃、たまたま「MOOSIC LAB」という映画と音楽の映画祭があり、そこで映画を撮ることになるんです。それが『アイムクレイジー』という作品で、運良く韓国の映画祭で賞を取ったんですけど、自分の中では全然納得がいってなかったんです。

杉野 出来上がりに満足していなかったんですか?
工藤 気に入ってはいましたけど、人から与えられた偶然の流れじゃなくて、自分が本当に情熱をかけられるものを撮らないとだめだと思ったんですね。そこからです、『遠いところ』がスタートしたのは。当時、沖縄の若年母子の貧困の話に興味があって、これなら自分の人生を懸けられると思って、動き出しました。
杉野 資金面はどうされたんですか?
工藤 プロデューサーと一緒に頑張りましたけど、全然集まらない。そんな時に、『アイムクレイジー』でもお世話になった映像制作会社のザフールの古賀俊輔さんに「一緒にやろう」と声をかけていただいたんです。

杉野 剛 すぎのつよし キャスティングディレクター。黒澤明監督に師事し、『乱』『夢』『八月の狂詩曲』『まあだだよ』で助監督を務める。その後、キャスティングに転向。近年では『怪物の木こり』『ある閉ざされた雪の山荘で』に参加。

杉野 そこからはうまく進んでいったんですね。
工藤 この作品は海外に持って行きたいと思っていたので、フランスの会社にアタックしたら興味を持ってくれて。そこからは配給先も決まり、なんとかなりましたが、完成して公開するまでも大変でした。でも、いい経験ができたと思っています。
杉野 次回作は決まっているんですか?
工藤 海外のパートナーと離婚した日本人が黙って子どもを日本に連れ帰る国際的な子どもの「連れ去り」を題材にしたものを企画しています。まだ時間はかかりそうですけど、これからも社会を通したテーマ性のある映画を撮っていきたいと思っています。

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