第3回は『SR サイタマノラッパー』の入江悠監督。
入江 最初は『ジョーカー・ゲーム』のときですよね。
杉野 監督はね、風格がすでに巨匠だったんですよ(笑)。若いのにすごく落ち着いていらっしゃって。
入江 そんなことないです。感情があまり顔に出ないんです。
杉野 監督は日芸(日本大学芸術学部映画学科)のご出身ですよね。高校時代から監督を目指していた?
入江 映画の世界に入りたいとは思っていました。でも実家は埼玉の田舎で、周りに映画の話ができる人はいなかった。撮り始めたのは大学からです。ちょうどデジタルの機材が出始め、パソコン上での編集が可能になった時代でした。
杉野 それで自主映画を作りはじめて、在学中にゆうばり国際ファンタスティック映画祭に入選されて。
入江 それまで井の中の蛙だったので、国内外の出品作を見て衝撃を受けました。「世の中にはこんなにおもしろい映画を作る人がいるんだ!」と、半べそで帰ってきました(笑)。
杉野 卒業後は就職せずに、映画を作ろうと決めたんですね。
入江 はい不安を抱えながらも。バイトしながらそれをすべて制作費につぎ込んで。たまたま大学の先輩の冨永昌敬監督と沖田修一監督が20代の終わりにプロの世界にデビューしたんです。それでかろうじて希望が持てた。自分にも自主映画から商業への道があるかもしれないと。
杉野 それが『SR サイタマノラッパー』につながるんだ。あの作品は評価されたでしょう。
入江 そうですね。でもヒップホップは好きだったんですが、僕は別に青春映画を撮りたいわけじゃなくて、もともと刑事モノとか、パニック映画が好きなんですよ。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』とか『ターミネーター』で育っているので。
杉野 ほお。
入江 でもそういうスケールって自主映画じゃなかなか撮れない。それでもっと個人的な話を撮ろうと『SR サイタマノラッパー』を撮ったんです。
入江 それでもまだ生活は苦しくて。でも楽しかったですね。辛くはなかった。今思うと、あのとき貧乏だったことが生きているというか。極端な話、商業映画が撮れなくなっても、あそこに戻ればいいや、と思えるんです。
杉野 商業作品の1本目は何になるんですか?
入江 WOWOWのテレビドラマです。刑事モノやパニック映画が好きだとインタビューに答えていたら制作会社の方からお誘いを受けたんです。「こいつなら男くさい、刑事の世界をできるんじゃないか」と。
杉野 それが合ってたんですね。
入江 でもドラマの現場では針のむしろでしたよ。「誰だお前?」みたいな。撮影のとき「ちょっと叙情的に、カーテンを揺らしたい」とか言うと、遠くのほうから聞こえてくるんです。「いらねえよ、そんなの」って。
杉野 うわ(笑)、まだありますか!そういう状況。
入江 ありました。ドラマはルーティンで効率が第一。トリッキーなことを言うと嫌がられる。すごく鍛えられました。どこまで粘っていいのかとか。結果プロデューサーに「粘ってくれてよかった」と言われて、うれしかったです。
入江 悠 いりえゆう 映画監督。1979年生まれ。埼玉県出身。2009年の自主制作映画『SR サイタマノラッパー』で注目を集める。他、『ジョーカー・ゲーム』『太陽』『22年目の告白 ―私が殺人犯です―』『ビジランテ』など。最新監督作『ギャングース』が今秋公開。
入江 撮影中、竹中直人さんの出演シーンで深夜になってしまったことがあったんです。そのとき竹中さんが「三池崇史さんや石井隆さんとか、昔の映画はそうだったよ。いいよ好きにやって」と。その言葉にもすごく救われました。
杉野 自主映画から商業映画へ行った人の中でも入江さん規模の予算の作品っていないですよね。
入江 たぶん僕だけ好きなジャンルが違うんです。みんなもうちょっと小さい映画が好きというか。僕はいわゆるいい話とか、家族とか恋愛とかは苦手で、ヒリヒリした事件が起きたり、生きるか死ぬか、みたいなのが好きなんです。
杉野 『ジョーカー・ゲーム』から『22年目の告白~』、さらに『ビジランテ』でオリジナル脚本に戻られた。
入江 杉野さん、中野量太さんと前に対談されてましたよね。僕『ジョーカー・ゲーム』の後に中野さんと飲んだんですよ。
杉野 へええ!
入江 メジャー映画をやって、いろいろ迷っていたんです。中野さんは『湯を沸かすほどの熱い愛』の前で、「仕事、どうしてるんですか?」って聞いたら、「依頼はあるけど、僕はオリジナルにこだわっていきたい」と。それを聞いて、自分もやっぱオリジナルを書かなきゃと『ビジランテ』を書いたんです。
杉野 じゃあ、中野監督はいいことをしたんですね(笑)。
杉野 剛 すぎのつよし キャスティングディレクター。黒澤明監督に師事し、『乱』『夢』『八月の狂詩曲』『まあだだよ』で助監督を務める。その後、キャスティングに転向。近年では『終わった人』『パンク侍、斬られて候』『検察側の罪人』(8月24日公開)に参加。
入江 外から声がかかって仕事がもらえるのはうれしいんですけど、どうしても原作モノなどに偏ってしまう。どこかで原点、『サイタマ~』のような、自分の抱える問題意識を見つめないとダメだなと。
杉野 問題意識というと?
入江 僕は田舎出身なので“ローカル”に興味があるんです。それに今生きている社会のシステムや巨大企業の内部とかにも興味がある。
杉野 なるほど。確かにほかの監督たちとは違う視点かもしれない。
入江 まあ、コケたらまた『サイタマ~』に戻ればいいですし。
杉野 監督にはいっぱいファンがいるから大丈夫ですよ。
入江 ファン……。いるのかなあ(笑)。