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杉野 小林監督はミュージックビデオなどさまざまな映像制作を経験してこられたんですよね。映像作りの出発点は?
小林 それが大学を卒業するまで何も考えてなかったんです。千葉のニュータウン出身で、典型的な東京郊外のぼんやり世代というか「これをやりたい!」という目的意識もなく、就活も全然していなかった。友達に「どうしよう」と言ったら「新聞の日曜版に、求人がいっぱい載ってるよ」って言われて。
杉野 ははは。
小林 たまたま名前を知っていた映像制作会社を受け、そこで『ASAYAN』などのバラエティ番組を作りはじめました。
杉野 仕事は過酷だったんじゃないですか?
小林 めちゃくちゃ過酷でした。1日に1、2時間寝られればいいし、寝ながら編集していたときすらあった。起きたら番組ができていて「あれ、どしたの?」「え? 小林さん指示してましたよ」って(笑)。でも、辞めようとは思わなかったんです。視聴率が上がったりするのが楽しかったんでしょうね。

小林 そして、20代後半になって仕事柄、映画をたくさん観るようになったんです。黒澤明監督の『用心棒』やゴダールの『勝手にしやがれ』を観て「やっぱり映画ってすごいなあ!」と。その後、会社を辞めてフリーになるんですが、素直に映画に行かずMVも作りたくなって。
杉野 やっぱりストーリーがあるような作品を?
小林 はい。でも企画を出しても需要がなく、映画への憧れもどんどん膨らんで「これは一度作らなきゃダメだな」と。それで自主映画的に『ももいろそらを』(’12年)を作ったんです。
杉野 そうだったんですね。
小林 でもシナリオの書き方も知らなかったから30代の中盤になって半年間、シナリオ学校に通いました。僕、なんでも遅いんです。
杉野 いやいや、すごくきっちりされているんですね。「とりあえず撮っちゃえ!」じゃなく。
小林 絵コンテしか描いたことなかったですし、脚本も書けないので、一からやらないと。

杉野 デビュー作『ももいろそらを』は女子高生なのに気っぷのいい”オヤジ”みたいな主人公がいいんですよね。
小林 あのキャラクターは割と自分を投影しているんです。自分も30歳後半だったし女子高生のことなんか全然わからないんですけど「理想だけど、こんな子いないよね」みたいな人物を作って、それがホンモノに見えたらいいなと思って撮っていました。
杉野 東京国際映画祭やサンダンス映画祭でも絶賛されて。
小林 ずっと発注に応える仕事をしてきたので、映画作りにあたって「自分は何が言いたいのだろう?」を考えました。1作目を作ってようやく整理ができてきた気がします。

杉野 2作目の『ぼんとリンちゃん』(’14年)もユニークですよね。
小林 あれはネットで出会ったカップルがモデルなんです。
杉野 えっ、モデルがいるんだ!
小林 BL(ボーイズラブ)好きな女の子と、BLはまあ知ってるけど……という男の子で、実際に会ってみたら、めちゃくちゃおもしろかったんですよ。「この子たちが現実にぶち当たったらどうなるんだろう?」と思って書いたんです。
杉野 それで作品ができるんだからやっぱり才能ですねえ。

小林啓一 こばやしけいいち 映画監督。『ASAYAN』などのテレビ番組のディレクターを経て、2012年に『ももいろそらを』で長編映画の監督デビュー。主な監督作に『ぼんとリンちゃん』『逆光の頃』『殺さない彼と死なない彼女』など。

杉野 最新作の『殺さない彼と死なない彼女』(’19年)は?
小林 マンガが原作です。プロデューサーが僕に合いそうな原作をいくつか持ってきてくれて。僕、映画界に全然知り合いがいないので映画を観て仕事をお願いしてくださる方が多いんです。
杉野 それだけ作品が評価されているんですね。
小林 でも青春キラキラ映画とかシリアスな映画はほかにうまい人がいっぱいいるから、たぶん求められてないと思います(笑)。僕が手を伸ばしたくなるのは、どうしても一風変わった作品が多いんですよね。

小林 僕、昔の映画が好きで、50年代や60年代の成瀬巳喜男や溝口健二を観ると「何歳の時に撮ったの?」と焦ります。
杉野 わかります。僕も昔はそういう焦りがあった。
小林 特に僕はスタートが遅いし、どこか引け目というか、自信がないようなところがあったんです。始めたころ映画の現場ではよく「ああ、テレビ出身なんだ」って言われたんですよ。
杉野 ああ~、いじわるな感じで(笑)。
小林 でも大映のプロデューサーの藤井浩明さんにお目にかかったとき「いろいろやってて、いいじゃないの」と言われて救われました。「これまでのことも全部経験になるんだ」って。
杉野 藤井さん、いいことおっしゃったんですねえ。

杉野 剛 すぎのつよし キャスティングディレクター。黒澤明監督に師事し、『乱』『夢』『八月の狂詩曲』『まあだだよ』で助監督を務める。その後、キャスティングに転向。近年では『窮鼠はチーズの夢を見る』『劇場』に参加。

小林 それに『殺さない彼と死なない彼女』で、ようやく「映画館で映画を観る意味」みたいなものを感じるようになったんです。映画の途中で、劇場のあちこちからサラウンドですすり泣きが聞こえてきたり、終わってすぐに席を立たない人がいたりするんですよ。
杉野 それは嬉しいですよね。
小林 『ももいろそらを』でサンダンス映画祭に行ったときも、お客さんが劇場でドッカンドッカン笑ってくれて、でもそのときはウケたことの嬉しさしか感じてなかった。今ようやく映画の持つ共感性に気づいたというか。それが脚本作りにも反映されてきた気がします。
杉野 素晴らしいことですよ。新作も楽しみにしています!

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