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杉野 池田監督は、かつて僕の事務所でデスクとして働いていたことがあったんですけど、映画監督を志した経緯などは聞いたことがありませんでした。いつ頃から映画に携わりたいと考えるようになったんですか?
池田 中学生のときに家でWOWOWが見られるようになり、たくさんの映画に触れたことが一番のきっかけです。レオス・カラックスから寺山修司まで、浴びるように映画を見る中で『トリコロール/青の愛』に出会い、「映画を作りたい」と思うようになりました。
杉野 映画館ではどんな映画を見ていたんですか?
池田 住んでいたのが静岡県の田舎で近くに映画館がなかったのですが、高校時代に近隣の浜松市で週末のレイトショーだけ短館系映画を上映している映画館(現・シネマイーラ)を見つけて。『2/デュオ』や『萌の朱雀』など、当時若手の監督たちが新しい波を生み出している作品を見ることができ、大きな刺激を受けました。この頃は、どちらかというと人とコミュニケーションを取ることが苦手で。でも、だからこそ自分の中に表現したいことや伝えたいことが溜まっていたんだと思います。

杉野 監督は高校ですでに映画を撮り始めているんですよね。
池田 はい。映像文化部に入って、そこは映画を作る部ではなかったんですけど、部室にあったHi8で30分弱の短編を2本撮りました。映画を撮っているときは自分の頭の中にあったものをやっと形にできたぐらいの感覚だったんですけど、文化祭で上映したときに、映画って人に見てもらうことで始まるというか、自分の手を離れて大きくなるものなんだと感じて、これはすごいことだと。一生、映画を撮っていこうと思ったんです。なので、大学は映画サークルがたくさんある早稲田大学に進学しました。
杉野 サークルはどこに入ったんですか?
池田 映画研究会に入って、まずは8mmフィルムから始めたんです。ただ、サークルだけではなく、もっと世界を広げたいとも思っていて。そんなときに映画美学校の存在を知ったんです。初等科では学校からお金が出て、16mmフィルムで映画を撮れるチャンスもあったので、大学に行きながら通うことにしました。

杉野 より実践的な映画づくりを学ぶことにしたんですね。
池田 そうなんです。ただ、映画美学校では初めてスタッフィングをして映画を撮ったんですけど、他人は自分の思い通りにはならないという現実を突きつけられました。もともと人付き合いが苦手だったので、考えも上手く伝えられないし、相手にも意見があって、ぶつかることもある。すごく大変だった記憶があります。でも、自分一人では絶対に撮れない画や、作れない芝居があって、映画は人と作ることに醍醐味があるということも知ったんです。そのときに撮ったのが『人コロシの穴』で、カンヌ国際映画祭のシネフォンダシオン部門に正式出品していただきました。

杉野 大学卒業後は何をしようと思っていたんですか?
池田 『人コロシの穴』で全部出し切ってしまい空っぽ状態でした。でも映画は撮っていきたいという一念で就職はせずにアルバイトを続けていて。一年ぐらいしてこのままじゃいけないと、向いていないことは承知の上でとにかく映画業界に飛び込もうと、助監督をさせていただきました。ところがまた一年経つ頃に、お世話になっていた映画プロデューサーから「このままだと一生監督にはなれない」と言われて、どうしようかと考えた末に、新しくできた東京藝術大学大学院の映像研究科に入ったんです。

池田千尋 いけだちひろ 映画監督。1980年北海道生まれ、静岡県出身。早稲田大学第一文学部卒業後は、映画美学校や東京藝術大学大学院映像研究科などで学ぶ。主な劇場公開作品に『東南角部屋二階の女』『先輩と彼女』『東京の日』『スタートアップ・ガールズ』『記憶の技法』など。脚本家としても数々の作品に携わる。最新作『君は放課後インソムニア』が2023年公開予定。

杉野 監督は映像研究科の一期生ですよね。大変でしたか?
池田 脚本を書いては撮っての繰り返しで、バイトをする時間もありませんでした。それでも、自分がまた映画を撮れるようになったことがうれしくて。何を撮っていいかわからずに悶々としていた時期や、向いていなかった助監督での苦労や経験をようやく昇華させることができたというか。実践の中でキャストやスタッフとのコミュニケーションの取り方も学ぶことができましたし、このときの経験が映画監督としての私の礎になっています。

杉野 藝大で撮った作品が『兎のダンス』ですか?
池田 そうです。修了制作で撮りました。このときに美術領域の教授だった磯見俊裕さんが映画の企画を立ち上げていて、私を監督に起用してくださった作品が西島秀俊さん主演の『東南角部屋二階の女』です。
杉野 うちに来たのは、その後?
池田 はい。映画監督としてデビューしたからといってすぐ次の仕事があるわけではなくて、映画美学校のときにお世話になった堀越謙三さんからご紹介いただき、杉野さんの事務所で働くことになったんです。当時は本当にお世話になりました。

杉野 剛 すぎのつよし キャスティングディレクター。黒澤明監督に師事し、『乱』『夢』『八月の狂詩曲』『まあだだよ』で助監督を務める。その後、キャスティングに転向。近年では『そして僕は途方に暮れる』『シン・仮面ライダー』に参加。

杉野 今後はどんな監督になりたいですか?
池田 杉野さんの事務所には3年ほどいさせてもらって、多くの脚本を読む機会に恵まれましたし、杉野さんにも良いタイミングで背中を押していただき、独り立ちすることができました。そんな風に節目節目でとても良い出会いに恵まれて映画を撮れていると思っています。いただいたご縁の一つ一つを大切にこれからもずっと映画を撮り続けていきたい、それが一番の願いです。それに、映画界には女性の監督も増えてきましたけど、大作は任せてもらえないなど、依然として大きな壁はあると思います。そんな現実の中でも、性別関係なく大きな船を動かせる監督を目指していきたいです。

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