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古市 アインシュタインの相対性理論って、名前だけは知っているけれど、多くの人はそれがどんな理論なのか、よくわかってないように思います。ストレートに聞きますが、相対性理論って何ですか。
竹内 アインシュタインが1905年に発表した物理学の理論です。じゃあ「相対性」ってどういうことか。たとえば私と古市さんが、速度の異なるロケットに乗り、宇宙空間ですれ違うとしますね。このすれ違うときに、相手の腕時計と自分の腕時計を比べるとどうなるか。不思議なことに、どちらも相手の時計が遅れて見えるんですよ。
古市 そんなことありえるんですか。
竹内 ニュートンの力学ではありえないんですね。ニュートンの場合、古市さんから見て私の時計が遅れて見えるとしたら、私から見ると古市さんの時計は……。
古市 進んで見える。
竹内 そうですよね。それは宇宙には絶対的な基準があると考えるからです。アインシュタインがすごいのは、そんな絶対的な基準はないと考えたところです。相対性理論では時間も空間も1つじゃないんですね。
古市 そうか、だから別々のロケットに乗ると、それぞれに時間の流れがあるんですね。

竹内 今の話は特殊相対性理論と言われるものですが、もう1つ、一般相対性理論というものがあります。
古市 何が違うんですか。
竹内 特殊相対性理論は、速度の差はあるけれど、加速度はゼロという条件の理論でした。さきほどのロケットの例でいえば、どちらも一定速度で動いていると仮定するんですね。それに対して、一般相対性理論は加速度も扱うことができるんです。だから2つのロケットが加速しながら動いていても、その関係を数式で記述できるわけです。
 この一般相対性理論を使うと、曲がった空間を考えることができます。重いものがあると、その周囲の空間がぐにゃっと曲がるんですね。たとえばブラックホールでは空間が曲がっているから、それを計算するには一般相対性理論が必要なんです。
古市 今年、ブラックホールの輪郭の撮影に成功したというニュースが話題になりましたね。
竹内 アインシュタインの方程式から導かれる予言が、ようやく実証されたわけです。これまでブラックホールにいろんなものが落ちるときに飛び出すγ線やX線を間接的に観測することはあったけど、そこどまりでした。
古市 ブラックホールが確実にあるかどうかは、つい最近まではわからなかったんですね。

古市 アインシュタインの理論が、最初に実証されたのはいつごろなんですか。
竹内 1919年です。イギリスの天文学者アーサー・エディントンの率いる観測チームが、皆既日蝕を観測したときに、見えるはずのない星が見えたんです。その星は太陽の後ろにあるから、皆既日蝕なら見えないはずです。でも、それが見えたということは、空間が歪んで、光の進路が曲がったということですよね。一般相対性理論では、重い物体があると空間が歪む。それがこの観測で実証されたわけです。
古市 相対性理論は、現実の技術にも役立っているんですか。
竹内 たとえば、GPSは相対性理論がなければ実現できない技術です。地球の上空2万kmにあってほぼ無重力なので、時間がずれてしまう。地上の時計よりも進んでしまうんですね。距離にすると、1日10キロぐらいの誤差になる。だから相対性理論を使って、GPS衛星の時計を補正しているんです。

古市 アインシュタインはなぜこの理論を生み出せたんですか。
竹内 時間があったからだと思います(笑)。ニュートンもそうです。ニュートンの場合、当時、黒死病が流行って大学が閉鎖されてしまった。それで、地元に戻って暇だったので、『プリンキピア』という重力理論の分厚い本を書いてしまったんです。
 アインシュタインも考える暇がありました。彼は、同級生の中で1人だけ大学の研究室に採用してもらえなかったんですよ。結局、親友のお父さんに頼み込んで、ベルンの特許局に就職しました。これがよかったんでしょうね。頭がいいので、午前中には仕事は終えて、午後は相対性理論の研究に没頭できた。
古市 天才には暇や時間が必要なんですね。

古市憲寿 ふるいちのりとし 社会学者。1985年生まれ、東京都出身。若い世代を代表する論客として多くのメディアで活躍。情報番組のコメンテーターも務める。著書に『絶望の国の幸福な若者たち』『平成くん、さようなら』『誰の味方でもありません』『百の夜は跳ねて』など。

古市 現代でも、相対性理論に匹敵するような画期的な理論は生まれそうですか。
竹内 有力な候補は、超ひも理論ですね。まだ未完成ですが、基本的な発想は、一般相対性理論と量子論を統合しようとするものです。この理論の面白いところは、超ひも理論の方程式を解くと、無数の宇宙が存在する可能性が出てくるんですよ。
古市 無数の宇宙はどのように生まれるんですか?
竹内 これは超ひも理論とは少し違いますが、たとえば宇宙が歳をとっていくと、そこから別の宇宙が生まれるという仮説があるんですね。そのときに産道が必要で、それがブラックホールなんだと。だからブラックホールというのは、新しい宇宙を生んでいるんじゃないかというんです。そういうことをアインシュタインの理論を使って論文に書いている人もいます。
古市 その宇宙は、ぼくらが生きている宇宙とは別なんですよね。
竹内 そうです。ブラックホールの外は別の宇宙と考えていいわけです。ブラックホールの境界線から落ちたらもう帰ってこれないと言われているけれど、その中からすると、ブラックホールは新しいビッグバンが起きたということになります。数式上はそう考えても辻褄が合うんですよ。
古市 じゃあ、人間がブラックホールをもしも作れたら、宇宙は作れるということですか?
竹内 そう思いますね。実際に宇宙を作るという論文もありますよ(笑)。
古市 宇宙は作れる(笑)!
竹内 実際に作ろうと思うと、ハードルはとんでもなく高いですけどね。

竹内 薫 たけうちかおる サイエンスライター、作家。1960年生まれ、東京都出身。東京大学理学部物理学科卒業。マギル大学大学院博士課程修了。専攻は高エネルギー物理学理論。『ひるおび!』に出演中。近著に、『「ファインマン物理学」を読む』『虚数はなぜ人を惑わせるのか?』など。

古市 もし宇宙を作れるのだとしたら、僕たちが住んでいるこの宇宙に創造主がいてもおかしくないということになりませんか。
竹内 そうなんですよ。物理学って、本来は神のような宗教的な概念からどんどん離れていく感じがするじゃないですか。でも、量子力学の最先端を研究するような物理学者が歳を重ねると、意外と神様のことを言い始めるんです。究極的に宇宙の仕組みを考えていくと、創造主が別にいてもおかしくないんじゃないか、と。たとえば1000年後に人間の物理学者が実験室で宇宙を作ったとしたら、その人は創造主じゃないですか。
古市 必ずしも立派な人じゃなくてもいい。
竹内 マッドサイエンティストかもしれないですよ。

古市 創造主は、自分が作った宇宙を観測できるんですかね。
竹内 それも難しいでしょう。もし観測できるとすると、違う宇宙同士でやりとりできる情報は恐らく重力だけでしょうね。だから重力波で通信はできると思うんです。
古市 重力に何かメッセージを乗せられるんですか?
竹内 重力も波ですから、ラジオと同じような感じで通信できる可能性はあります。
古市 SFのような話にどんどん近づいていきますね。
竹内 それがSF小説ではなくて物理学の論文として出ているのが面白いところです。そして、そういう壮大な研究の大きな扉を開いたのが相対性理論なんですね。

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