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古市 『資本論』はマンガや図解など、解説本がたくさん出ていますけど、それだけ『資本論』は難しいということでしょうか。
的場 表現は難しいんですが、内容は思ったほど難しくはないんです。
古市 えっ、そうなんですか?
的場 マルクスがなぜ難しいかと言うと、当時支配的だった19世紀の経済学者たちに対して批判しようとしているからです。標的としている学者が難しく書いているから、マルクスもそれに合わせているんです。
古市 的場さんが『資本論』の勘所を説明してくれと言われたら、まずどこから説明されますか?
的場 相手が誰かによりますね。たとえば、ブラック企業などで過酷な労働を強いられている労働者ならば、第8章「労働日」を紹介して、労働者が搾取される原理を説明すると思います。
古市 「搾取」という言葉は今でもよく聞きますよね。でも、そもそもマルクスの言っていた「搾取」って、どういう意味なんでしょうか。
的場 搾取の原語には「開発する」という意味もある。だから、労働者から搾り取るという意味だけでなく、文明を発展させて労働者の生活を豊かにしていくという意味合いもあるんです。『資本論』には、こういう二面性のある議論や概念がよく出てきます。

古市 現代の日本には、マルクスのどんな議論が参考になりそうでしょうか。やっぱり格差の問題とか?
的場 搾取の問題は格差に直結しますよね。でもいまなら、ポスト資本主義の姿を考えるヒントとして読んでみるのもいいかもしれません。
 たとえば現在の先進国では、総じて利子率が下がっています。でもすでにマルクスは『資本論』の第3巻で、資本主義が高度に発展していくと利潤率が低下し、最後には成り立たなくなると言っているんですね。利益がなければ、資本主義は続きませんから。
古市 どうして資本主義が発達すると、利潤率は下がっていくんですか。
的場 企業の競争が激しくなると、どの企業も競争に勝つために、新しい機械を導入したり、優秀な人材を雇ったり、投資にかかるお金が増えていくからです。もちろん企業は利益を出すために投資を増やすんだけど、それが結果的に利潤率を下げてしまうんですね。
古市 じゃあ資本主義の終わりは近い?
的場 ただ、反対のベクトルも出てきます。簡単に言えば、市場が広がって新製品が次々に売れれば、利潤率は下がらない。だから、そう簡単に資本主義が終わるとはいえないけれど、一般的な傾向としては、マルクスの言ったとおりになっていますね。

古市 19世紀に生きていたマルクスの理論が、なぜ現代にまで当てはまるんですか。
的場 一つには、生産力の変化という点から、歴史の変化を捉えたことが大きいと思います。マルクスより少し前に、ヘーゲルという哲学者がいますね。ヘーゲルは、歴史というものは発展しながら展開するという議論をつくりました。マルクスは、ヘーゲルの影響を受けながら、その歴史発展のあり方を、生産力や生産関係、つまり経済的な要因から説明したんですね。これは『資本論』より前の『経済学批判』という本に書かれています。
古市 でも資本主義のあり方も、昔とはだいぶ変わってきてませんか。どんどんグローバルになっていますし。
的場 実はそれもマルクスが『資本論』で言っているんです。資本の運動がグローバル化を促進する、と。ですから、資本の運動が展開する限り、世界は一つにまとまっていくわけです。

古市 いまはiPhone1台で動画が作れたりもします。AIもどんどん使われている。こういう現代的な生産や消費を、マルクスならどう分析すると思いますか。
的場 それも二面性なんですね。『経済学批判要綱』という本で、機械についてこう言ってるんです。一面では、機械をどんどん発展させれば労働者に払うお金が少なくなり、資本の利益が増えます。しかし他面、それを推し進めると、機械や技術が世の中全体にひろがっていき、社会でそれを共有するようになっていきます。
古市 IT社会を言い当てているような言葉ですね。
的場 そう。だから一方で機械の導入は労働者を搾取する原因にもなる。しかしそれは労働者を解放する原因にもなるんです。

古市憲寿 ふるいちのりとし 社会学者。1985年生まれ、東京都出身。若い世代を代表する論客として多くのメディアで活躍。情報番組のコメンテーターも務める。著書に『絶望の国の幸福な若者たち』『平成くん、さようなら』『誰の味方でもありません』『百の夜は跳ねて』など。

古市 マルクスって、実際に会うとどんな人だったんでしょうね。
的場 理論を作ると同時に組織も作る人なんです。しかし組織をまとめることができない。彼は1840年代、組織を作って崩壊させてしまう。権力志向型だけどそれが上手くいくタイプではないという感じです。
 一方で彼は、ロンドンに亡命している時もそうですけども、労働者たちに結構好かれるんです。なぜかというと、気前がいいんですね。マルクスは自分も貧乏なのに、労働者にお金をあげてしまう。マルクスの生計は、盟友だったエンゲルスが支えているようなものでした。エンゲルスからもらったお金を、そのまま自分で使わないで労働者にわたしてしまうんです。
古市 マルクス自身は教条的な人間ではない?
的場 ええ。イエス・キリストがキリスト教を支持したかどうかという問題がありますよね。私たちはついキリストがキリスト教の創始者のように考えてしまいます。でも、キリストは死ぬまでユダヤ教徒なんですよ。マルクスも同じです。彼は自分で「私はマルクス主義者じゃない」と言ってるぐらいですから。
古市 マルクスが現代を見たらどう思うでしょうか?
的場 たぶん、当惑すると思います。資本主義が意外に早く限界を迎えつつありますから。資本主義が発展した最大の理由は、未開拓な市場がたくさんあったからです。これがもうほぼなくなりつつありますよね。もう大抵の商品は過剰になっていて、買い替え需要しかない。新商品による経済成長ができない。投資が利潤を生み出さなくなるとどうなるでしょうか。おそらくいろんなモノやサービスが、水道や道路のような公共財になっていくでしょうね。

的場昭弘 まとばあきひろ 経済学者。1952年生まれ、宮城県出身。神奈川大学経済学部教授。著書に『マルクスだったらこう考える』『一週間de資本論』『カール・マルクス入門』など。翻訳に『超訳「資本論」』『新訳 初期マルクス』『新訳 共産党宣言』など。

古市 マルクスの著作や理論を、マンガや解説書だけで理解するのはまずいでしょうか。それでもエッセンスはわかるような気がするんですが。
的場 たしかにエッセンスは重要なんですね。でも、それは骨なんですよ。骨だけ見ても、その人間がどういう人間かはわかりませんよね。私はよく学生に言うんですよ。写真だけを見て海外旅行ができるかって。旅行ガイドに載っている写真を見ながら観光すれば効率はいいかもしれません。でも、観光地になっていない街を歩きながら、空気や匂いを感じないと、その国の上っ面の部分しか触れることができません。

古市 解説書をたよりにしながら、原典にチャレンジするのがいいんですね。
的場 そうです。解説書だけを読むなら、挫折してもいいから原典を読んだほうがいい。挫折しても途中まで登ったことは登ったんですよ。だから挫折することは大いに結構なことなんです。最後に、『資本論』の言葉を引用します。「学問をするのに簡単な道などない。だから学問の厳しい山を登るのをいとわないものだけが、輝かしい絶頂を極める希望を持つのだ」。

撮影/伊東隆輔 構成/斎藤哲也
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