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古市 ガリレオというと、地動説や落下の法則は有名ですけど、著作である『星界の報告』について知っている人は少ないと思います。『星界の報告』って、一言で言うとどんな内容の本なんですか。
渡部 『星界の報告』は、ガリレオが自作の望遠鏡を使って天体を観察し、そこで発見したことを報告した本です。中でも次の3つの発見が重要です。
 一つ目は月に関することです。当時、月の表面はつるつるで完全な球体だと思われていましたが、ガリレオは月に大きな山や盆地、いまで言うクレーターがあることを発見し、月が完璧な球体ではないことを示しました。
 二つ目の発見は、肉眼で見えない星の存在を明らかにしたことです。たとえば当時、天の川は天球の模様だという考えもありましたが、ガリレオはそれが実際には目に見えない暗い星の集まりであることを発見しました。
 三つ目は、現在ではガリレオ衛星と呼ばれている、木星の周りを回る衛星の発見です。地動説と関わるトピックとしては、これが『星界の報告』の核心部分だと思います。この衛星の発見によって、地動説の信憑性が高まることになったんです。

古市 ガリレオが望遠鏡を自作したということは、ガリレオ以前は実用に耐えるような望遠鏡がなかったということですか。
渡部 なかったですね。ガリレオが望遠鏡を作る少し前に、オランダのハンス・リッペルハイという人物が遠眼鏡を発明しました。これは2つのレンズを組み合わせると、遠くの物体を拡大して見ることができるという原理に基づいたものです。
 ガリレオはこの発明の噂を耳にし、その原理を自分なりに理解して、独自に望遠鏡を製作しました。当時、オランダでは少しずつ望遠鏡が製造され、販売されていましたが、高価なものだから、そんなに普及してはいなかったんですね。
古市 レンズを組み合わせて天体を見ようという発想もなかったんですね。
渡部 その通りです。初期の遠眼鏡は主に軍事目的で、要するに遠方の敵をよく観察するために作られていたので、星を観察する目的で使われたことはほとんどありませんでした。一人だけ、ガリレオよりも早く星を観察し、スケッチを残したイギリスの貴族がいましたが、彼はそれを出版していません。貴族なので、出版なんてしなくても食べていけるんですね。

古市 ガリレオ以前は、天の川が星の集まりだということは知られていなかったんですか。
渡部 そうなんですよ。ガリレオの場合、地動説を唱えて後でひどい目に遭ったものだから、そちらが大きく取り上げられがちです。だけど僕はよく言うんですが、彼は望遠鏡を使い、肉眼では見えない星があることを人類で初めて観察した人であり、天文学的にはそのほうが大きな意味があるかもしれません。この点は過小評価されている気がしますね。
古市 それまでは天の川って、ガスみたいなものだと思われていたんですか。
渡部 天球に張り付いた模様ではないかという説がありました。目に見えない星だという説を唱えた人もいましたが、望遠鏡がない時代では確かめようがありません。だけど、ガリレオの『星界の報告』によって決着した。誰も異論を挟まなかったし、宗教的にも何も影響がなかったので、あまり話題にならなかったんですね。

古市 渡部さんのような現代の科学者から見て、ガリレオはどういうところが優れているんでしょうか。
渡部 彼は実験による検証をしっかり行って、ギリシャ時代から続くさまざまな通説を覆し、落下の法則や振り子の法則を見つけました。その意味では、実験物理学の先駆者と言えるでしょうね。
古市 そういった法則を発見したのは、ガリレオの天才性によるものなんでしょうか。それとも時代的な要因が大きいんですかね。
渡部 両方あると思いますけど、ガリレオの時代のイタリアには自由都市の雰囲気がありましたから、ギリシア哲学の自然に関する説明をかたくなに信奉する雰囲気でもなかったんですね。

古市憲寿 ふるいちのりとし 社会学者。1985年生まれ、東京都出身。若い世代を代表する論客として多くのメディアで活躍。情報番組のコメンテーターも務める。著書に『絶望の国の幸福な若者たち』『誰の味方でもありません』『絶対に挫折しない日本史』『楽観論』『10分で名著』『正義の味方が苦手です』『謎とき 世界の宗教・神話』など。また、小説家としても活動しており、著作に『奈落』『アスク・ミー・ホワイ』『ヒノマル』など。

渡部 そういう時代の雰囲気に加えて、緻密に考えるというガリレオのキャラもあります。
 教会で振り子が揺れているのを見て、振り子の周期性の法則を見つけるぐらいですから、観察眼に秀でていたことは確かです。普通の人なら「振り子が揺れているな」で終わると思うんですが、その揺れの周期の違いが紐の長さの違いだと認識し、それを法則まで突き詰める。そういう緻密な思考の持ち主だったんですね。あとはハングリー精神も大きいと思います。
古市 ハングリーな人なんですね。
渡部 そうですよ。『星界の報告』だって、自分やメディチ家の名声が上がること、さらに自分の給与もアップして、望遠鏡が売れることを見越して書いていた。だからこそ400年過ぎても世界中の人が知っているような状況になっているんでしょうね。
古市 出版当時、地動説を提唱したことで、キリスト教側から弾圧されることはなかったんですか。
渡部 当時、メディチ家は強くて、ローマ教皇が何と言おうが意に介さない程度の力がありました。だから何を言ってもまだ大丈夫な時代でしたね。
古市 晩年、ガリレオは有罪判決を受けてしまいますよね。メディチ家も守りきれなかったということでしょうか。
渡部 メディチ家自体の力が失墜してしまったんですね。晩年、別の著作『天文対話』で地動説を唱えた時に、ローマ教皇が怒ってしまって宗教裁判に掛けられた。もうその時期だと、ローマ教皇側を言いなだめたり、反発して言い返したりするような力はなくなっていました。ガリレオにとっては不幸なことでしたね。

渡部潤一 わたなべじゅんいち 天文学者。1960年生まれ、福島県出身。東京大学大学院、東京大学東京天文台を経て、自然科学研究機構国立天文台上席教授。総合研究大学院大学教授。国際天文学連合副会長。理学博士。専門は太陽系天文学。近著に『第二の地球が見つかる日』『古代文明と星空の謎』『賢治と「星」を見る』など。

古市 ガリレオから少し離れてしまいますが、渡部さんの著書『第二の地球が見つかる日』では、望遠鏡や天文台の能力が大幅に向上したことで、天文学的な新発見が次々に見つかっている様子が描かれていました。さながら現代版『星界の報告』ですね。
渡部 ありがとうございます。おっしゃるように、新しい技術が開発されるたびに、天文学のフロンティアも広がっています。
古市 最近のフロンティアは、やはり地球型惑星を探すことなんでしょうか。
渡部 ええ。そこは熱心に探求していますね。すでに地球と同じくらいのサイズ、あるいは少し大きい「スーパーアース」と呼ばれる惑星を含めると、数百から千個ほど見つかっています。ただその多くは、恒星に近すぎて温度が高いため、地球のような環境はありえない。それらを除外して、星から適切な距離にある惑星となると数十個ぐらいです。これらが本当の意味で「第二の地球」候補ですね。
古市 そういった惑星に酸素が存在するかどうかもわかるんですか。

渡部 現在の望遠鏡では、そこまで詳細な情報を得るのは難しいんです。だから「この星が第二の地球だ」と断言できるような惑星はまだ見つかっていません。天文学者はより大きな望遠鏡を作り、候補となる惑星をもっと詳しく調べたいと思っていますが。
古市 そのためには、どういう望遠鏡が必要なんですか。
渡部 地上での望遠鏡の開発が重要ですね。現在宇宙に飛ばしている望遠鏡の大きさはせいぜい8メートル程度で、地上の望遠鏡の集光力と大差ありません。そこで、地上でより大きな望遠鏡を建設することに現在は取り組んでいます。
古市 大きな望遠鏡が完成すれば、どのような発見が期待できるんですか。
渡部 一番のトピックは、やっぱり第二の地球の確定ですね。大きな望遠鏡ができれば、地球に似た惑星の中から、生命が生み出したと思われる酸素の存在が確かめられるかもしれない。そこは期待したいところです。

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