キャスティングディレクター・杉野剛が、
さまざまな映画監督を「解剖」する連載の第7回。
撮影/野呂美帆
取材・文/中村千晶
キャスティングディレクター・杉野剛が、
さまざまな映画監督を「解剖」する連載の第7回。
“平成”のトリを飾るゲストは三池崇史さんです。
杉野 監督は高校時代、ラグビー部だったんですよね。
三池 そう。中学からやってて、ポジションはバックスのスタンドオフ。それで当時全国制覇2連覇していた大阪工業大学高校(現・常翔学園)に入っちゃったんですけど、高校は次元が違ったんです。痛みへの恐怖感がないやつとかいるし、身体能力も違う。努力しても無駄だなと思ってすぐやめたんです。
杉野 え!やめちゃったんですか。
三池 割とあきらめが早いんですよ。粘らない。身の丈がわかってるというか。それで高校卒業したらどうしようかと。就職はいやだったし、でも勉強してないし行ける大学なんてない。そんなときラジオを聞いていたら5秒間のスポットCMが流れたんですよ。小沢昭一さんの声で「大学落ちたら、横浜放送映画専門学院」って。
杉野 あははは。
三池 あ!これだ!って。
あの頃のテレビ業界って、
超ブラックを通り越して
ダークマターな世界。
杉野 もともと映画はお好きだったんですか?
三池 いや、ブルース・リーは大好きだったけど、そんなに興味はなかった。だから学校にはほとんど行かずバイトばかりしてました。バイクが好きでサーキットライセンスも取りに行ったんだけど講習中に「自分には向かない」と思ってやめた(笑)。何やっても、そんな感じですよ。
杉野 そこからどうやって、映画監督への道が開けたんでしょう?
三池 当時はテレビドラマが盛んで、テレビドラマの制作部で働いていた先輩が、専門学校に求人にきたんです。あの頃のテレビ業界って、超ブラックを通り越してダークマターな世界。だから猫の手も借りたくて「学校に来てないやつでもいいから紹介してくれ」と。それでオレに話がきた。そこからはもう休みなしで、ひたすらテレビドラマを作ってました。
杉野 その後、Vシネマの監督としてデビューするんですね。
三池 Vシネマは映画業界とは関係ない40代50代の社長さんたちが投資していたんです。
彼らにとっては映画の人たちを呼ぶとうるさいから「お前できるんじゃないの?」と、助監督の僕に話がきた。そこそこ評価されて、そのうちホラー撮って海外の映画祭に呼ばれるようになって。いまでも「マスター・オブ・ザ・ホラー」とか言われますけど、なんで?って思いますよ。オレ、ホラー大っ嫌いだもん(笑)。「なんで金払って怖い思いしなきゃなんないんだよ!」って思うけど、でも怖がりだから撮れるんですよね。自分の嫌なことをやればいいんだもん。
杉野 ラグビーもバイクも割り切りが早かったのにテレビ業界ではそう思わなかったのは、やっぱりおもしろかったからですか?
三池 うーん、不思議ですよね。忙しくて将来を不安になったりしてるヒマがなかったのがよかったのかな。夜中の3時に制作部が撮影中の車で事故って「朝6時までに同色のソアラを用意しなきゃならない!」となったときは、金持ちのいそうな成城に行って、駐車場をチェックして、片っ端からピンポンして「車貸してください!」ってやったりね。あと、時代劇では話がだいたい同じだから、発注が必要そうな部分だけ読んで、台本を飛ばし読みしてた。あるとき本番前のテストでいい人っぽい役の人がいきなり斬られたんですよ。
こんなにいっぱいやってたら、
そろそろダメだろうな
って思いましたよ。
三池 それはそういう役の人なんだけど、オレ台本読んでないからびっくりして、「ええっ!?」って大声出しちゃった。
杉野 まさか助監督が読んでないとは誰も思わない(笑)。
三池 その人が斬られるとは思ってなかったから。周りもなんだ?って。「すいません迫力があったんで」みたいな(笑)。
杉野 (笑)。そして助監督を経て監督になり、そこから”平成”を第一線で駆けてこられた。
三池 でも45歳くらいで、「こんなにいっぱいやってたら、ダメだろうな」って思いましたよ。
だってオレがプロデューサーだったら、企画会議で「これ、誰に監督やらせる?」「三池で」「またかよ!ほかにいないの?」てなるもん。
杉野 あはは(爆笑)。
三池 でもそうならなかったのは、「じゃあ、誰」に当たる人がいなかったからですよね。本当はいるのかもしれないけど、世の中もチャンスを与えにくい環境になってる。かつて助監督だった僕にチャンスをくれた人たちはリスクだらけだったのにやらせてくれた。でもいまは本当に失敗を恐れる時代だから。
オレ、諦めとドロップアウトでこうなってきた人間なので、努力することが怖いんですよね。下心パンパンにして努力すると、本来の自分が持ってる力が、全部消えちゃう気がして。
杉野 なるほど。
三池 だから、いまもあんまり努力しない(笑)。真剣に全力でやってるんだけど、そうマジメではないっていうか。現場に入ったら俳優やエキストラにいかに楽しんでもらうかを第一に考えてる。その現場の空気っていうのが監督の一番の作品なんだろうなと思うんですよ。「よくできたすごい映画」より「欠点だらけなんだけど、なんか魅力あるよね」「オレは好きだな」っていうのが理想だし、好きだしね。
三池崇史 みいけたかし 映画監督。1960年生まれ、大阪府八尾市出身。今村昌平監督、恩地日出夫監督らの助監督を経て映画監督に。作品本数は100を超える。1995年に『新宿黒社会 チャイナ・マフィア戦争』で劇場映画監督デビュー。主な監督作品に『十三人の刺客』『クローズZERO』シリーズ(’07/’09)『悪の教典』『ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない 第一章』など。現在公演中の六本木歌舞伎第3弾『羅生門』では演出を担当。
杉野 剛 すぎのつよし キャスティングディレクター。黒澤明監督に師事し、『乱』『夢』『八月の狂詩曲』『まあだだよ』で助監督を務める。その後、キャスティングに転向。近年では『最高の人生の見つけ方』などに参加。
撮影/野呂美帆
取材・文/中村千晶