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杉野剛

杉野剛

杉野剛

撮影/野呂美帆
取材・文/中村千晶

キャスティングディレクター・杉野剛が、

さまざまな映画監督を「解剖」する第4回。

 今回は、『ジョゼと虎と魚たち』の犬童一心監督。
杉野 監督と最初にお仕事させていただいたのは『ジョゼと虎と魚たち』(’03年)ですよね。
犬童 撮影が’02年だったから、もう16年前ですねえ。
杉野 監督は映画監督でありながら、広告制作会社に所属されているという、ちょっと珍しいケースだと思うんですが。もともとは高校時代から自主映画を作っていらしたんですよね。
犬童 そうです。高校のときに作った映画が「ぴあフィルムフェスティバル」に入選して、そこから黒沢清、松岡錠司、手塚眞などの若い自主映画作家たちと知り合った。でも当時は映画業界って経済的には最悪だったんですよ。
杉野 80年代の前半ごろですね。
犬童 だから東京造形大を卒業するとき「普通に働いたほうがいいな」と思ったんです。周りは誰も就職しなかったけど。広告会社に入り、制作を5年やって、最初に撮ったCMがACC賞を受賞して。でもまだ映画を撮ろうという気は全然なくて。

中野量太

自分が大学時代に

作っていた映画から

脱却できる。

杉野 じゃあ、どこで転機が?
犬童 おもちゃやお菓子のCMでアニメーションを使うことが多くて、自分でアニメーションを作ってみたくなったんです。ちょうど大学の後輩に山村浩二くんがいたんですよ。
杉野 いまや芸大の教授、グランプリ作家の。
犬童 そう。山村くんを誘ってアニメを作ったんです。発表する気はなかったんですが、たまたま手塚(眞)くんにダンサーのピナ・バウシュの公演に誘われ、会場にアートコンテストの応募用紙があった。どんなものでも出品していいというので応募したらグランプリになったんです。
杉野 それはすごい。
犬童 それで山村くんと授賞式に出るために大阪に行ったら、大阪がすごく楽しくて。僕は世田谷生まれなので、外国みたいだったんです。これはすごい!この町を舞台にした映画を撮れば、自分が大学時代に作っていた映画から脱却できる!と思った。
杉野 脱却、というと?
犬童 大学時代はどうしても自分が影響を受けてきた漫画や小説の世界の中で、映画を撮っていたんです。30代になって同じような作品を実写で撮る気になれなかった。でも大阪のあの独特のリズム感や、ぶつかるくらいに近づいてもギリギリ壊れない人間関係や機微を描くことで、そこを脱却できるかもしれない!と。で、大阪の女性漫才師二人の青春を描いた70分の映画を撮ったんです。35歳でした。グランプリの賞金100万円とスカラシップのお金、さらに貯金1千万を使って。
杉野 35歳で貯金1千万円!? それはすごい(笑)。
犬童 実家暮らしで使うあてもなかっただけです(笑)。その大阪の青春映画『二人が喋ってる。』を市川準さんがたまたま観て「いい映画だから絶対に東京で公開しなきゃだめ」と言ってくださった。それが後押しになって公開されて。
杉野 そして映画の監督に。わらしべ長者みたい(笑)。
犬童 市川さんの影響は大きいですね。市川さんもCM出身で、映画監督になってもCMを撮り続けた。池脇千鶴さんとの出会いも僕が脚本を書いた市川さんの『大阪物語』で彼女が新人賞を総なめしたことがきっかけです。

杉野 剛

頼まれた作品と

自分が撮りたい作品を、

交互に作るのが理想。

犬童 でも最初の監督作品『金髪の草原』で彼女の才能を使い切れなかった。それで、贖罪の気持ちもあり『ジョゼ~』を作ったんです。それにたぶん僕は“会社”が好きなんですよね。どこかに所属している状態は安定もするけれどぬるま湯でもある。でも僕はぬるま湯でいいんです(笑)。もちろん作品を作っているときには、身を粉にして働いてますけどね。
杉野 人気監督として依頼される作品も多いでしょう?
犬童 頼まれた作品と自分が撮りたい作品を、交互に作るのが理想ですね。僕はお題を与えられるのが好きでもあるんです。 それにCM制作から映画に来たからこそ、思ったこともありました。まず映画ではあまり食べ物がちゃんと作られて、ちゃんと撮られていないな、と。もっと食べ物をちゃんと撮ろう、と『ジョゼ~』や『メゾン・ド・ヒミコ』で状況を出来るだけ変えていきました。衣装に対してのモチベーションも、もっと高くしたかった。あとは音楽ですよね。脚本に併せて登場人物の心情を表す劇伴だけではなく、作品ごとに映画の“キャラクター”が見えてくるような新しい音楽を使いたい、と。
杉野 いまや映画にもフードスタイリストや衣装スタイリストがいるのがスタンダード。監督がその先駆けだったんですね。
犬童 この10年近くずっと考えているのは、なぜ日本の映画人口は増えないのか?ということ。『君の名は。』のような大ヒット作があっても、日本人が年間に観る映画は1.5本くらいからずっと増えないんですよ。この数字でハッと気がついたのが日本人の年間セックス回数。日本は世界の最下位に近い。単純に欲望の問題なのか?と。
杉野 もうエネルギーがないのか?と(笑)。
犬童 それがなぜなのかを、もっと考えないと展望がない。でも映画の制作本数は増えているんですよ。このままだと映画は観るものじゃなくて、作るものになっちゃう。もしかしたら、観るより作るほうが面白いことが大衆にバレているのかもしれないですけどね(笑)。

犬童一心 いぬどういっしん 映画監督、CMディレクター。1960年生まれ、東京都出身。代表作に『ジョゼと虎と魚たち』『メゾン・ド・ヒミコ』『黄色い涙』『のぼうの城』などがある。今年2018年は『猫は抱くもの』が公開。2019年に『引越し大名』が公開予定。

杉野 剛 すぎのつよし キャスティングディレクター。黒澤明監督に師事し、『乱』『夢』『八月の狂詩曲』『まあだだよ』で助監督を務める。その後、キャスティングに転向。近年では『検察側の罪人』『響 -HIBIKI-』『記憶にございません!』(2019年公開)に参加。

撮影/野呂美帆
取材・文/中村千晶