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杉野剛

杉野剛

杉野剛

撮影/野呂美帆
取材・文/中村千晶

キャスティングディレクター・杉野剛が映画監督を徹底解剖。

第13回目は、特撮監督の尾上克郎さんの登場です。

杉野 尾上さんはNHKの大河ドラマ『いだてん』のVFXなどでも活躍されています。ミニチュア特撮から最新のVFXまでこなす特撮監督はなかなかいないですよね。
尾上 でも実は僕、いわゆる特撮モノはあんまり好きじゃなかったんです。映画は好きだったけど観ていたのは普通の映画。子どもの頃は別として、高校3年で『スターウォーズ』に出会うまで、特撮系はほとんど観てないんです。
杉野 どうやってこの道に?
尾上 映画監督の緒方明と高校の同級生だったんですよ。高校時代、彼に「8ミリ映画を撮るから手伝って」と言われたのが最初。で、大学に進学して上京したら、緒方と偶然再会して、またまた「ちょっと手伝ってくれ」と。それがなんと彼の自主映画で「主役をやってほしい」という話で。ある朝起きたら顔が白菜になっている男の役。白菜のかぶり物を被ってるから顔は出てこない、そりゃ誰もやりませんよ(笑)。当時まだ学生だった室井滋や保坂和志も出てるんです。

尾上克郎

僕にとっては、

ミニチュア技術も

CGも同じツール。

尾上 そのまま、その映画の編集を手伝ったりして、結局、大学は2週間しか行かなかった。食えないだろうと、自主映画の先輩が東映の小道具会社を紹介してくれたんです。それでいきなり『Gメン’75』の撮影現場に連れて行かれた。それが僕のキャリアのはじまりです。
杉野 そうだったんですか。
尾上 ほんとに何も知らないから、怒られっぱなしだったんですが、そのうちに現場がおもしろくなっちゃって。拳銃を撃つシーンを仕込むのに火薬の免許を取ったり、映画だけでなく、泉谷しげるさんのコンサートの仕掛けを作って、ツアーに同行したり。ずいぶん後になってからですけど、プロレスの「電撃デスマッチ」の仕掛けなんかもやりました。若き日の樋口真嗣や庵野秀明と知り合ったのもその頃かな。当時ハリウッド特撮映画のメイキング情報がようやく入り始めた頃で、あっちはやたらと科学的というか論理的な映画作りをしてるようだし、「日本映画界はこのままでいいのか!」って思いがフツフツと沸いてきて(笑)。 そんなある日、秋葉原にコンピューターグラフィックスのCM発表会に行ったんです。ショックでした。ワイヤーフレームでしたけど、紙飛行機をカメラが追いかけてる映像だった。「これだ!」と思って、そのままパソコンを買って帰ったんです。
杉野 うわ! 高かったでしょう。
尾上 250万円くらいのローンを組んだんですけど、払い終わる前に壊れました(笑)。26歳の頃だから、1986年くらいかなあ。画面にハートマークが描けただけで、「おお~!」って喜んでた。のんきなもんですよ。まだ誰も僕の周りじゃやってなかったから、プログラミングの本を自分で買って勉強してね。 そのうちに「あいつはコンピューターに詳しい」と噂が立って「ちょっとやってみない?」って言う迂闊な人が出てきて、こっちもわからないのに「やります」って(笑)。
杉野 手探りだったんですね。いま尾上さんのように、特撮のすべてがわかる人ってほかにいないですよね。
尾上 予算も分かる人はいないかもしれないですね。僕にとってはミニチュア技術もCGもツールとして同じ。100年前くらいからある技術を使うこともあります。

杉野 剛

条件が厳しくても

できる限りの

仕事をしよう。

尾上 例えば「強制遠近法」。小さい物を手前に置くと大きく見える。合成をしなくても色んな事ができるんですよ。鏡を使ってみたり。特撮はお客さんを錯覚させる技術ですから。
杉野 なるほど! 若い人はなんでもコンピューターでやるけど。
尾上 そうですね。爆破でもCGだとホンモノじゃないから「絵が熱くない」んですよ、意図的すぎるというか。でも僕らは眉毛焼きながらやってきたから(笑)。その感覚は大事にしています。
杉野 エポックだった作品は?
尾上 『スターウォーズ』で、次が『ジュラシックパーク』かな。 その次がジェームズ・キャメロンの『アビス』や『ターミネーター2』。あの作品で水や流体が制御されはじめ、『ブレードランナー2049』では役者がとうとうCGになった。
杉野 特撮は予算に左右されるから、大変ですよね。
尾上 アイデアだけではやりようがないです。製作体制、技術開発、スタッフの数も質も、すべてお金が物を言います。「ハリウッド映画のこんな感じ」と言われて、大概が「やれと言われればやりますけど、どれだけかかるかわかりますか?」って言うしかない。残念だし、根本的から変えていかないと、とも思います。でも、愚痴ばっかりじゃつまらないから、条件が厳しくてもできる限りの仕事をしようと心がけています。 最近はありがたいことに企画段階から声がかかる事が多くて、『シン・ゴジラ』は5年、『進撃の巨人』は3年。『いだてん』も3年関わらせてもらえて、少しは貢献できたかなと。
杉野 これまでに最も満足のいった特撮ってあります?
尾上 う~ん難しいけれど……。『進撃の巨人』かな。あと『のぼうの城』。どちらも樋口真嗣監督ですね。
杉野 尾上さんは実写の監督はしないんですか。
尾上 仕掛けのないものを死ぬ前に1本くらいはやりたいですね。それに言ってみたいんですよ。「これCGでやっといて」って(笑)。
杉野 けっこう近くで実現できそうですね。楽しみにしています。

尾上克郎 おのうえかつろう 特撮監督、VFXスーパーバイザー。日本映画大学特任教授。数多くの映画の他、『仮面ライダー』や『スーパー戦隊シリーズ』といった特撮TV番組にも携わる。近年では『進撃の巨人』『シン・ゴジラ』『いだてん』などに参加。

杉野 剛 すぎのつよし キャスティングディレクター。黒澤明監督に師事し、『乱』『夢』『八月の狂詩曲』『まあだだよ』で助監督を務める。その後、キャスティングに転向。近年では『シン・ウルトラマン』『弥生、三月』に参加。

撮影/野呂美帆
取材・文/中村千晶