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杉野剛

杉野剛

杉野剛

撮影/野呂美帆

キャスティングディレクター・杉野剛が映画監督を深堀り。

第19回目は、『君の膵臓をたべたい』の月川翔監督です。

杉野 月川監督は東京芸術大学の映像研究科を出られていて、一般的にはエリートタイプの映画監督というイメージがありますが、そもそも映画の“目覚め”はいつ頃ですか?
月川 だいぶ遅くて高校3年生頃ですね。当時、映画に詳しい男子がモテていて、負けじと観はじめたのが最初です。割と不純な動機だったんですけど(笑)、観ていくうちに「こうしたらもっと面白くできるんじゃないか」という思いがどんどん出てくるんですね。さらに、ロバート・ロドリゲス監督が60万円くらいで作った映画がすごく面白くて、「バイトしてお金を貯めたら作れるんじゃないか?」と思い至ったのが入口です。
杉野 高校卒業後は成城大学に進まれたんですね。
月川 はい。指定校推薦枠で行けて、映画研究部のある大学を選びました。映研では自分でも撮るんですけど、世間知らずなので「これはどのコンクールに出しても負けないだろう」と思うわけですよ。でも、他の作品を観て打ちのめされ、恥ずかしいから「早く次を作ろう!」となる。その繰り返しでした。

月川 翔

映像を作るなら

ちゃんと固定給が

もらえる会社に入ろう。

杉野 東京芸大にはどういうきっかけで?
月川 大学4年で就職も決まっていなくて、どうしようかなと思っているときに、ちょうど東京芸大が映像研究科を設立するという発表が12月くらいにあって、急いで願書を出したんです。
杉野 黒沢清監督や北野武監督が教授ですよね。倍率も高かったと思いますが。
月川 学科よりも実技重視だったのでなんとかなったんだと思います。1次試験が5分以内の短編の提出、2次試験が黒沢さんの書いた台本の映像化でした。3次試験はテーマを与えられて、制限時間内に学校のどこを使ってもいいから1本作品を撮るという内容だったのを覚えています。
杉野 まさに映画監督としての資質を問われる試験ですね。映像研究科に進んだ人は、その多くが映像系の道に進むと思うんですが、月川監督はどうしようと考えていたんですか?
月川 僕も就職活動はしたんですけど、当時は映画関係の会社がほとんど募集をしていなくて、勝手に自分の作品集と履歴書をいろいろな会社に送りつけるというのをやっていました。
杉野 そうだったんですか。現在はスターダストピクチャーズに所属されていますよね。
月川 はい。「映像を作るので固定給をください」というのをずっとやっていく中で、スターダストから面接に呼んでもらったんです。2次面接はすでに所属していた三木孝浩監督との面接で、作品を観ていただいて、雇ってもらうことになりました。三木さんがちょうど行定組のメイキングを撮っているときで、そのまま入社してアシスタントとして参加しました。
杉野 なるほど。助監督から監督になるという道もあったと思うのですが、そうされなかったのはなぜですか?
月川 卒業前に一度、紹介してもらったVシネマの現場に入ったんですね。初日に「お前は新人だけどまずサードをやらせてやるよ」とか「カチンコの打ち方はこうだぞ」とかいろいろ言われるんですけど、「ちなみにお給料は?」と聞いたら、「1本目であるわけないだろ!」と怒られて。そこで、映像を作るのってめちゃくちゃ大変なのに、お金をもらえないこともあるんだと知って。だったら、ちゃんと固定給がもらえる会社に入ろうと思ったんです。
杉野 その現場がある意味では転機になったんですね。

杉野 剛

お題をもらって、

応えることに

モチベーションが向いた。

月川 そうですね。三木さんのアシスタントとして参加した現場では『キミスイ』のプロデューサーと知り合いましたし、要所要所で運がいいんだと思います。
杉野 ただ、作ったものが良くないと続かないですから、それは監督の実力ですよね。作品もコンスタントに発表されていますし。
月川 でも、スターダストに入った直後くらいまでは、何を撮ればいいか分からず悩んでいたんですね。芸大では作家性の強い作品を大量に摂取して、自分には理解できないものも面白いと思わなきゃいけないような気になって、自分が見えなくなっていました。
杉野 なるほど。
月川 ただ、あるときに成城大学の恩師の先生から、「エンタメという道が残っているよ」と言われて、一気に吹っ切れました。もともとロバート・ロドリゲスが好きだったことを思い出して(笑)。そこからはめちゃめちゃ楽しくなりましたね。作家性とかじゃなくて、職業監督として何かお題をもらって、それに応えることにモチベーションが向いていきました。
杉野 やっぱり監督は持っているんですね。その一言がなければ、作家性に囚われたままかもしれなかったわけですから。
月川 そうかもしれません。
杉野 監督とは『キミスイ』から始まり、『となりの怪物くん』『響 -HIBIKI-』でご一緒させていただきましたが、次回作はけっこうな規模の作品になるそうですね。
月川 まだ話せないことがほとんどなんですけど、準備期間もかなり長く、この作品にかかりっきりになってしまっているので、その間に別の作品が発表できない焦りみたいなものはありますね。ただ、完成したら、たぶん僕の代表作の一つになるし、何度目かの転機になる作品だと思っています。
杉野 それはすごく楽しみですね。期待しています。

月川 翔 つきかわしょう 映画監督。1982年生まれ、東京都出身。東京芸術大学大学院映像研究科修了。『君の膵臓をたべたい』は2017年の興行収入で邦画実写2位を記録。その他の主な監督作品に『となりの怪物くん』『センセイ君主』『響-HIBIKI-』『君は月夜に光り輝く』『そして、生きる』などがある。

杉野 剛 すぎのつよし キャスティングディレクター。黒澤明監督に師事し、『乱』『夢』『八月の狂詩曲』『まあだだよ』で助監督を務める。その後、キャスティングに転向。近年では『犬部!』『妖怪大戦争ガーディアンズ』に参加。

撮影/野呂美帆