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古市憲寿×渡邉義浩

古市憲寿

古市憲寿

名著とされているが、分厚くて手が出せなかった本、手を出してはみたけど停滞してしまった本。そんな“挫折”してしまった数々の名著を、社会学者の古市憲寿氏がホストとなり、信頼できる名著の第一人者を迎えて解説してもらうというこの連載。第15回目は『論語』について、早稲田大学文学学術院教授の渡邉義浩さんにお聞きしました。

古市憲寿

構成/斎藤哲也

儒家の考える行動規範や

人生の生き方が書かれている。

古市 『論語』という書名はほとんどの人が知っていると思いますが、最初から最後まで読み通した人は少ないような気がします。一言でいうと、どういう本なんでしょうか。
渡邉 一般的には、孔子のありがたい言葉を集めた本だと思われていますが、津田左右吉という学者は、約500章ある『論語』の文の中で、孔子の言葉や行動を伝えるものは、半分にも満たないといいます。つまり、残りの半分以上は、後世の儒者たちが孔子の名を借りて、自分の言いたいことを書いているんです。ですから、孔子を中心に、儒家の考える行動規範や人生の生き方が書かれている本といえるでしょうね。
古市 体系立ったメッセージはあるんですか。
渡邉 ありません。『論語』は20篇に分かれていて、それぞれの篇に入っている「章」と呼ばれる文章の並びにしても、思想を体系的に伝えるようなものではなく、断片的な文章の寄せ集めに近いんですね。
古市 後世の人が継ぎ足した言葉をどうやって見分けるんですか。
渡邉 大雑把にいえば、篇の終わりのほうになると、文章が長くなってくる。そういうところは、後から継ぎ足している可能性が高いんです。逆に、短い文章は孔子と関係が深い内容のものが多いと思います。
古市 後世の儒者たちが新しい本を書くのではなく『論語』を書き足していくのはどうしてなんですか。
渡邉 思考様式の違いだと思います。ヨーロッパって、古いものを打ち壊して次に新しいものを作っていくじゃないですか。それに対して中国は、古きを尊重する考え方がずっとあり、古典の解釈に自分の考え方を入れていくというアプローチをするんです。
 たとえば、12世紀に朱子学を大成した朱子の代表的な著作は、論語に注釈をつけた『論語集注』という本です。じつに『論語』の場合、3000種類以上の注釈があります。だからみんな、自分の好きな解釈で読んでいるんですよ。
古市 『論語』に書かれていることは、当時の一般常識のような内容なのでしょうか。それとも画期的な考え方も多いんですか。
渡邉 一般的なことですね。たとえば、鬼神や天、死など、経験的に知ることができないものを掘り下げて考えるようなことはしません。その点は、ヨーロッパの形而上的な哲学とはだいぶ違います。人として生きていく上で当たり前のこと、常識として考えなければいけないことを言っていくだけなので、読みやすいといえば読みやすいんですね。

現代の『論語』の読み方は、

朱子の注釈が元になっている。

古市 現代人が読んでもあまり誤読することはないですか。
渡邉 2000年以上前の古典なので、読みにくいところはあります。読みにくい章はどうしたって読めないんです。ただ、教科書に出てくるような『論語』の文章は、おおむね読み方が定まっているので、誤読することはないと思います。
 現代の読み方は、だいたい朱子の注釈が元になっているんですよ。僕は朱子が嫌いなので、3世紀の三国時代を生きた何晏(かあん)がつけた古い注を重視して読みます。12世紀の朱子と3世紀の何晏では、だいぶ読み方が違うんですね。
古市 朱子の作った朱子学は、古い時代の儒教とどう違うんですか。
渡邉 先ほど『論語』は、哲学的な議論を全然していないと言いましたが、朱子は逆に、とても哲学的に人間存在を考えていくんです。
古市 朱子が哲学的な体系を作って『論語』を解釈したのはなぜですか。
渡邉 仏教の影響が大きいですね。漢の時代に仏教が入って来て、それ以降の時代で、中国で大きな力を持つようになるんです。儒教では、孔子は漢のために『春秋』という歴史書を書いたという教義がありますが、その漢が滅んで、儒教も大きなダメージを負いました。その間に仏教が儒教のライバルになり、広く受容されていくわけです。
 このままじゃまずいということで、唐から宋の時代にかけて、仏教のいいところを取り入れた儒教の学説が作られるようになり、朱子はそれを大成して朱子学を作りました。

古市憲寿

古い伝統を寄せ集め、壊れた秩序を

建て直していきたいと孔子は思っている。

古市 実際の孔子はどんな人物だったと思いますか。
渡邉 想像と解釈次第ですね。古い注の読み方から浮かび上がる孔子は、人間臭い常識人で、悪口だって言うし、人生に疲れて嘆いたり愚痴を言ったりもする、いいおじさんです。たとえば、いちばん愛していた顔回という弟子が、30歳過ぎで自分より先に死んでしまった。それから、子路という暴れん坊の弟子も乱に巻き込まれて先に死ぬし、自分の子供も先に死ぬ。そんな辛い経験に重ねて、60歳を過ぎても就職浪人で国を放浪して回っているんです。
古市 報われない人生ですね。
渡邉 人生に悲哀を感じたくもなりますよね。朱子学の孔子は完璧な聖人として仕立て上げますが、私自身はそういう人間臭い孔子のほうが好きです。
 もちろん『論語』全体としては、そういう悲しみはあまり表に出さず、前を向いて、人として生きる道を常識的に説いていくという内容が中心です。それは決して革新的なものではなく、失われてしまいそうな古い伝統を寄せ集めて、なんとか壊れた秩序を建て直していきたいと孔子は思っているんです。
古市 『論語』がずっと読み続けられてきたのはなぜですか。
渡邉 『論語』の中には、諸子百家の法家や黄老思想が説いているようなことが、孔子の言葉として語られているんです。つまり、諸子百家の思想戦に揉まれていく中で、儒家は自分たちの教えを守っていかねばならないので、仁や礼といった人間として最も重要な思想は動かさないけれども、法家のいう法律による統治といった要素を部分的に取り込んでいくんです。

渡邉義浩

東洋人らしさ、日本人らしさの

骨格の一つを成しているもの。

古市 ライバルの思想を書き足していくということは、戦国時代では儒教はあまり力がなかったんですか。
渡邉 いや、けっこう有力だったみたいですね。ただ、仁や礼のようなきれいごとを言うだけだから、戦場では役には立たない。信賞必罰の法家や外交術を説いた縦横家のような、実用的な教えを説く連中からは、儒家の思想は遠回りで役立たないと批判されました。
古市 そういう批判に対する反論も『論語』には入っているんでしょうか。
渡邉 先ほど少し触れた暴れん坊の弟子である子路が、いわば批判者の役回りなんです。「先生の言葉は迂遠でどうしようもないな」みたいなことを子路は語っているわけですが、これは、ほかの学派から孔子に浴びせられている批判を子路に語らせているんだと私は思います。孔子先生は、そういう子路をたしなめながら、儒家の主張を説明する。だから、孔子の言葉も当時の儒家が自分の立場を弁明するために、孔子の口を借りて語らせたものだと考えることができます。
古市 これから『論語』を読もうという人は、どういうふうに読めばいいですか。
渡邉 まとまりがない本なので、自分の好きなところだけを好きなように読めばいいと思います。専門家でないかぎり、分からないところは無視していいんです。そこで読んだ内容を、人生の節目節目で思い出すぐらいの読み方がいい感じがします。
古市 『論語』はこれからも読まれていくと思いますか。
渡邉 読まれていってほしいですね。『論語』って、東洋人らしさ、日本人らしさの骨格の一つを成しているものだと思うんです。ヨーロッパ人らしさのある側面を聖書が作り上げているとすれば、東洋人らしさのある側面は『論語』が作り上げている。
 ただ、孔子の教え通りに生きよ、というつもりはまったくありません。こういうことを考えていたおじいちゃんが昔にいて、人間の本質的な原理を弟子に話していた。そのなかで、いくつかでも自分に響くものがあればいいんじゃないでしょうか。

古市憲寿 ふるいちのりとし 社会学者。1985年生まれ、東京都出身。若い世代を代表する論客として多くのメディアで活躍。情報番組のコメンテーターも務める。著書に『絶望の国の幸福な若者たち』『誰の味方でもありません』『絶対に挫折しない日本史』『楽観論』など。また、小説家としても活動しており、近著に『奈落』『アスク・ミー・ホワイ』など。

渡邉義浩 わたなべよしひろ 早稲田大学文学学術院教授、中国古典学者。1962年生まれ、東京都出身。筑波大学大学院博士課程歴史・人類学研究科修了。専攻は古典中国学。近著に『「論語」孔子の言葉はいかにつくられたか』『三国志 - 研究家の知られざる狂熱 -』『始皇帝 中華統一の思想「キングダム」で解く中国大陸の謎』など。

構成/斎藤哲也