囲碁を題材にした映画『碁盤斬り』の公開まで2ヵ月ほど。白石監督は本作について、「不思議な映画になった」と感触を明かす。
「僕らは映画が完成に至るまではもちろん、完成してからも繰り返して見るんですけど、『碁盤斬り』に関しては、見る度に印象が良くなるんです。いつもはそんなことなくて、何度も見ているうちに反省点が見えてきたり、逆に意図していない部分が良く見えたりとかはあるんですけど、この映画は“今日見たものが一番良い!”みたいな。日本の時代劇にはない画のトーンも気に入っていますし、音楽もすごく良くて、美しい映画になったなと思っています」
映画は古典落語の『柳田格之進』をベースにしながら、オリジナルの物語が展開する。
「脚本家の加藤正人さんが無類の囲碁好きというところからスタートした映画なんですけど、僕が加藤さんからプロットを見せてもらった段階で、すでに復讐劇の要素は入っていて、登場人物も出そろっていました。落語だと格之進と娘のお絹、萬屋の主人の源兵衛と、あと番頭の徳次郎くらいしか出てこないんですけど、加藤さんは復讐劇の要素に合わせながら人物を増やして、それぞれ必要なところに配しています。その手腕はさすがですよ」
さまざまな角度の楽しみ方ができる映画になったという。
「人情噺であり、復讐劇なんですけど、ちょっと西部劇やロードムービーのような雰囲気もあったり。あと、囲碁を介して格之進と源兵衛が仲を深めていくんですけど、見方によっては“おっさんずラブ”的というか。源兵衛が格之進を気に入り、“これをご縁に”と碁に誘うところから、2人の蜜月がはじまるんです」
囲碁は本作を構成する大きな要素でもある。
「今回、日本棋院が全面的に協力してくださって、高尾紳路九段に監修に入っていただいたり、四方木口という貴重な江戸時代の碁盤を貸していただいたりしました。あと、井山裕太王座や藤沢里菜女流本因坊といった囲碁棋士の方々にエキストラとして出演していただいたんですけど、意外とかつらをかぶっちゃうと誰かわからない。めちゃくちゃ贅沢ですよ、碁会のシーンに本物の囲碁棋士がいるわけですから」
当時の囲碁の再現にも力を注いだ。
「いまの碁石って昔に比べると厚いんですね。江戸時代の碁石って薄くて、形もいびつだったりする。日本棋院に江戸時代の碁石がけっこう残っていて、それをお借りして撮影しました。打ち方も現代にはない手筋なので、見る人が見れば“江戸時代の囲碁だ”とわかると思います。ただ、すべてを江戸時代に合わせているわけではなくて、例えば、囲碁を扱う作品ってキャラクターの個性を出すために、初手天元というど真ん中に打つ手をやりがちなんですよ。それと同じにはしたくなかったので、ちょっと変わっているんだけど、江戸時代にはなかった初手を採用したりしています。盤面は昔の本因坊戦の棋譜を使ったり、新たに作ってもらったりしました。高尾先生と話し合って、格之進は実直な性格だからきっちり打つだろうとか」
日本棋院は2024年7月に100周年を迎え、落語協会も2024年2月に100周年を迎えたばかり。奇しくも『碁盤斬り』は節目の年に公開されることになる。
「そうなんです。実は100周年記念作品なんですよ。協力してイベントなどもしましょうと話しているところなので、いろいろと盛り上げていきたいですね。ちなみに、映画には囲碁棋士の方々だけじゃなくて、落語家の立川談慶さんにも出ていただいています。談慶さん、談志師匠のお墓参りをして“いい役をいただきました”と報告したそうです」
クランクインの前日にはこんな試みも行った。
「京都の松竹撮影所にスタッフやキャストを集めて、談慶さんに落語の『柳田格之進』をやってもらったんです。実際の長屋の感じとかわからないじゃないですか。落語で少しでも雰囲気をつかんでもらいたいというのもあったし、昔、黒澤明監督が『赤ひげ』を撮る時に古今亭志ん朝師匠を呼んで、人情噺をスタッフの前で何席かやってもらったそうなんですね。その感じもいいなと思って。談慶さんにお願いしたら、快く引き受けてくださいました。“クランクインまで1ヵ月半あるので練習しておきます”って」
白石和彌 しらいしかずや 映画監督。1974年生まれ、北海道出身。2010年に長編映画監督デビュー。近年の監督作品に『凪待ち』『ひとよ』『孤狼の血LEVEL2』『死刑にいたる病』『仮面ライダーBLACK SUN』、プロデュース映画に『渇水』など。Netflixシリーズ『極悪女王』の配信を控えている他、最新映画『碁盤斬り』が2024年5月17日に全国公開。
初めて時代劇の世界に身を投じてみて、感じたことがあるという。
「最初はわからないことがたくさんあるのかなと思ったんですけど、やってみると意外と現代劇とやることは変わらないということを知れたのは大きかったですね。京都のスタッフが優秀なので、思った以上にスムーズに撮影が進むし、もちろん時代考証は大切だし、しっかりと調べるんですけど、最終的には誰も肉眼で見たことがないので、“こんなことがあってもいいんじゃないか”というスタンスで自由に作れるというのがわかりました。すごく撮っていて楽しかったですし、良い映画になっているので、ぜひ見てほしいですね」