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 古典落語を題材にした映画『碁盤斬り』の製作決定が報じられた3月頭、白石監督はすでに京都の撮影所で撮影をスタートさせていた。企画の成り立ちは3年以上も前にさかのぼる。
「そもそもこの作品は脚本家の加藤正人さんが『柳田格之進』という落語に出会って、プロットに起こすところから始まるんです。加藤さんとは『凪待ち』でご一緒したときに、“また何かやりたいですね”という話をしていて、僕も時代劇にチャレンジしてみたかったので、『柳田格之進』の話を聞いて、”ぜひやりましょう”と。そこから加藤さんやプロデューサーと話し合いながら、企画を練り上げていったんです。『孤狼の血 LEVEL2』が公開されるくらいの頃には、もう脚本があがっていて、ようやく今年の2月中旬にクランクインできました」

 自身初となる時代劇。現場では、白石監督の快活な声が響く。
「すごく肌に合っている感じがします。この時代劇をやるために映画監督になったんじゃないかと思えるくらい。『仮面ライダーBLACK SUN』のときも同じことを言った覚えがあるけど(笑)。でも、本当に毎日が楽しくて、充実しています。それは京都での撮影ということも大きいと思う。東京から離れることで映画に集中できているというのもあるし、京都は映画づくりそのものがすごくシンプルなんですね。少ない人数で、プロフェッショナルな人たちがそれぞれやれることをやる。足りないものは工夫でなんとかする。映画づくりの原点を見ているようで、めちゃめちゃ感銘を受けました。時代劇は初めてなので、いろんなことを教えてもらいながら撮影しているんですけど、純度の高い映画づくりの現場にいられることがとても心地いいんです」

 題材となる『柳田格之進』は、謹厳実直な武士・柳田格之進が主人公の人情噺。もともとは講談として演じられていたもので、講談の演目名が映画のタイトルにもなっている。
「落語って庶民のものなんですけど、講談はどちらかというと武家社会のものなんですね。『柳田格之進』は講談を落語にしているので、落語にしては珍しく侍が主役なんです。少し特殊な立ち位置のこの噺を、落語のままではなく、映画ならではの形にしていきます」

 タイトルが示す通り、劇中には囲碁の盤面が頻繁に登場する。
「一から創作している棋譜もあるんですけど、昔の本因坊の棋譜なども使用しています。ちゃんと監修に入ってもらっていて、囲碁ファンが見てもおかしいと感じないように盤面や石の持ち方などは入念に確認しています」
 今、白石監督のスマホには囲碁アプリがインストールされている。
「この題材をやるなら、囲碁を知らないとダメだろうと思って入れました。あとは本を読んだりして、ルールは理解できたんですけど、いきなりは強くなれない。でも、すごく囲碁を好きになりました。映画が終わっても趣味にしたいと思います」
 格之進を演じるのは、初タッグとなる草なぎ剛。その佇まいに白石監督は惚れ込んだ。
「めちゃくちゃかっこいいですよ。髷も似合うし、裃も似合うし、浪人の汚れた感じも似合う。格之進という役自体が草なぎさんのためにある役といっても過言ではないくらいぴったりで、それはスタッフ全員が言ってますね」

 そして、初プロデュース作品の公開も迫る。白石監督がプロデューサーを務め、髙橋正弥監督がメガホンをとった映画『渇水』が、6月2日に公開される。
「髙橋さんは相米慎二さんや根岸吉太郎さんといった錚々たる監督たちの助監督をしていた方で、当然よく存じ上げていました。『渇水』は脚本が素晴らしいんですけど、なかなか映像化に恵まれなかった作品でもあって。僕が入ることで一歩でも前に進むのなら、少しでも力になりたいと思い、今回プロデューサーとして関わらせてもらいました」

 本作に携わって考えたのは、映画の役割について。
「河林満さんの原作小説のビターな感じは割りと抑えめで、前向きに観ることができる映画になりました。それは、我々プロデュース側というよりも、髙橋監督によるところが大きいと思っていて。僕はビターな方向の提案もさせていただいたんですけど、結果的に髙橋監督の選択は間違っていなかったんだと思いました。貧困や格差が広がる中で、社会に向けて問題提起をするというのも映画の一つのあり方ですけど、映画を観て前向きになってもらうというのもすごく大事なんだなと。『渇水』に携わったことで僕が教えてもらったものというのは確実にあって、それは今後の自分の映画づくりにも影響していくと思います」

白石和彌

白石和彌 しらいしかずや 映画監督。1974年生まれ、北海道出身。2010年に長編映画監督デビュー。近年の監督作品に『凪待ち』『ひとよ』『孤狼の血LEVEL2』『死刑にいたる病』『仮面ライダーBLACK SUN』など。プロデュース映画『渇水』(監督:髙橋正弥)が6月2日に公開される。

 改めて、『渇水』は優しい映画だと強調する。
「本来はまったく関係のない人同士が接点を持った瞬間に絆が生まれ、コミュニティができていくところが丁寧に描かれています。人と人とのつながりは現代社会に必要なものだということをストレートに表現している。僕のプロデュースではあるんですけど、僕には作れない映画だと思いました。関わらせていただいて感謝しかないです。多くの人に観てもらいたいですね」

映画『渇水』2023年6月2日全国公開
日照り続きの夏、市の水道局に勤める岩切俊作(生田斗真)は、水道料金を滞納している家庭の水道を停めて回っていた。県内全域で給水制限が発令される中、岩切は家に二人きりで残された幼い姉妹と出会い、規則に従って停水を執り行うが――。
配給:KADOKAWA (C)「渇水」製作委員会

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