2月中旬に撮影の始まった『碁盤斬り』が、4月上旬にクランクアップ。白石監督は約1ヵ月半にわたる撮影をこう振り返る。
「僕にとって初めての時代劇だったんですけど、いつもよりもビジョンがはっきりと見えていた気がします。撮影に入る前から、時代劇だからこその美しさや、かつて日本が持っていた良さを切り取りたいと思っていて、実際の撮影でも頭の中で思い描いていたカットを撮っていくという感じでした。なので、遅くなる日もありましたけど、割と晩ごはんを食べたらそこで今日は撮影終了という日も多かったですね」
時代劇であることもスムーズな撮影の一助となった。
「余計なものを撮る環境にないんですよ、時代劇自体が。ちょっとカメラを横に動かすと、そこはもう現代ですから。でも、逆に良い意味で割り切れたのかなと思います。研ぎ澄まされながら集中していく感覚はありましたね」
京都の撮影所では、スタッフの仕事ぶりにも舌を巻いた。
「着物を着て、かつらをつけなければいけないので、撮影までの待ち時間とか、けっこうかかるのかなと思っていたんです。でも、そこは京都のプロの皆さんが素晴らしくて、ほとんど待つことがなかった。まるで現代劇を撮っている感じで進めることができました」
一方、やはりセットは現代劇とは異なるようで。
「江戸時代の人たちってミニマリストなんですよ。圧倒的に家の中に物が少ない。壁を外して撮影するときも、現代劇だと本棚をどけて冷蔵庫を運んでと、けっこう大変な作業になるんですけど、時代劇だと箪笥を除けたら、それですぐに撮れちゃうんです。江戸の人たちはシンプルな暮らしをしていたんだなというのは、撮影していても感じました」
撮影が終わって感じるのは、確かな手応え。
「いま編集がだいたい終わったんですけど、もうこの段階でかなり出来が良くて、僕自身ここからどうなるんだろうっていう期待しかないです。それはやっぱり主演の草なぎ剛さんの存在が大きい。とにかく演じることに対して真摯な方で、普段は自然体なんですけど、演じるとなるとギュッと集中力が凝縮する感じとか、すごかったですね」
こんなエピソードも明かしてくれた。
「草なぎさん、待ち時間も高倉健さんのように座らないんです。スタジオでの撮影ならいいんですけど、ロケだと見つかって騒ぎになるので、本音を言えばロケバスの中で待機してほしいんですよ。でも、草なぎさんはいつも外にいて、通りがかる人に“こんにちは~”とか声をかけるんです。すると、みんな“わー!”っとなってしまう。天性のスターだなと思いました。残念だったのは、一緒にご飯に行ったりする時間がなかったこと。どこかで一回いろいろと話してみたいとは思っているんですけど」
1日の撮影の終わりには、あることをするのが2人の慣習となっていた。
「毎回、最後に草なぎさんと握手をしていたんです。『凪待ち』のときに、なぜだか香取慎吾さんとそういう感じだったので、今回もそうしてみようと。草なぎさんは香取さんと話すことも多いだろうから、“僕のときは握手しなかったな”みたいになるのはちょっと(笑)。握手が恒例になると、お互い楽しくなっちゃって、それは最後まで続いていましたね」
作品の内容については、ほとんど話すことがなかったという。
「草なぎさんはいろいろ考えて、ディスカッションをする方だと香取さんから聞いていたんですけど、今回は脚本を気に入ってくれたのか、そういうこともなくて。クランクインしたときにようやく脚本の話ができて、“腑に落ちないところとか、気になったところとかありましたか?”と聞いたら、“うん、なんもないねっ!”っと(笑)。アクションも見事でしたし、本当に草なぎさんとの仕事は楽しかったですね」
『碁盤斬り』の撮影を終えたばかりの白石監督だが、再開した『極悪女王』の撮影と、もう1本の時代劇の準備にも追われている。
「『極悪女王』は7月の半ばまでの撮影予定です。僕は総監督という立場でディレクターとプランを考えながら、現場の演出はもう1人のディレクターに任せつつ、行けるときに現場へ行くという感じですね。先日もエキストラさんを800人くらい入れて、千葉の体育館で試合のシーンを撮影しました。ここから仕上げもあるし、CG作業もあるし、大変ですけど、頑張ります」
白石和彌 しらいしかずや 映画監督。1974年生まれ、北海道出身。2010年に長編映画監督デビュー。近年の監督作品に『凪待ち』『ひとよ』『孤狼の血LEVEL2』『死刑にいたる病』『仮面ライダーBLACK SUN』など。プロデュース映画『渇水』(監督:髙橋正弥)が公開中。
「時代劇のほうは8月のお盆明けにクランクインの予定です。まだ解禁前なので言えることは少ないんですけど、ちょっと新しいことにもチャレンジしています。あと、『碁盤斬り』もありましたし、今年は時代劇ばかり観ています。それこそ、毎週のように。京都もそうですけど、いま海外からの観光客が多いじゃないですか。これだけ日本ブームというか、日本に興味を持つ海外の人が多い中で、絶対に時代劇も日本のオリジナリティあふれる文化として注目を集めるはず。日本では時代劇が衰退したとも言われていますけど、僕はそこに大きなチャンスがあるんじゃないかなと思っています」