加藤浩次が会いたかった人と“至福のとき”を語り合う。
第16回は、彫刻家の矢部裕輔さん。
撮影/野呂美帆
加藤浩次が会いたかった人と“至福のとき”を語り合う。
第16回は、彫刻家の矢部裕輔さん。
加藤 僕は矢部さんの彫刻作品を買わせていただきましたけど、どれも不思議な魅力がありますよね。あの発想はどこから生まれるんですか?
矢部 昔はもっと抽象的なものを作っていて、そこから少しずつ変わっていき、今の形になりました。僕の作品は動物をモチーフにしたものも多いんですけど、中身は人間をモデルにしていて、人間の歴史や因習、どうしようもない部分を面白おかしく表現できたらいいなというのが根底にあります。
加藤 擬人化した上で、テーマが表現されているんだ。
矢部 例えば、最近だと「戦争」をテーマに作っています。人間の歴史は戦争と切り離すことができないですよね。人間の輝かしい部分よりも、もっとマイナスな部分、人が目をそむけてしまう部分を表現したいという欲求はずっとあります。
加藤 人間の嫌な部分を表現しつつも、作品自体はユーモラスなのがすごいですよね。
矢部 深刻になりすぎないよう、どこか笑い話というか、シニカルな感じの作品にできればとは思っています。
自分の作品で
笑ってもらいたいし、
元気づけたい。
加藤 昔の抽象的な作品を作っていた時も、同じような思いを込めていたんですか?
矢部 違いました。いろいろ考えて、“アートのためのアート”みたいなものを論理立てて作っていたように思います。
加藤 どういうことですか?
矢部 簡単に言ってしまうと、ピカソがキュビズムを生み出したような芸術の中の論理のようなものを目指していたんです。もっと簡単に言うとカッコよくアートをやりたかった(笑)。
加藤 その意識が変わって、今の作風になるきっかけみたいなものはあったんですか?
矢部 一つは東日本大震災が大きな転機だったのかもしれません。世界ではまだまだ紛争も起きていますよね。災害や戦争に対して、芸術は何の役にも立たないのだろうかと自分の中で自問自答して。でもそんなのは嫌だ、自分の作品で少しでも笑ってもらいたいし、元気づけたいという思いが芽生えて、今のスタイルになっていきました。
加藤 まさに、矢部さんの作品って、手にした人が「面白い」「かわいい」と感じるファニーさがありますもんね。
矢部 芸術のかしこまっちゃう感じが嫌なんです。論理立てるよりも、自分の思いや伝えたいことを表現しながら、見る人に笑顔になってもらうことが大事だなと。
加藤 なるほど、考えがそう変わっていったんだ。
矢部 例えば、動物をモチーフにして彫った作品に「Faithful Dogman」というものがあるんですけど、あれは忠犬で、小国は大国に従わざるを得ない現実があるということを表しています。良い悪いじゃなくて、人間の歴史にはそういう側面もあるという。
加藤 一方で、矢部さんの作品にはタイトルがないものも多いですよね。それはなぜですか?
矢部 タイトルのない作品はできるだけ見た人に自由にストーリーを考えてほしいからです。ある程度、感じてほしい方向に導きたい時はタイトルをつけることもありますが。あと、あまり仕上げないようにもしています。なるべく完成させないことで、考える余白を残すというか。
加藤 彫刻の勉強もされているので、もっときれいに作ろうと思えば作れるわけじゃないですか。でもあえて仕上げない。
矢部 はい。世の中ってきれいなだけじゃなくて、汚いし、暴力的でもある。だから、雑でめちゃくちゃな物があってもいいし、それを彫刻で表現したいという思いもあります。
「欲しい物は自分で作れ」
という教育方針の
家庭だった。
加藤 矢部さんの作品は海外でも注目されていますよね。
矢部 作ったものを1日1個SNSに投稿していたら、ニューヨークのギャラリーから「あなたの作品を展示したい」と連絡が来たんです。最初は詐欺だと思いました。「騙されないぞ」って(笑)。でもどうやら本当らしい。そこから海外への道が開けて、個展などもさせていただきました。それが2016~17年くらいだと思います。評価していただけたのは素直にうれしいです。ずっと表現はしていきたいので。
加藤 矢部さんは子どもの頃から物を作っていたんですか?
矢部 両親の教育方針がちょっと変わっていて「欲しい物は自分で作れ」という家庭だったんです。
加藤 マジですか。
矢部 おもちゃも買ってもらったことが一切なくて、他の子たちが持っている物を持っていなくて、恥ずかしいみたいな感情はありましたね。ただ、小学1年生くらいだと思うんですけど、誕生日プレゼントに大工道具を買ってくれて、その延長線上に今があるんだと思います。
加藤 今後はどんな作品を作っていきたいですか。
矢部 美術やアートが好きな人はもちろんですけど、そういったものに興味がない人も取り込めるような作品を作っていきたいです。
加藤 最後に矢部さんにとっての「至福のとき」を教えてください。
矢部 料理をしている時かもしれません。どんなに忙しくても何かしら作っていますね。そんなに凝ったものではなく、よくある家庭料理が多いです。昨日は肉じゃがを作りました。
加藤 料理が気分転換になるんだ。
矢部 作品を彫っている時は“戦闘モード”になっているんです。でも料理をすることによって頭の中が整理されるような感覚があります。
加藤 矢部さんが作った料理を食べた奥さんの反応は?
矢部 全部おいしいと言ってくれます(笑)。作品づくりの時も妻の意見を参考にしていて。「良い」と言ったら良いし、「だめ」だったらいったん寝かすか、やり直します。そこの感覚は僕と一致していますし、すごく信頼もしています。
矢部裕輔 やべひろすけ 彫刻家。1972年生まれ、神奈川県出身。2002年に東京造形大学造形学部美術学科彫刻専攻卒業。2004年に東京造形大学造形学部美術学科研究生修了。木材や木片、廃材などを使い、彫刻の可能性を追求。国内外で個展を開催し、個性的な作品群が人気を博す。
加藤浩次 かとうこうじ 芸人・タレント。1969年生まれ、北海道小樽市出身。1989年に山本圭壱と「極楽とんぼ」を結成。コンビとしての活動のほか、『がっちりマンデー!!』『人生最高レストラン』などでMCを務める。
撮影/野呂美帆