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加藤浩次

加藤浩次

加藤浩次

撮影/野呂美帆

加藤浩次が会いたかった人と“至福のとき”を語り合う。

第12回は、漫画家の魚豊さん。

加藤 魚豊さんの描かれた地動説がテーマの『チ。-地球の運動について-』は大きな話題になりました。僕も読んでいて、とんでもねぇ漫画が出てきたなと思ったんですよ。そもそも、いつ頃から漫画を描きはじめたんですか?
魚豊 小さい頃から絵を描くのは好きで、自由帳に漫画を描くみたいなことは小学生からしていたんですけど、中学1年生の時に『バクマン。』のアニメを見て、「こういうふうにすれば漫画家になれるんだ」と知って。そこから漫画を投稿するようになりました。
加藤 13歳くらいですよね。こういうのが描きたいみたいなものはあったんですか?
魚豊 当時は自分にストーリー漫画が書けるとは思っていなかったんです。だから最初はギャグ漫画を描いていました。いまにして思えばギャグの方が茨の道なのですが……。ただ、16~17歳くらいの頃に担当だった少年マガジンの編集さんに「セリフが面白いからストーリー物を描いてみれば?」と勧められて、ラップのMCバトルを題材にした漫画を描いたんです。
加藤 まさに転機だ。そこからどうやって連載につながっていくんです?
魚豊 そのラップ漫画が月例賞を取り、テニス漫画の読み切りを経て、『ひゃくえむ。』という陸上競技漫画の連載がはじまるんです。これも、もともとは読み切りで。
加藤 テニス、陸上とスポーツが続きましたけど、これはどうしてですか?

知性と暴力の

関係性に

興味があった。

魚豊 ページ数が限られている読み切りの場合、みんながルールを知っている既存のスポーツのほうがすぐに人間ドラマに入れるという構造上の理由です。でも、きっかけはリオ五輪の中継だったんです。100m走を見ていた時にフライングで失格した選手がいて「え、これでもう終わり?」と衝撃を受けたんです。
加藤 1回失敗すると失格になるんですよね。
魚豊 ほんの一瞬の揺らぎで、夢やチャンスを失ってしまう世界があるんだと。
加藤 その次が『チ。』ですけど、スポーツから地動説って、振り幅がすごいですよね。
魚豊 『ひゃくえむ。』とは違うものにしたかったんです。昔から知性と暴力の関係性に興味があったので、そういえばガリレオの宗教裁判とかあったなと、それで地動説をやってみようと。
加藤 本当にすごい作品ですけど、変な話、地動説で当てる自信はあったんですか?
魚豊 全然根拠はないですけど、面白いものは売れるとずっと思っているんです。売れなかったら僕が面白いものを描けなかったせいだと。
加藤 確信めいたものがある?
魚豊 実際、僕が大好きな『カイジ』や『ピンポン』といったエッジの効いたアバンギャルドな漫画でも1000万部単位で売れたりしている。読者ってセンスあるんだなぁと思っていて。そこの信頼はすごくありました。
加藤 『チ。』って登場人物の多くが架空の人じゃないですか。作中の出来事もそうですよね。真偽のバランスは意識していたんですか?
魚豊 こういうことがあるかもしれないという一定のリアリティは保ちつつ、自分の解釈を織り交ぜながら、物理的にも精神的にも自由に描いていました。ウンベルト・エーコという方が中世の物語を書いた時に「中世を書くんじゃなくて、中世の中で書く」と言っていて。そのスタンスを目指したかったんです。歴史の中にいる人って、決して古びていないんです。昔の人たちも「ダルい」って言っていただろうし(笑)、現代に転生してきても、不自然じゃないような気がします。もちろん、当時は当時の支配的なエピステーメーがあって、思考はそれに制限される。しゃべり方はいまと同じだけど、価値観は違う。その違和感も面白いと思ったんです。

加藤浩次

熱くないと

生きている

意味がない。

加藤 魚豊さんの漫画のキャラは、損得じゃなくて、自分の熱意を傾けられるものや望んでいることを優先させていますよね。魚豊さんにもそういった熱いものを感じるんですよ。
魚豊 僕自身も熱いのが好きです(笑)。熱くないと生きている意味がないというか、どうせ死ぬんだから生きているうちは熱くありたいと思っています。
加藤 一方で、作中では劇的にしない描き方もするじゃないですか。何かがガラッと変わる時って意外とトップの思いつきで決まったりする。それがリアルで。
魚豊 梯子を外される瞬間が好きなんです。オチでぶん投げるみたいな。目の前でお恥ずかしいんですけど、自分はお笑いも大好きで。そこからの影響もあると思います。
加藤 いやいや僕なんかは完全に亜流ですけどね。いまは新作を連載中ですけど、どんな話ですか?
魚豊 恋と陰謀論の話で、舞台は現代の日本です。主人公は冴えない青年で、彼が優しいエリートの女性と出会うんですけど、その恋がなかなかうまくいかない。これは何かの陰謀なんじゃないかと思っている時に「それは陰謀のせいだ」と言ってくる人物が現れて、行動を共にするんです。
加藤 すごい話(笑)。1巻も発売されましたよね。絶対に読みます。最後に、魚豊さんの「至福のとき」を教えてください。
魚豊 お香を焚いている時です。京都の三十三間堂のお香が好きで。
加藤 漫画を描き終えた時じゃない?
魚豊 そうですね。仕事だったら、もう描き終わった原稿に手を加える作業が一番好きです。お風呂上がりにお香を焚いて、原稿に加筆して寝るまでの30分間は至福かもしれません。その傍らに「ハイオク満タンで!」というエナジー系のドリンクがあれば最高なんですけど。実はだいぶ前に販売が終わってしまったので、もう飲めないんです。
加藤 いつも飲んでいるお気に入りの飲み物だったんだ。 
魚豊 常飲していました。あまりにも好きすぎて、もう存在しないのにいま連載中の漫画にも描きました。再販の願いを込めて……(笑)。

魚豊 うおと 漫画家。1997年生まれ、東京都出身。2017年に漫画家デビューし、2018年に『ひゃくえむ。』を連載。2020年9月から週刊ビッグコミックスピリッツで『チ。-地球の運動について-』の連載を開始。同作で、第26回手塚治虫文化賞のマンガ大賞をはじめ、数々の漫画賞を受賞。2023年8月より、マンガアプリのマンガワンと裏サンデーで、『ようこそ!FACT(東京S区第二支部)へ』の連載を開始。単行本の第1巻が発売中。

加藤浩次 かとうこうじ 芸人・タレント。1969年生まれ、北海道小樽市出身。1989年に山本圭壱と「極楽とんぼ」を結成。コンビとしての活動のほか、『がっちりマンデー!!』『人生最高レストラン』などでMCを務める。

撮影/野呂美帆