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加藤浩次

加藤浩次

加藤浩次

撮影/野呂美帆

加藤浩次が会いたかった人と“至福のとき”を語り合う。

第8回は、陶造形作家の林茂樹さん。

加藤 サカナクションの山口一郎くんとやっているラジオで訪れた新宿の百貨店で、林さんの個展が開催されていて、これはスゴいものを作る人がいるなと思ったんです。あの作品はどう表現すればいいんですか。
 ありがとうございます。素材は磁器なんですけど、今まで誰もやってこなかった焼き物の作品をやりたいなと。それでああいう形になりました。だから陶芸作品でもあり、彫刻作品でもあるんです。
加藤 パーツを組み合わせているのが面白いですよね。焼き物には興味があったんですか?
 大学の図書館で深見陶治さんという陶芸家の作品集を見て感動して、自分も焼き物をやってみたいと思ったのが始まりです。子どもの頃からガンダムやバイクなどプラモデルをよく作っていたので、趣味としてものづくりを続けられたらいいなとは思っていましたが、そのときに焼き物に人生をかけたいと思いました。
加藤 僕もガンプラ世代ですよ。深見さんの作品に感動して、そこからどうされたんですか?
 大学を卒業してから、陶芸の学校に入り直しました。地元が岐阜県の土岐市という焼き物の町で、子どもの頃から馴染みはあったんです。まさか自分が人生をかけるとは思っていなかったですけど。

林 茂樹

コントロールされた

量産品にも

美しさがある。

加藤 陶芸の学校では基礎を?
 2年間学びました。最初は普通の陶芸をやっていたんですけど、こういう表現は僕でなくてもできる、自分にしかできない表現とは何だろうと考え始めました。当時は一品物に価値があり、量産品は下に見られていた時代だったんです。僕の中では型も含めてコントロールされた量産品にも美しさがあると思っていたので、大量生産の技法である鋳込みでの制作を始めました。好きだったSFの要素や日本の美などを取り入れたら面白いものができそうだなと。
加藤 最初は何を作ったんですか?
 鋳込み作品のスタートは「羊人間」というモコモコした白いベストとパンツを着ている角の生えたリアルな黒い人間です。一つの型でどこまで量産できるのかという実験もしてみたくて108体作りました。
加藤 反応はどうでしたか?
 ある陶芸の公募展に出しましたけど、まあ落ちました。「こんなの陶芸じゃない」という感じですね。
加藤 え~、そうなんだ。その次は何を作ったんですか?
 黒い艶々のマスクをかぶった顔だけの作品を200個以上作ってインスタレーションしました。頭が地中から出てきている感じにするため高さを全部不揃いにして、表情にも変化を出すため角度を変えました。海外の記事では「メルティング(溶けた)バットマンズ フェイス」と紹介されていました(笑)。
加藤 面白い!
 その後、陶彫作品の公募展に向けて、ロケットポッドに赤ちゃんが乗った「KAGUYA-SYSTEM」を作りました。自分としてはかなり手応えのある作品になったんですが、審査員からは全く評価されずショックでしたけど(笑)。ただ、一般のお客さんからの評価はかなり良かったです。
加藤 その作品も量産したんだ。アーティストは一品物にこだわるイメージですけど、林さんはそうじゃないんですね。
 でも、僕は別に量産物をやりたいわけではなくて、ただ数が多いということで価値が低いとされてしまう常識に一石を投じたいというか、違った視点を提示したいというか。

加藤浩次

アート作品を通した

価値観の転換を

目指しているように思う。

 ガンダムで言えば、最初はシャアザクの方が断然カッコイイんですけど、だんだんと量産機である緑のザクの良さも分かってくる。アート作品を通して価値観の転換が起こることがたまにありますが、僕もそれを目指しているように思います。
加藤 でも、それって怖くないですか。自分の中で転換しても、世の中が変わらない場合もあるじゃないですか。
 世の中とは関係なくやりたいことを続けていって、いつかわかってくれる人が出てきてくれればラッキーで、もしそれが大きく広がったときには、新たな景色が見えて、新たな感動が生まれるかもしれない。とにかく自分を信じてやるだけですね。
加藤 「KAGUYA-SYSTEM」の赤ちゃんにモデルはいるんですか?
 特定のモデルはいなくて日本人の平均的な赤ちゃんの顔を作りたいと思ったんです。僕たちは生きている間、膨大な数の人たちと出会いますが、個人個人をちゃんと識別できていますよね。それは脳が個別のデータとして処理しているんじゃなくて、ベースとなるひな形の顔データをそれぞれが持っていて、そこからの差異で情報を処理しているんじゃないかと。これはあくまでも僕の仮説ですが(笑)。そこで、自分の中に平均的な赤ちゃんの顔のひな形を作るため、ネットで大量の赤ちゃんの顔の画像を見まくり、そのイメージをアウトプットしました。
加藤 実験的だなぁ(笑)。今後はどういうものを作っていくんですか?
 今のSF路線を続けていきながらも、ちょっと変えていきたいなあとは思っています。まだ漠然とした感じなので詳しくは言えないんですけど、自分の技術を使ってもっと面白いことができないか、何ができるのか、これからもずっと探していきたいですね。
加藤 最後に、この連載では「至福のとき」をお聞きしているんですけど、林さんの「至福のとき」は、作品を作り終わったときですか?
 きっとそういう答えを期待されるのかなって思ったんですけど、僕の中ではおいしいものを食べたときのことしか浮かびませんでした。家族の誕生日などに奮発して食べるご馳走ですかね。個人的にはうなぎですが(笑)。
加藤 作品が完成したときに至福を感じることはない?
 もちろん大きな喜びはありますが、至福というよりは、どちらかというとホッとする感じです。制作中は本当にできるのかという不安もあるし、締切りもあるので、やっぱり、できあがったときは肩の荷が下りたような気になります。責任を果たせてよかったなという安堵感のほうが大きいかもしれません。ただ何物にも代え難い達成感はありますね。

林 茂樹 はやししげき 陶造形作家。1972年生まれ、岐阜県土岐市出身。多摩美術大学美術学部工芸学科・陶プログラム非常勤講師。個展、グループ展多数。海外アートフェアにも出品。国内外の美術館に作品が収蔵され、高い評価を受けている。

加藤浩次 かとうこうじ 芸人・タレント。1969年生まれ、北海道小樽市出身。1989年に山本圭壱と「極楽とんぼ」を結成。コンビとしての活動のほか、『がっちりマンデー!!』『人生最高レストラン』などでMCを務める。

撮影/野呂美帆