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細野晴臣

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失われかけているものの中にこそ、かけがえのないものがある。ミュージシャン・細野晴臣が、今後も「遺したいもの」や、関心を持っている「伝えたいこと」を語る連載の第9回。一つ一つの言葉から、その価値観や生き方が見えてくる。

細野晴臣

取材・文/門間雄介
(C)2019「NO SMOKING」FILM PARTNERS

アルバムとライブの準備中。

細野晴臣

所沢の家にお見舞いに行ってきた。

 近況といっても動きがないのが近況だけど、ああ、そうだ。最近、所沢に3回行ったんだ。いい場所なんだよ、緑が多くて。トトロの森もあるのかな。そういうところに行くと、住みたいなと思っちゃうんだ。所沢に縁ができちゃったみたいだね。

 最初に行ったのは4月の終わり、小坂忠が亡くなる前だけど、彼が住む所沢の家にお見舞いに行ってきた。そのとき忠はかなり弱っていて、会話もあまりできなかったな。でも会えてよかった。だから次に行ったのは彼のお別れ会のときだった。で、3回目は『細野観光』がわりと近いところでやっていて、映画の上映もやってたので、その舞台挨拶に行ってきた。

 小坂忠はずいぶんぎりぎりまで元気だったんだよね。でもあとから聞くと、いっぱい手術をしていて、いろいろと大変だったって。それにしても、声はずっとよく出ていてね。亡くなる前、イースターの日だというから4月17日かな、復活祭のときも教会で歌ったって。昨年の11月、松本隆の50周年イベントのときだって、弱ってたはずなのに起立して歌ってた。楽屋で会ったときは車いすだったのにね。忠とは20代前半のころ、よく付き合ってたので、ほとんど幼なじみに近い。すごく遊び好きで楽しかったな。

 お別れ会のときは、最後に顔なじみのミュージシャンが舞台に出て、忠の願いだったんだけど、「He Comes with the Glory」を演奏したんだ。その歌を録音したのは2001年、一緒に『PEOPLE』というアルバムを作ったとき。そこで忠がつけた歌詞が、いま聴くと自分が亡くなることを想定したような歌詞だったからびっくりしてね。

 実は亡くなる2ヵ月くらい前、奥さんの小坂叡華さんから最後のアルバムになるかもしれないので、プロデュースしてほしいってリクエストがあったんだ。だからまず曲を作ってくれると嬉しいって言って、忠もそのときは元気だったから電話で伝えて、曲を待ってたんだけど、その間に弱っちゃったんだね。とうとうその企画は成立しなかった。だから何かしてあげなきゃいけないって、いまだに思っちゃうな。心残りだね。

インド占星術ってすごい。

 僕自身はここ数年インターネットで興味深いニュースを見ることが癖になってる。特にこの2年前からは情報が必要だったので、ずっと続いてる日課だね。YouTubeも見るよ。昔は都市伝説って異世界的で好奇心をくすぐられたけど、いまはとても現実的になってきているので、もはや都市現実と言ったほうがいいね。世界そのものがおかしくなってるし。そういう番組などは規制がかかって削除されたりすることも多くなってきた。それでもめげずに毎日更新していて、かなり若い人たちだけど、どんどん視聴数が増えて人気がある。頼もしいね。

 アナンドくんっていうインド占星術の少年も、新型コロナのパンデミックを予言したりして脚光を浴びてるね。予言っていうか、占星術の読みとりが詳しいんだ。つくづくインド占星術ってすごいなと思うよ。太陽系の天体の動きや月の動きを読むから、40分ごとに占いが変わる。とても素人にはわからない世界だね。だからアナンドくんの占星術をヨガの先生が解説してくれるサイトまである。アナンドくんによると、悪い星回りっていうか、火星と土星がいままでにない動きをしてるらしいんだ。そういうときには戦争が起きるって言ってたら、その通りになったので驚いてね。あと経済危機が来るとか。

 そういうこともあって、僕がいまいちばん気になってるのが食糧危機。ウクライナ事変の影響が深刻なことになるのかどうか、大事なのは冷静に対処することだよね。コロナの初期のころにトイレットペーパーやマスクが品切れになったでしょう。ああいうパニックが起きるのがいちばん怖い。そうならないためにも、いまのうちに備蓄しておくことが大事なんじゃないかな。まあ、そう言ってる僕が全然できてないんだけど。10年前に買った缶詰が、そのまま家にあるくらいだから。

細野晴臣

 ネットの情報はフォルダごとに整理してるんだけど、今日作っていたフォルダは、あるクラシックの楽曲のいろいろな表現をYouTubeで集めたもの。実はいま、新しいソロアルバムを準備しなきゃいけない時期になっていてね。フランツ・リストという作曲家の曲をやりたくて、その表現の仕方を研究してるんだ。

 日本では「愛の夢」というタイトルがついた「Liebestraume」っていう曲だけど、あれがずいぶん昔から好きで、数年前にある女性パフォーマーに頼まれて、自分で録ったことがあるんだ。それをいま聴くと、これは新しいアルバムに入りそうだなと思ったりして。だからちょっと研究してるところなんだよね。もとはピアノ曲だけど、そのとき僕はギターでやったので、どうしようかなって考えてる。

 なんかいま、クラシックがすごく肌に合うんだ。クラシックっていっても全部じゃないけど、これをやりたいっていうのがいくつかあって、歌になりそうな感じがしてる。どうなるのかまったくわからないけど、だからこそ自分でも楽しみだね。

2年を通じて気持ちが定まってきた。

 新しいアルバムのための作業は、木炭車でいえば火をくべたところ。まだ燃えてないんだけどね。遅いんだ、火がつくのが。

 心境としては『HoSoNoVa』のころに近いかな。『HoSoNoVa』は2011年になるくらいまで作っていて、そうしたら突然地震が来たわけでしょう。それでいろんなことが変わっちゃった。そういう壊滅的な状況のなかで、『HoSoNoVa』をその年の4月にリリースすることが決まってね。こんなときに出していいのかなと思ったけど、意外と内容がその時代の空気に馴染んじゃった。あのときはそういうことがあったな。

 今回もそれに近いのは、予測できないことが起きちゃったわけでね。ただ今回はその真っ只中で作らないといけない。過去2年間はまったく作れなかったから、2年を通じて気持ちが定まってきたというのかな。自分はなにを聴きたいかということがだんだん固まってきた。まだはっきりとはしてないから、手探りだけどね。

 気持ちは変化してきたけど、ギターを弾くのは久しぶりだから全然弾けない。2年もやってないとさすがに弾けなくなる。だから練習をやらなきゃいけないんだ、いまから。

 6月にはライブもあるしね、大阪で。それが僕には不安でしょうがない。いままでそんなことなかったんだ。この10年くらい、ずっと楽しくやってきたから。ところが今回は無防備というか、裸になっちゃった気持ちで、すごく不安なんだよね。いままでの形態ではやらないと決めちゃったから、今回はバンドじゃない。ずっとやってきたブギウギやカントリーは、別にやり尽くしたわけじゃないけど、いまはできない気がする。じゃあなにができるのかなって。どうしたらいいのか、教えてもらいたいな。

 ライブまであと何日あるか、毎日指折り数えてるよ。そろそろなにかアイデアが降りてこないかなって。降りてこないと、まずいことになるからね。今日は5月23日だから、明日でちょうど1ヵ月前か……。

細野晴臣

大阪市中央公会堂のたたずまいが好き。

 いまのこの状態は2005年にハイドパーク・ミュージック・フェスティバルに出たときと似てる。それまでライブで歌うことなんて考えたこともなかったのに、あのときから僕は突然バンドで歌いだした。リハーサルをやってる間に、声が枯れて出なくなったりしてね。そういうことがあって不安だったけど、今回もまったく同じだね。でもあのときはどしゃぶりというか、すごい嵐が来て、そっちに気を取られてたら不安が飛んじゃった。

 今回どうしてライブをやることにしたかというと、中之島の大阪市中央公会堂のたたずまいが好きで、ここいいなって言ったら、いつの間にか決まっちゃったんだ。古い素晴らしい建築で、川のそばにあってね。そういう意味では場所が素晴らしいから、あとは何をやってもいいのかもしれない。講演会をやったりとか。いまこれを読んでる人は、もう答えがわかってるわけだよね。やっぱり講演会だったって思ってるかな(笑)。

細野晴臣 ほそのはるおみ 音楽家。1947年生まれ、東京都出身。’69年にエイプリル・フールでデビュー。’70年にはっぴいえんどを結成。’73年からソロ活動を開始、同時にティン・パン・アレーとしても活動。’78年にイエロー・マジック・オーケストラ(YMO)を結成。YMO散開後は、ワールドミュージック、アンビエント・ミュージックを探求、作曲・プロデュースなど多岐にわたり活動。

取材・文/門間雄介
(C)2019「NO SMOKING」FILM PARTNERS