取材・文/門間雄介
(C)2019「NO SMOKING」FILM PARTNERS
音楽との向き合い方。
元に戻らないものもいっぱいある。
最近は街に人出が戻ってきたね。むしろ前より混んでるかもしれない。鬱積してたものが一気に出てるのもあるし、あるいはGoToトラブルじゃなくて、なんだ? GoToトラベルで人が多くなってきてる。普段空いてたところが混んでたりね。渋滞だよ。
前からずっと車で街を“パトロール”してるけど、自粛期間に入った直後はほとんど人がいなくてね。渋谷のスクランブル交差点に人がいない景色ってなかなか見られないでしょう? しかも真っ昼間に。不思議な光景だったけど、マスクをした人たちが出歩くようになって、夏前にはマスクをしてない人が10人にひとりくらい出てきて、また人出もマスクも戻った。
でも元に戻るものもあれば、戻らないものもいっぱいあるわけだよね。個人商店やちっちゃな店が老舗も含めて倒産してるし、人と人との距離はなかなか戻らないかもしれない。そろそろ始まってきたけど、海外への行き来もまだ難しいしね。夏にオーストラリアでライブの予定があったけど、それもなくなった。ライブで生活するミュージシャンやライブハウスは大変だよ。そういう場は一回消えちゃうと取り戻すのが難しいから。
そんな中で音楽との向き合い方がちょっと変わってきてね。楽しければいいやと思ってたけど、そうでもなくなってきた。
きっかけはラジオ『Daisy Holiday!』で「手作りデイジー」と題したプログラムを月に一度始めたこと。ひとりで録音して、編集して、もちろん選曲もするんだけど、そうしたら今まで視聴者のことをまったく考えずにやってきたなと気が付いた。ぼくの好きな音楽をただかけてただけなんだなって。
それで曲を選ぶ時に今の世の中にどう響くかを考えるようになってね。この年になって初めて聴く人のことを考えるようになった。遅すぎた(笑)。でもSNSの反応が全然違うんだ。みんな真剣に聴いてくれててね。だから僕も全部読んでるよ、SNSの感想は。
「さよなら、20世紀」という気持が大きくなってきた。
ラジオでかける音楽が変わってきたのは、そういった理由からだね。この間までは古い音楽、例えばジャズやポピュラー音楽が中心だったけど、最近は同時代の音楽をかけるようになってきた。
それで今の音楽をチェックしてると、やっぱりにぎやかな音楽がなくなってきてるね。内省的になってきてる。そこら辺が僕は共鳴しちゃうっていうかね。世の中の状況を考えたら、そうなっていって当然なわけで、それを無視したものはあり得ない。なにより自分自身の気持ちがそうだから、今でなきゃ味わえないという気持ちで同時代の音楽を聴いてるかな。
それと同時に、「さよなら、20世紀」という気持ちもどんどん大きくなってきた。というのは、例えばジジ・ジャンメールが亡くなったりして、20世紀の最後のスターたちが次々に90代で姿を消している。この間は、ジュリエット・グレコが亡くなったし、オリヴィア・デ・ハヴィランドは100歳を超えてたかな。そうやって消えていく光がとても愛おしいというかね。いよいよ、さよならなんだなと。
身の回りでも、今年はずいぶん知人が亡くなってるね。いちばん大きかったのは7月に母が亡くなったこと。だから今、僕はみなしごなんだ。孤児院に行こうかと思うくらい。そうしたら介護施設を紹介されちゃいそうだけど。
でもまだその辺にいるんだ。実家を改築したスタジオで夜まで仕事をしてると、階段を誰かが下りてきてね。誰だろうと思うと途中で消えちゃう。後を追ってみても誰もいないんだ。生前、僕が朝まで仕事をしてると、お菓子かなんか持ってよく下りてきたから、そういうこともあるんだなと思ってね。
そういったいろんな変化はいずれ自分の音楽にも反映されるだろうけど、まあこれからだね。でもコロナ禍のわりに、なんか忙しかったな。宿題が増えて、しめきりが重なったりして。普段より忙しくなっちゃってたかもしれない。
マレーシアと日本の合作映画『Malu 夢路』の音楽は、実は去年のうちに作っていて、パンデミックのせいで公開が遅れたんだ。それが紆余曲折して今年11月の公開が決まった。でもその音楽を配信用に整理してたのが、ついこの間のこと。
Netflix映画『彼女』(2021年春配信予定)のテーマ曲を作ったのもついこの間。チリの監督の短編映画『Gravity』(リモート短編映画プロジェクト「+81FILM」の一編。配信中)ではエンディングテーマを作ってね。『彼女』も『Gravity』も劇伴じゃないから、割と自由に伸び伸びと作ったけど、やっぱり変化はまだ出てきてないかな。今後じわじわとなんだろうね。
やっぱり音楽が好きなんだね、結局。
アンビエント・ミュージックをまた聴きだすようになったのは、2019年にヴァンパイア・ウィークエンドが僕の「TALKING あなたについてのおしゃべりあれこれ」(1984年のアンビエント作品『花に水』に収録)をサンプリングして、曲を作ったことが発端。無印良品の店内用BGMとして作ったやけに長い曲でね。15分くらいある。そのシンプルでミニマルな曲を、丸ごと同じようにコピーして、YouTubeに上げてる西洋人夫婦もいるんだ。真向いになって、延々シンセサイザーを弾いてるんだけど、それが禅寺の修行みたいな映像だった(笑)。彼らはなぜあんな曲が好きなんだろうと思って、そこからまたアンビエントを聴きだした。
すると、歌ものでもミニマルな曲が出てきたり、普通のポップスをやってた人が変てこりんな音楽をやるようになったりしてね。いちばんびっくりしたのはボン・イヴェール。彼はすごく変わった音楽をやってますから。
だから、もうすっかりブギウギを忘れちゃってね(笑)。そりゃ忘れるよ、こんな時期には。またライブができるようになったら演奏すると思うけど、今の気分はしばらく続くから、そういう中でブギウギをやるとどうなるんだろう。静かなブギウギになるかもしれない(笑)。まだライブをやる気は起こらないな。もう年寄りだからエネルギーがない、ほんとに(笑)。髪の毛が長いのも、伸ばしてるんじゃなくてただ伸びちゃった。なにをやるのも億劫でね。髪を切りに行くなんていうのはすごく億劫だよ。洋服を買いに行くのも全然行ってないから。毎日同じ服です(笑)。
今、何が楽しくて生きてるんだろう? 楽しみのない人間だよ(笑)。いや、ラジオは楽しいな。やっぱり音楽が好きなんだね、結局。あと映像を観ること。インターネットで日々、動画のサイトを検索して、いろんな映像を集めてるから。同時にテレビを観ながらね。そういうのは楽しいよ。1000年続いても飽きない。
ぼちぼち、ちゃんとしなきゃな。
『TENET テネット』を観たいと思いつつ、なかなか映画館には行けないな。座席を半分に間引きしてた頃、観に行った時は空いてて気持ちよかった。でも、また元に戻ったでしょう? それでちょっと億劫になってね。観たい映画をいくつも観過ごしてる気がする。今、映画館に行く人はみんな『鬼滅の刃』を観に行くのかな。面白いテーマだなと思って漫画は読んでたけどね。興行収入100億円を超えたっていうからすごいよね、人気が。
結局、僕の日常は動画のサイトで映像を観たりすることなんだ。でも機材がどんどん壊れてて、iPhoneも1日に1回は固まっちゃう。それで電話に出られなかったりね。なんとか使えるので使ってるけど、本当は買い換えなきゃいけない。でも店に行くのが面倒くさい。そういうことがいっぱいあるね。
iPhone12が出たから、そろそろ店に買い換えに行かないと。ぼちぼち髪も切って、洋服も買って、ちゃんとしなきゃな。
細野晴臣 ほそのはるおみ 音楽家。1947年生まれ、東京都出身。’69年にエイプリル・フールでデビュー。’70年にはっぴいえんどを結成。’73年からソロ活動を開始、同時にティン・パン・アレーとしても活動。’78年にイエロー・マジック・オーケストラ(YMO)を結成。YMO散開後は、ワールドミュージック、アンビエント・ミュージックを探求、作曲・プロデュースなど多岐にわたり活動。
取材・文/門間雄介
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