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細野晴臣

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失われかけているものの中にこそ、かけがえのないものがある。ミュージシャン・細野晴臣が、今後も「遺したいもの」や、関心を持っている「伝えたいこと」を語る連載の第4回。一つ一つの言葉から、その価値観や生き方が見えてくる。

細野晴臣

取材・文/門間雄介
(C)2019「NO SMOKING」FILM PARTNERS

思い出の味。

細野晴臣

もう一度食べたいと思うものがたくさんある。

 前回、ぼちぼち髪を切らないとって話したけど、まだ切ってないんだ。だから家族に「ホームレスみたいだ」って言われて(笑)。別に外出するのが怖いわけじゃないんだけどね。コロナに乗じて、面倒くさいから髪を切りに行かないだけ。

 今まで感染しなかったから、これからも大丈夫かなと思ってるけど、感染する人はどういう状況なんだろう? お酒を飲んだり、そういうところへ行ったりする人なのかな。僕はお酒が飲めないのでそういうところには行けないからね。

 だからといってずっと家にいるわけじゃないよ。外食するから、いつも夕方には外に出かけてる。でも最近はほとんど同じ店に行くようになって、冒険しなくなっちゃった。おいしいお店が3、4軒あれば、それでなんの問題もないでしょう? ここ数年、冒険して新しいところに行くと、がっかりするケースが多くてね。おいしいものが少なくなってるんじゃないのかな。本当においしいものを知ってる人が今は少ないんだ。僕は昭和30年代の、あのおいしい食の世界を知ってるから、この世からいろんなおいしいものが消えていくのかと思うとつらいね。

 今は消えちゃったけど、もう一度食べたいと思うものがたくさんあるよ。そんなの言っても虚しいだけだけどね。

 例えば小学生の時、父親に連れられて京橋のテアトル東京で映画を観たんだけど、あそこはシネラマと呼ばれる巨大画面があって、いい映画館だったんだ。それで映画を観た帰りに、すぐそばにある洋食店に入って、夜ご飯にハンバーグを食べた。それが忘れられないくらいおいしかったんだ。「エルム」っていう、当時はよくある名前だったお店のハンバーグ。

 不思議なもので、二度と食べられないっていう気持ちになると、余計に忘れられなくなる。忘れちゃったほうがいいんだけど、探し求めちゃうんだ。

味覚も音楽と一緒。

 だから1980年代、90年代と、東京中でそういった風味を探し求めたんです。

 それでときどき「あった!」と思う時があるんだよね。でもそういうお店は翌月に行くと味が変わってたり、代替わりしてシェフが変わっちゃったりして、結局どんどん消えていく。

 一番大きいのは素材の問題だね。今はもう農業や畜産業がまるで変わっちゃったから。昔とは飼育法も違うし、肥料も違う。お店の問題だけじゃないんだ。

 今でもハンバーグがおいしくてよく行くのが、浅草や根岸にある洋食屋さんだけど、ある店で「なんでハンバーグばかり食べるのか」と聞かれて、「素材がいい」って答えたらお店の人が泣きそうな顔になってた(笑)。大事なのは味付けじゃなくて素材の風味だよね。それなのに、そういう風味を味わえるお店が少なくなっちゃって。

 カンボジア辺りに行くと、もしかしたら今でもそういう風味が味わえるのかもしれない。以前そこで食べたハンバーガーが「エルム」のハンバーグと同じ味だったから。でもそれも20年くらい前のことか。その土地の農家が育てて、近所のホテルに納めたような肉だったと思うけど、大量生産されたものじゃ駄目なんだね。

 でも風味ってけっこう忘れちゃうんだ。香りもそうだけど、消えちゃうでしょう? だから、たまたま似た味や香りに出会うとびっくりするし、思い出しちゃう。脳が刺激されて甦っちゃうんだね。幻みたいに。

 ただそうやって記憶を呼び起こされることも、ずいぶんなくなったな。だからもう諦めてる、ないだろうと思って。追い求めることはしなくなったよ。

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 それはハンバーグに限ったことじゃないけどね。チャーハンもそう。昔はどこのお店でもそこそこのおいしさがあって、それが普通だったけど、ある時期からなんか違う味になってきた。

 5年くらい前かな、これだと思うお店を見つけたんだ、日本橋で。それでそこに通うようになったら、一昨年に閉店しちゃったね。「大勝軒」っていう古い中華のお店。作りが喫茶店みたいで、情緒があってすごくよかったんだ。でもそこもなくなっちゃったから。

 バンドのメンバーとリハの帰りに中華を食べた時は、メンバーがチャーハンを頼んで、すごくおいしいって言うんだ。でも前にそこで食べて、すごくまずかったのを知ってるので(笑)。味覚のレベルがまだまだだって説教したことがある。

 味覚も音楽と一緒だよね。音楽は聴けば聴くほどいいように、味覚も食べれば食べるほど研ぎ澄まされる。昔の音は昔の味に近いところがあるからね。

やっぱり、ハンバーグが好きなんだね。

 神戸にツアーで行ったときは、ライブの前に3店舗くらい順繰りに回ってたのを、誰かがツイートして広まったことがある。ゴールデントライアングルみたいなことを言われて(笑)。それは「エビアンコーヒー」っていうカフェとコロッケ屋、あと「ユーハイム」っていうお店ね。

 コロッケ屋は日本一おいしいんじゃないかな。名前は忘れちゃったけど、大丸デパートの広場のところに行けばわかる、行列してるから。「ユーハイム」にはすごく複雑な気持ちがあってね。昔、渋谷にパンテオンっていう映画館があって、封切りものをよく観に行ってたんだ。そこで友だちと観る時は、1階にある「ユーハイム」で待ち合わせしたりしてたわけ。そこはミートパイが大人気なの。ぽろっぽろのそぼろみたいな肉でね(笑)。でもパンテオンが閉館して、それが食べられなくなっちゃった。だから神戸の「ユーハイム」に行くと、季節限定のミートパイを大量に買ってくるんだ。

 イギリスやアメリカにツアーに行った時はどうだったかな。おいしいものもあったね。前に行った時のロンドンは本当に酷くて、食べるものが何もなかったから、インド料理屋さんが並ぶ街に行ってインド料理ばかり食べてた。でも2018年に行ったときはロンドンが変わってて、どこもおいしそうだったね。いろんなタイプの料理屋さんがあったし、食のバブルみたいだったな。

 ニューヨークのお店は、割り切ればおいしいところもあると思うよ。ホットドッグ屋とか老舗のハンバーガー屋とか……やっぱり、ハンバーグが好きなんだね。恥ずかしいなあ(笑)。昔は子供の食べものだと言われてたから。なんで好きなんだろう、そこまで。昔はどこで食べてもおいしかったな。目黒駅前の東急ストアは2階が食堂になってて、母親がよく連れていってくれたけど、ハンバーグが90円くらいで食べられた。それでもおいしかったからね。いい加減に作ってもおいしかった時代だよ(笑)。

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次にライブができるとしたらいつ頃だろう。

 2月にアメリカツアーのライブ盤が出るから、この間までミックスやマスタリングの作業をしてたけど、今回は手直しする必要がほとんどなかった。大きなミスがなかったからね。

 特にアメリカ公演の最終日、ロサンゼルスのライブは出来がよくて、(高橋)幸宏も今まででいちばんよかったって言ってたし、ヴァン・ダイク・パークスは泣けたって言ってくれた。でも僕はライブ盤ってそれほど聴かないから、いいのかどうかわからないんだ、判断基準がなくて。まあ、よかったのかな(笑)。

 お客さんの反応がよかったことは確かだね。 でもなんでみんなが喜んでくれるのか、僕にはよくわからない。 それでロサンゼルス公演の冒頭で、自分はパンダのような気持ちだってコメントしたんだ。きっと物珍しいんだろう、と。

 最近はメンバーにも会ってないな。次にライブができるとしたらいつ頃だろう。(高田)漣くん、今頃どうしてるかな?(笑)

細野晴臣 ほそのはるおみ 音楽家。1947年生まれ、東京都出身。’69年にエイプリル・フールでデビュー。’70年にはっぴいえんどを結成。’73年からソロ活動を開始、同時にティン・パン・アレーとしても活動。’78年にイエロー・マジック・オーケストラ(YMO)を結成。YMO散開後は、ワールドミュージック、アンビエント・ミュージックを探求、作曲・プロデュースなど多岐にわたり活動。

取材・文/門間雄介
(C)2019「NO SMOKING」FILM PARTNERS