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 配信スタートからおよそ2ヵ月。Netflixシリーズ「極悪女王」の勢いが止まらない。SNSは絶賛のコメントであふれ、キャストたちの演技を高く評価する記事もずらりと並ぶ。かつて本連載で白石監督が「社会現象を巻き起こすドラマにしてみせますよ」と宣言した通りの一大ムーブメントとなった。
「とりあえず一演出家としてやりきった感があるので、ヒットは素直にうれしいです。この作品に関しては、長らく連絡を取っていなかった人からも“観たよ”とかメールが来たりしましたし、たくさんの方に観てもらえたんだなと。全5話というのも観やすいだろうし、タイトルからなんとなく想像していたものとは、ちょっと違う話なのも良かったんでしょうね」

 気になるのは続編だが、白石監督は横に首を振る。
「オーディションで女子レスラー役を決めて、そこから何年もかけて体を作って、本番ではリングを組んで、大勢のエキストラを入れて撮影するということがどんなに大変なのか、企画がスタートする前は想像していても理解できていなかったから、勢いで突入できたんです。今はもう知ってしまっているんで、簡単に“はい、やります”とは言えないですね。僕は撮るだけなのでまだしも、レスラー役の人たちに今回と同じことをしてもらうのは難しいですよ」
 時代と共にエスカレートしていくプロレスの内容も、続編が難しい要因の一つだという。
「もう本職でも危険なプロレスになっていくんです。ブル中野VS北斗晶の試合とか、5メートルの金網から飛び降りてギロチンドロップしていますからね。それを再現するにはワイヤーワークで作り込むしかないですし、キャストに苦労させることになるのが明確ですから。僕も今回以上に彼女たちの頑張りを背負わなければいけなくなるので」

 続編は望めないかもしれないものの、何度も視聴できるのはNetflixシリーズの強みの一つ。本作を2回、3回と観返すファンも少なくない。
「ゆりやんと唐田さんと剛力さんがフィーチャーされがちですけど、ビューティ・ペアとか、デビル軍団とか、ダイナマイト・ギャルズとか、他のみんなも作り込みが半端ないので、そこはじっくり観てほしいですし、きっと新しい発見もあると思います」

 配信中の「極悪女王」に公開中の『十一人の賊軍』、そして、フランスでの上映やBlu-ray&DVDの発売が控えている『碁盤斬り』も含め、2024年はこれまで蒔いた種が芽吹き、花開く年でもあった。
「ここ数年やっていたことが一気に全部出て、いったんストックがなくなりました。なので、別の企画を進めたり、プロモーションなどはあったりしましたけど、今年は割と新しいことをはじめられた年でした」
 新しいこととは?
「チェロを習いはじめたんです。イタリアに映画の音楽を撮りに行ったときにヴィオラを弾いている日本人女性の演奏家がいまして、話をさせていただいたんです。その方いわく、ヨーロッパで楽器が盛んなのは、みんな下手でも楽しんで弾いているからだと。楽器って上手に弾けなくてもいいんです、弾くこと自体が楽しいものなんです、と言うんです。その発想はなかったなと思い、何かはじめてみたくなりました。で、どうせやるなら、やったことのない楽器がいいと思い、チェロにしたんです」

 現在、月に2回はチェロ教室に通う日々を送っている。
「生まれてはじめて先生のところに楽器を習いに行っています。ヤフオクで落札して修理したチェロを使って練習中です。今年で僕は50歳になるので、コツコツ10年くらい弾いていたら、60歳になる頃には、多少は聞けるものになるかもしれない。10か年計画です(笑)」

 一方、本業もすでに始動していた。11月中旬には次回作の撮影に入っている。
「詳細はまだ言えないですけど、自主制作の長編映画を撮っています。前にもお話しましたけどArriflex35IICというムービーカメラで撮っていて、脚本はある俳優さんの当て書きです。いつか自分の映画に自分で弾いたチェロの音を入れることができたら楽しいなと思っていて、商業映画では難しいかもしれないですけど、もしこの自主映画がうまくいって続編が作れることになったら、そういうことも可能かなと」

白石和彌

白石和彌 しらいしかずや 映画監督。1974年生まれ、北海道出身。2010年に長編映画監督デビュー。近年の監督作品に『孤狼の血LEVEL2』『死刑にいたる病』『仮面ライダーBLACK SUN』『碁盤斬り』Netflixシリーズ「極悪女王」、プロデュース映画に『渇水』など。最新作の映画『十一人の賊軍』が公開中。

 他にも、キャスティングを進めている映画やリサーチ中の企画などが水面下で進行中。来年の2025年は白石監督にとって、どんな年になるのだろうか。
「のんびり行きたいですけど、ちょっとどうなるのかわかりません。やりたい題材も見つけてしまって、並行していろいろ進めているところです。チェロ教室へ行くのが3ヵ月に1回とかにならないといいけど(笑)」

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