白石監督が総監督を務めたNetflixシリーズ「極悪女王」は、一世を風靡したビューティ・ペアの歌う「かけめぐる青春」で幕を開ける。
「実はあの歌がこの作品のテーマなんです。ビューティ・ペアを見てプロレスラーになった少女たちが、まさに「かけめぐる青春」を実践していく。彼女たちが憧れたもの、生み出したものを追う物語なので、そういう意味ではあの歌唱シーンが冒頭でないとダメだったんです」
本作では主演のゆりやんレトリィバァを筆頭としたキャストたちの努力もあり、リアルなレスラー像を描くことができた。
「みんな長い時間をかけて体を作って、技の練習も重ねて、試合の撮影が近づいてくると“いよいよ試合だね”“頑張ろう”みたいに声をかけあうんです。その感じは、演じるというよりもレスラーを疑似体験しているようでした」
試合のシーンではレスラー役のキャストたちがリング狭しと暴れまわる。
「アクションシーンではカットを細かく割って迫力あるように見せる手法もあるんですけど、今回はそうじゃなくて、流れで見せるのが一番いいなと判断しました。なぜなら、みんな本当にプロレスができるから。プロレススーパーバイザーの長与千種さんも“あと半年もしたら普通にプロデビューできる子がいっぱいいる”とおっしゃっていて。もちろん試合全体の流れは決めていて、僕が演出もしているんだけど、試合中は僕の手が離れるように感じる瞬間が何度もありました。撮っているというより、撮らせてもらっているという感じでしたね」
撮影は常にキャストの安全が最優先だった。
「レスラー役の子がちょっとでも体調が悪かったり、技に不安があったりする場合は長与さんがストップをかけるんです。その子がいくら“大丈夫です”と言っても絶対にやらせない。何人ものレスラーを生み出している世界一のトレーナーですから、みんな長与さんのことを信頼していました」
全日本女子プロレスを立ち上げた松永兄弟の高司役に村上淳、国松役に黒田大輔、俊国役に斎藤工を配した。
「高司が団体の舵取りをして、国松はレスラーに寄り添い、俊国は好き勝手にやるという、良いバランスの3人ですよね。村上さんも黒田さんも斎藤さんも、レスラー役のみんなが頑張っている姿を間近で見てるから、どんなに待ち時間が長くなっても“僕らのシーンは後回しで大丈夫なので”と全面的に協力してくれました」
80年代の女子プロレスを史実に基づいて描いているだけあり、流血などのショッキングなシーンもある。
「“地上波じゃ放送できない”みたいに冗談めかして言われることもあるんですけど、僕らが子どもの頃は全女の流血試合をテレビで当たり前に見ていたわけですからね。劇中にもありましたけど、大阪城ホールで行われた敗者髪切りデスマッチは、あまりに過激すぎて視聴者からクレームが殺到したんです。でも、それは多くの人が見ていたことに他ならない。今の人たちにも、肌触りの良いものだけじゃなくて、たまにはこういうものも見たほうがいい、ということは言っておきたいです。それに、目を背けたくなるような場面があるかもしれないけど、その中にあるピュアな部分は血まみれだからこそ輝くはずじゃないですか。レーティング的には小学生が見ても全然大丈夫なので、子どもたちにもその輝きに触れてほしい。いつか“「極悪女王」を見てレスラーになりました”という人が出てきたら、感激しすぎて、どうにかなってしまうと思います(笑)」
彼女たちの頑張りに、きっと誰もが胸を打たれるはず。
「何者でもなかった少女たちの話です。最後のダンプ松本の引退試合では、本人が自分の引退試合をめちゃくちゃにするんですね。そのあとにクラッシュ・ギャルズとのマイクの応酬があり、再び試合が始まります。その時にリング上で何が起きるのか。ぜひ見ていただいて、そこに込められたメッセージを自分なりに解釈してもらえるといいのかなと思います」
白石監督の2024年は『碁盤斬り』と「極悪女王」に続き、11月1日に公開される映画『十一人の賊軍』で一区切りを迎える。
「正直、まだ抜け殻感が続いています(笑)。ここ数年は撮影に仕上げにと奔走していたので、これからプロモーションなどはありますけど、この『十一人の賊軍』の公開をもって、ひとまずどうにか現状の仕事はやりきったという思いです。映画は手応えがすごくあるので、楽しみにしていてください」
本作では戦場に身を置く罪人たちの物語が描かれる。
白石和彌 しらいしかずや 映画監督。1974年生まれ、北海道出身。2010年に長編映画監督デビュー。近年の監督作品に『孤狼の血LEVEL2』『死刑にいたる病』『仮面ライダーBLACK SUN』『碁盤斬り』、プロデュース映画に『渇水』など。Netflixシリーズ「極悪女王」が配信中。映画『十一人の賊軍』が2024年11月1日に公開予定。
「ロシアのウクライナ侵攻やパレスチナ問題など、世界各地で起きている紛争はこの作品を撮る大きな動機になりました。『十一人の賊軍』は戊辰戦争という日本の内戦を舞台にしているんですけど、戦争を主導する上層部と、何もわからずに右往左往しながら戦っている末端の人々というのは、もう明確に分けて描いています。例えば小さなことなんですけど、上層部の人たちは劇中に名前の紹介を入れていて、主役の2人は意図的に名前を出していないんです。名もなき若い人たちが犠牲になる話でもあるので、変に出したくなかった。今起きている戦争もそうですけど、大局的な視点で見たら兵士数や死傷者数ってただの数字でしかないんです。でも、その数字の一つ一つにはちゃんと名前があるし、それぞれの人生があるということは、この映画で伝えたいことの一つです」