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YADOKARI

未来住まい方会議

アートディレクターのさわだいっせいとプランナーのウエスギセイタを中心とする「住」の視点から新たな豊かさを定義し発信する集団。ミニマルライフ、多拠点居住、スモールハウスを通じ、暮らし方の選択肢を提案。主な活動は、『未来住まい方会議』運営、スモールハウスのプロデュース、空き家・空き地の再利用支援ほか。
250万円のスモールハウス『INSPIRATION』販売開始。http://yadokari.net/

第10回「家を持たない暮らし」

2016.3.20

「俺もあんなふうになるかもしれないと思うと、ぞっとする」

二分咲きの桜の向こうには夜が更けても明かりの消えない摩天楼があり、花見に集まった賑やかな学生の先には、青いビニールシートで作られた寝床がならんでいる。
大学時代の先輩に久しぶりに会った。会社を辞めて、フリーランスで働いているのだと言った。
「今はまだいいけどさ、仕事の依頼が途切れると、無性に不安になるよ」

そんなものかな、とあたしは思っている。いつか見たワイドショーを思い出していた。東京の郊外。河川敷にダンボールの家を建てて暮らしている、いわゆるホームレスのおじさんは、なんだか飄々としていて楽しそうだった。リポーターに向けて話すでもなく、独り言みたいにぼんやりとつぶやいた。

「なんでみんな、あんな蟻塚みたいなビルヂィングに棲むんやろなあ。あんな狭っくるしいところに棲んでて楽しいんかいな」

河原の上にはすこんと抜けた青空があり、向こう岸には商社ビルの群れが、春霞に包まれてぼんやり並んでいた。煤けた服を着たおじさんの方が、同じような背広を着てビルに吸い込まれていく人々よりも、なんだか人間らしく思えてしまう。

そりゃあ、ダンボールとビニールシートの間で寝起きしている人たちが、みんなそんなふうにあっけらかんとして生きているわけではないだろう。生きるか死ぬか、ぎりぎりの毎日をどうにか乗り越えているのだと思う。でも、ちょっと羨ましいなんて、あたしは思ってしまったのだ。

家を持たない暮らし。「持ち家でなく賃貸で暮らす」ということではなく、「毎日帰る場所を持たない」という暮らし。その暮らし方しか選べないというのはつらい。でも、あえてそういう生き方を選ぶとしたら?

安定した収入がありながらも、あえて家を持たない生き方をしている人がいる。それは「ミニマリスト」が最後に行き着くところなのかもしれない。
持ち歩かなくてもよい所有物はトランクルームに預ける。仕事に必要な物は会社のロッカーへ。持ち歩くものはわずかな日用品のみ。その日のスケジュールに応じて、カプセルホテルや友人の家に泊まる。ホテルに泊まる場合には、会社から昼休みに予約する。洗濯物が溜まってきたら、近くのコインランドリーで済ます。

根の生えない草のように。糸の切れた凧のように。帰る場所のない暮らしはどんな感じだろう。心もとないだろうか。今よりずっと自由になれるだろうか。

今あたしは、どこにいても自分の部屋に帰っていく。持ち家なんかじゃなくて賃貸で、気が向いたらすぐに引き払って他の場所へ越してしまえるけれど、でも毎日戻る場所はある。飲み過ぎてどんなにべろんべろんに酔っ払っていても、気がつけばいつもと同じ玄関を開けて、いつもと同じ布団で眠っている。

帰らないということは、どこまでも出掛けて行くということだ。同じ街で生活を送っていたとしても、毎日は旅に等しくなる。そして、「家」を手放した瞬間に世界中がホームになる。世界中が「帰る場所」になる可能性ができる。そうなったとき、たぶん「ホームレス」とはもう呼ばない。ハウスレス、モアホーム。

あたしは月給をもらえる仕事をしているけど正社員じゃないし、いつ仕事が途切れるかわからないという危機感は、フリーランスになった先輩とあんまり変わらない。そう口に出したら、先輩は気を悪くするだろうか。でも、あたしは気づいてしまった。2011年のあの震災の日から。いつ、何を失うかわからない。それは、正社員だったとしてもおんなじだ。持ち家があってもおんなじだ。

お金も仕事も、何もかもを失ってすっからかんになっても、それでも生きていける。ほんの数人でも頼れる友人がいれば、それでもう大丈夫だと思うのだ。

学生時代、アルバイトをしていた料理屋を卒業と同時に辞めるとき、板長が「食えなくなったらいつでも戻ってこいよ。白い飯だけはいくらでも食わせてやるから」と言った。その冗談じみたはなむけの言葉が、あたしの人生を支えている。

まだ開ききらない蕾を月明かりが照らしている。いや、照らしているのは味気ない蛍光灯の街灯だろうか。先輩の横顔が少し青ざめて見えるのは、蛍光灯の白い光のせいかもしれない。たとえハウスが無くなっても、先輩にはいつだってホームがありますよ、という言葉は、言わずにしまっておくことにした。

「ううっ、まだ寒いですね。桜あんまり咲いてないし、焼き鳥でも食べに行きましょう!」
代わりにそう言って歩みを早めると、先輩が呆れた顔をして、それでも足取り軽くついてくるのが見えた。

Via:
【インタビュー 】部屋を持たない実験的な暮らし、一部上場企業マネージャーの西畑 俊樹さん|日本でも始まっている小さな住みかた。アイム・ミニマリスト
http://yadokari.net/im-minimalist/37516/

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