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YADOKARI

未来住まい方会議

アートディレクターのさわだいっせいとプランナーのウエスギセイタを中心とする「住」の視点から新たな豊かさを定義し発信する集団。ミニマルライフ、多拠点居住、スモールハウスを通じ、暮らし方の選択肢を提案。主な活動は、『未来住まい方会議』運営、スモールハウスのプロデュース、空き家・空き地の再利用支援ほか。
250万円のスモールハウス『INSPIRATION』販売開始。http://yadokari.net/

第19回「モノとの距離、人生で大切なコト」

2016.12.20

その人の家はとても小さいけれど、たくさんのモノで埋め尽くされている。DIYで作った棚をびっしりと埋め尽くす小瓶たち、カラフルなペーパーバックの山、細々としたアンティークの雑貨。どれも丁寧に埃が払われ、そのひとつひとつを彼女が大切にしていることがわかる。ニュージーランドのクライストチャーチ。雑貨を愛するリリィが住んでいるのは、わずか14平米のトレーラーハウスだ。そのわずかなスペースが、好きなモノで満たされた彼女の“宝箱”なのである。

小さな家に住んでいる人がみな「ミニマリスト」であるとは限らない。ミニマリストとは、所有物を極力減らし、必要最小限のモノだけで生活する人のこと。その暮らし方は、佐々木典士氏の『ぼくたちに、もうモノは必要ない。―断捨離からミニマリストへ―』(ワニブックス)などで詳しく紹介されている。

もちろんリリィの場合も、スペースの制限があるから所有できるモノは限られる。トレーラーハウスに住み始めるときには、持っていく本を減らすのにとても苦労した。他の人と比べてみると彼女の持っているモノは少ないかもしれないけれど、空間を最大限使ってお気に入りのモノを詰め込むという暮らし方は、ミニマリストとは正反対の「マキシマリスト」と言ってもいいかもしれない。

「30年の住宅ローンのために、週に40時間も働きたくない」。そんなリリィは、オーガニックファームの手伝いや、英語の家庭教師など、楽しいと思える範囲でできる仕事を掛け持ちして生計を立てている。収入は少なくても自分のやりたいことが大事。山歩きやガーデニング、アートや服作りに没頭する。

彼女の生き方を見ていると、「今はそれでいいかもしれないけれど、本当にずっとそんなふうに暮らしていけるの?」と言いたくなってしまう。羨ましいからだ。目覚ましのベルで飛び起きて、毎朝満員電車に揺られて、何よりも「仕事」を優先させている自分。「本当にやりたいことって何だったっけ」なんて考える暇も無く、残業から帰ってきて倒れ込むように眠る。定期的な収入が無いと不安。好きなことだけやっていたら生きていけないんじゃないか。だからあんまり深く考えないようにして、口座に毎月足される数字を喜びにして、単調な日々を生きている。でも、本当はどこかで気がついている。絶対的に安定した収入なんて、どこにも無い。たとえ有名な大企業に勤めていても、公務員であったとしても。

人生の価値観をどこに置く? 自分は何を大切にして生きてきたいと思う? 時々立ち止まって考えてみないと、「お金を稼ぐこと」や「他人に見栄を張れること」ばかりに流されてしまう。リリィの場合、その価値観は明確だ。「好きなモノに囲まれて、好きなことをして生きていく」。それを「がむしゃらに働いてお金を稼ぐ」ことよりも優先させている。ただそれだけのこと。

「お金」よりも優先したいことはなんだろう。

米国メイン州。小さな小屋に住んでいるバート・シャヴィッツは、はちみつを使ったリップバームやハンドクリームで世界的に有名なブランド「バーツビーズ(Burt's Bees)」の創業者だ。ヨレヨレの帽子にモジャモジャの髭。彼の似顔絵はブランドアイコンにもなっていて、ハンドクリームなどのパッケージを飾っている。なぜそんな大富豪が、片田舎で質素な暮らしをしているのだろう?

子どものころ両親と共に訪れてから、メイン州はバートの憧れの地だった。大人になったバートがこの地を訪れたとき、彼は住む家も無く、お金もほとんど持っていなかった。隣人が分けてくれた木材と、ゴミ捨て場から拾ってきた大きな窓。それらを寄せ集めて小屋を建て、彼は憧れの地に住み着いた。夜になると、窓の向こうを月が渡っていく。電気がなくても最高の住まいだと思った。充分に満足して暮らしていたバートであったが、運命のいたずらか、たまたま家のフェンスに巣を作ったミツバチのおかげで彼は大富豪となったのだ。

最終的にブランドは買収され、バートは愛するメイン州で37エーカーの土地を手に入れた。「金は小競り合いの原因になる。そんなもの僕には価値がない」。バートにとってのなによりの贅沢は、たまに聴くラジオと、冷蔵庫があること。一文無しだったころから、欲しいものはすべて手に入れていた。憧れのメイン州、自由気ままな暮らし。それがすべて。豪勢な家も、高価な車も、彼にとっては何の意味もなさない。大富豪となってからも、一文無しだったころと変わりなく、のびのびと生きるだけだ。

生きていくことに違和感を感じたら、一度立ち止まって考えてみよう。自分にとって大切な価値観は何なのか。それは、他人が見たら呆れてしまうようなことかもしれないけれど、自分の人生を生きられるのは、自分だけなのだ。


Via:
好きな物に囲まれて、好きな仕事をして暮らす。「Lily’s Tiny Trailer」(未来住まい方会議 by YADOKARI)
http://yadokari.net/minimal-life/29021/

佐々木典士『ぼくたちに、もうモノは必要ない。 ―断捨離からミニマリストへ―』(ワニブックス)
https://www.wani.co.jp/event.php?id=4749

必要なものはここにある、大富豪バートが小さな家を選ぶ理由「Tiny House of Burt’s Bees」(未来住まい方会議 by YADOKARI)
http://yadokari.net/minimal-life/18328/

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