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YADOKARI

未来住まい方会議

アートディレクターのさわだいっせいとプランナーのウエスギセイタを中心とする「住」の視点から新たな豊かさを定義し発信する集団。ミニマルライフ、多拠点居住、スモールハウスを通じ、暮らし方の選択肢を提案。主な活動は、『未来住まい方会議』運営、スモールハウスのプロデュース、空き家・空き地の再利用支援ほか。
250万円のスモールハウス『INSPIRATION』販売開始。http://yadokari.net/

第2回「旅する暮らし」

2015.7.20

旅が終わるときは、いつも少し切ない。
住み慣れた我が家に帰るのに、そんな場所があることさえ、遠い夢のように想う。安っぽいベンチに座って搭乗時刻を待つ間、ロビーのざわめきをよそよそしく感じる。このまま、この鞄を抱えて、何処へでも行けるんじゃないか。何処に行ってもコインランドリーはあるし、食べるのに困ったら稼ぐ手段だっていくらでもあるだろう。

だけれど、いつも怖気づき、僕はそこから旅立つことができない。
帰り着いて玄関を開ける。むっとした、でも懐かしい空気が僕を包む。この家に不満があるわけじゃない。でももっと身軽に、自由に生きられるような気がするんだ。

ダニエル・ノリスを知ってる? メジャーリーグの野球選手なんだ。1年で2億円も稼ぎながら、ノリスは自分の家を持たない。
……いや、「Shaggy」というフォルクスワーゲンのマイクロバスが、家と言えば家なのだろう。プール付きの豪邸だって余裕で建てられるくせに、彼はその家しか持とうとしないんだ。オフシーズンには、ノリスはこの「家」で、サーフィンのポイントを廻りながら野宿するみたいに暮らしている。ときどきホームレスに間違えられたりしながら。ああ、でもたしかに、僕らが想像する「家」と、彼のShaggyとはずいぶんとかけ離れているから、そういう意味では、彼はホームレスといっても間違いではないのかもしれないね。

だけどさ、彼にとっては豪邸のプールなんて、あまりにもちっぽけなんだ。いい波がきているポイント、その海こそが、彼のプール。そこへいつでも駆けつけられるのが、最高の豪邸。

そうやって旅をしながら生きる贅沢は、単身だからできるというわけではない。アリータとコルビーは、トヨタのランドクルーザー「HJ47」で旅をしながら暮らしている。前のオーナーはこのランクルに「Sheila the Green Beast(緑の野獣、シーラ)」という名前をつけて、もうすでに、オーストラリアを約161,000km旅していたんだそうだ。

さらなる長旅に備え、Sheilaには水のろ過システムやシンク、ソーラーパネルに冷蔵庫が取り付けられた。そうしてふたりは、アメリカ大陸を横断する旅に出る。旅の途中で撮影された写真には詩がそえられ、wanderwith.meというブログで発信され続けている。

ふたりの食卓は旅する土地の文化を映す。その土地で、その季節にしか食べられないものが小さなテーブルを彩る。時には地元の人々と、焚き火を囲んでコーヒーを飲んだりもする。そうしていっしょに笑い合えば、もう誰だって友達だ。

旅をして暮らすことそれ自体が、作品となり仕事となることもある。
写真家のアレッサンドロ・プッチネリは、中古のキャンピングカー「Hymer 1983」を買い、ポルトガルの南海岸を旅する。自分が撮りたいものを追求し続ける為に。寝る前に日課のように撮り続けた写真が、「A Van in the Sea」というシリーズになった。

彼は車内の照明を点けたまま、離れた場所からシャッターを押す。愛車であり、我が家でもあるその車は、夜に包まれて愛嬌のある生き物のように見える。無機質であるはずなのに、何故かとても愛おしい。プッチネリにとっては、それが愛する我が家であるのだから当然なのかもしれない。

「帰る」という言葉が、僕の前に宙ぶらりんにぶら下がっている。旅する暮らしに、帰る場所はあるのだろうかと。
いや、でも、「おかえり」と言ってくれるあなたがいる場所が、僕の帰るところなんだろう。そうしてあなたがいるこの地球上すべてが、僕にとっての住まいになり得る。どんなに小さな住まいであろうとも、それはとても壮大な暮らし方だと思うんだ。

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