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YADOKARI

未来住まい方会議

アートディレクターのさわだいっせいとプランナーのウエスギセイタを中心とする「住」の視点から新たな豊かさを定義し発信する集団。ミニマルライフ、多拠点居住、スモールハウスを通じ、暮らし方の選択肢を提案。主な活動は、『未来住まい方会議』運営、スモールハウスのプロデュース、空き家・空き地の再利用支援ほか。
250万円のスモールハウス『INSPIRATION』販売開始。http://yadokari.net/

第8回「小商い暮らし」

2016.1.20

ああ、早く家に帰ってこの窮屈なスーツを脱いでしまいたい。でも、まっすぐ家に帰る気にはなれない。自宅よりも一駅前で降りる。足が向くのはいつもの呑み屋街だ。

“ 一杯飲み屋で安酒をあおって
 それで毎日毎日が忘られるというのなら
 僕は有り金のすべてをはたいても
 有り金のすべてはたいても ”  高田渡「酒」

そんな歌がこぼれる。毎日の仕事は単調だ。誰のために役に立っているのか、よくわからない。そんなルーティンが虚しくなる。食べていくのには困らない月収。その多くを僕は、仕事で溜まったストレスを晴らすためだけに使っているような気がする。呑んで酒場で陽気に過ごせば、その間だけは明るい気持ちになる。後に残るのは小銭ばかりの財布と、二日酔いで満員電車に揺られる翌朝の自分。そして、またいつもの退屈な仕事。

僕は何のために働いているんだろう。

会社に就職するという働き方が当たり前になったのは、意外と最近のこと。高度成長を迎える前の日本には、もっといろんな働き方があった。「いい学校」を出て「いい会社」に就職した友人たちは、今頃どうしているのだろう。真面目に働いて、一戸建てを建てるためにコツコツと貯金しているんだろうか。まさかね。

「起業をする」と言うと、ものすごく大変な事のように聞こえる。個人事業主、フリーランス。サラリーマンばかり見て育ってきた自分には、そんな恐ろしいことはできないと怖じ気づく。でも実は、仕事をつくり出すことって、そんなに難しいことではない。

東日本大震災の年に出版された『月3万円ビジネス』(藤村靖之著、晶文社)は、ひとつの仕事で食べていこうとしなくていいということを教えてくれた。月に3万円しか稼げない仕事でも、それを10個やったら30万円になる。実際にそうやって生きていこうとしている人がいることを『ナリワイをつくる』(伊藤洋志著、東京書籍)で知る。どんなに小さくてもいいから、まずはひとつ、自分なりの商いをつくってみる。それが自信に変わる。ひとつ仕事をつくれば、次の仕事が生まれる。

例えば、東京のデザイン事務所で働いていたチョウハシトオルさんは、故郷の大磯で焼き芋屋を始めた。デザイナーである彼にとって、「やきいも日和」という焼き芋屋の仕事も作品のひとつだ。パッケージやのぼりも、デザイナーである自分自身が手がける。できることややりたいことを掛け合わせると、小商いはスムーズに加速するみたいだ。
壺の中にサツマイモをぶら下げて焼く珍しい焼き芋屋は、地元の朝市へ出店するうちに話題になった。受け取る人の顔が見えるということ。目の前で美味しいと言ってくれること。それは大きな儲けを手にすることよりも、ずっと嬉しいことなのかもしれない。

生活するにはこれくらいのお金が必要だ、という固定観念がある。でも、ストレスも無く、憂さを晴らす必要も無い生き方をしていたら、もっとずっと少しの収入でも楽しく生きていけるんじゃないか。

建築デザイナーの立道嶺央さんが自転車で移動ケーキ屋を始めたのは、身の丈にあった生き方を考え続けていたから。コミュニティをつくりたい、自転車が好き、ケーキも作ってみたい。パズルのピースを組み合わせるみたいに、自分サイズの商いが始まった。一風変わったケーキ屋は、ついに鎌倉の街に根を下ろし、訪れる人を笑顔に変えている。

ふと、自分の仕事を振り返る。喜ぶ人の顔が見えない仕事に、僕はやりがいを失っている。B to C。大きな企業(Business)と顧客(Consumer)。お客さんが僕には「人」ではなく、「数字」に見えてしまうときがある。遠すぎて見えないけれど、そこに確かに人はいるのに。そういう働き方が悪いわけじゃない。活き活きと働いている同僚だっている。でも、もっと手の届く距離で生きられないだろうか。小商いは、言ってみればH to H。人間(human)同士の、Hotなやり取り。そんな商いに、僕は憧れてしまう。

モバイルハウスで小商いをしている人たちもいる。オーストラリアのある夫妻は、古いトレーラーハウスでヴィンテージショップを営みながら旅をしている。とっておきの物たちと、それを気に入って大切にしてくれる人とを結びつけるために。現代のシルクロードを行く。そんな生き方も増えてきている。

さて、僕は何から始めようか。


Via:
【書評】小さな稼ぎを複数持って生活を楽しむ「月3万円ビジネス」|YADOKARIの本棚
http://yadokari.net/yadokari-bookshelf/33884/

【インタビュー】大事なことは始めること、「やきいも屋・デザイナー」のチョウハシトオルさんに聞く小商い|ちいさくはじめる小商い
http://yadokari.net/coakinai/19222/

【インタビュー】なぜ路上でケーキ屋をするのか?POMPON CAKESの立道さんに聞く小商い|ちいさくはじめる小商い
http://yadokari.net/coakinai/20315/

自分の素敵!を広げたい、旅する小商いアンティークショップ「Vintage Shop Caravan」
http://yadokari.net/minimal-life/19187/

旅暮らしのエアストリームは、作り手の想いをのせたセレクトショップ「Small Room Collective」
http://yadokari.net/minimal-life/32939/

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