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YADOKARI

未来住まい方会議

アートディレクターのさわだいっせいとプランナーのウエスギセイタを中心とする「住」の視点から新たな豊かさを定義し発信する集団。ミニマルライフ、多拠点居住、スモールハウスを通じ、暮らし方の選択肢を提案。主な活動は、『未来住まい方会議』運営、スモールハウスのプロデュース、空き家・空き地の再利用支援ほか。
250万円のスモールハウス『INSPIRATION』販売開始。http://yadokari.net/

第5回「多拠点での暮らし」

2015.10.20

南北に長く横たわる日本列島。その気候は亜熱帯から亜寒帯にまでわたる。そんな列島をまるで渡り鳥のように、夏は北へ、冬は南へ旅しながら、自前で内装を変えたワゴン車で暮らしている老夫婦のドキュメンタリーを見たことがある。病気がちな妻の為に、あるときからそうやって暮らすようになったのだという。

そこまで極端なことはできないけれど、暑い夏は涼しい場所で、寒い冬は暖かな場所で暮らせたらどんなにいいだろうと思う。四季があるというのは日本のよいところだけれど、でもやっぱり、一年を通して気温差が激しいのは身体にこたえると、年齢を重ねる度に思うのだ。

大学へ通う為に東京へ越してきて、そのまま都内で就職して、気がつけば故郷で暮らしていた時間よりも、東京で生活してきた時間の方が長くなった。夏にはじりじりと灼けつくアスファルトの道を歩き、冬は身を切るようなビル風にコートの襟を合わせて歩く。東京の暮らしは嫌いではないが、せめて遠くに山でもが見えたら気持ちがいいのにと、高層ビルの合間に上る月を眺めながら思うのだ。

同僚が逗子に引っ越した。毎朝1時間以上かけて通勤しているようだ。「始発だから間違いなく座れる分、楽だよ」とは言うが、それにしたってやっぱり、毎日のこととなると大変なんじゃないか。移住するとなると、子どもの転校のことも考えなくちゃいけないし、そう簡単には踏み出せない。波乗りが好きな同僚は、休みの度にサーフボードを抱えて海に行くらしい。もともとがっしりとした身体つきだったが、よく日焼けしてさらに健康そうに見える。
「羨ましいな」
そう言ったら、「じゃあ、別荘とかいんじゃない?」と、なんでもないことのように言う。
「別荘? そんなリッチなもの、持てないよ」
子どもの頃、親に連れられていった軽井沢の白樺の林を思い出した。白いコテージ、ログハウス。こんなところに夏の間だけやってくる人たちは、どんなお金持ちなんだろう。

日本の景気が今よりずっと良かった頃、別荘は豊かさの象徴みたいなものだった。ブランド品を身につけたり、外車を買ったり、持ち家を建てたり、マンションを買ったり。そんな贅沢品の行き着く先が別荘だったように思う。豊かな「モノ」を持つことが満足。そう皆が感じていたバブリーな時代が過ぎ去った今、大量に造られた別荘が、手が届くような値で数多く売りに出されているらしい。自分には到底縁のないものだと思っていたけれど、意外とそうでもないのかもしれない。

そんな別荘を扱っているサイトを調べてみた。新幹線や高速道路を使えば、都内から1時間くらいで行ける別荘地は案外多い。伊豆高原や熱海、軽井沢に草津、房総や那須塩原、八ヶ岳に蓼科。旅館に泊まるのもひとつの楽しみではあるけれど、もっと気ままに過ごせるのが別荘の魅力だ。天然の温泉を独り占めしたり、友人たちを呼んで庭先でバーベキューをしたり。そんな休日を考えるとわくわくとしてきた。

贅沢品としての別荘ではなく、暮らしを彩る新しい「豊かさ」としての別荘。安く売られている分、どうしたって補修や改修にお金や労力がかかるだろう。でもそういった手間をかけることこそ愛着につながるのだと思う。昭和のテイストを感じさせるデザインや、忍者屋敷のような不思議な間取り。毎日生活するには不便そうだけれど、休日だけだったらそんな不便ささえ楽しめてしまいそうな気がする。

だけれど、なかなか毎週なんて通えないよなぁと、ふと思う。住んでいない時間が長ければ長いほど、家は傷んでしまう。やっぱり別荘なんて夢のまた夢か。少し虚しくなって、パソコンを閉じた。

久しぶりに、中学時代の友人と飲みに行った。大学までは都内に出てきていた地元の友人たちも多かったが、就職してからも東京に残っている仲間はずいぶん減ってしまった。数少ない東京在住の地元の友人たちと、そうやって年に何度か集まる約束をしている。それぞれ結婚したり親になったりしてはいるが、会えばみな昔の面影を残しているのがなんだか微笑ましい。
「なんかさ、こうして東京の生活に染まってきたけど、どこか田舎に休みの日だけのんびり過ごせるような家があったらいいなと思うんだ。『別荘』っていうと大げさだけど」
そんな話を何とは無しにしていた。
「でもさ、やっぱり管理なんてできないとも思うんだよね。いくら安いっていったって、それなりにお金はかかるし」
「じゃあさ、みんなでシェアすればいいんじゃない?」
意外な答えが返ってきた。ああでも、なるほどそうか。費用の負担も少なくなるし、それぞれが行けるときに行けば、ひとつの家族で使うよりも管理できる時間が増える。みんなで予定を合わせて、合宿みたいに泊まるのも楽しそうだ。所有するよりも、シェアをするという豊かさが、僕らの時代にはある。

夢がまた、動き出した。次に皆と会うのは、もしかしたらそんな新しい住まいを見に行くときかもしれない。

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