加藤 中村さんの作品は雑誌で拝見して、とてもいいなと思っていたんです。どうして金工家になろうと思ったんですか?
中村 最初はまったく興味がなかったんです。武蔵野美術大学ではインテリアデザインを専攻していて、空間設計や家具などのデザインを学んでいました。卒業後は焼き物の産地である愛知県常滑市にある住宅設備機器メーカーのデザインセンターに就職したのですが、たくさんの部署があり、分業で商品を開発していて、自分が何かを作っているという実感がなくて。
加藤 自分がやりたいと思っていることではなかった?
中村 はい。そんな葛藤の中、常滑の陶芸家の方々が今日考えたものを明日には形にしている姿を目にして、頭と手が一体化しているスピード感に強い憧れを抱きました。その後、名古屋で鍛金をされているご夫婦に出会い、金属もいいなと思うようになったんです。
加藤 金属に惹かれた理由は何だったんですか?
中村 金属って経年していく面白さがあると思うんです。使えば使うほどいい感じの色や艶に育っていく表情に魅力を感じました。
加藤 最初は何を作ったんですか?
中村 自分が欲しいデザインのやかんを作ろうと思いました。やかんって毎日使うし、普段は台所に出したままじゃないですか。だから空間に置いたときに様になるようなやかんにしたかったんです。見せたくなるやかんがあったらいいな、と。
加藤 技術はどうやって習得したんですか?
中村 大学の同級生に相談したり、大学の先生が開いていた教室で鍛金の基礎を学んだりしました。
加藤 周りも驚いたでしょ。
中村 そうですね。会社を辞めて東京に戻ってきて、やかんを作り始めたので、友達が全員ザワついていました(笑)。そのときに持てる技術だけで作った最初のやかんを今でも定番の一つとして作っています。
加藤 すごい! 最初に完成していたんだ。
加藤 作品が売れるまでには何年くらいかかったんですか?
中村 幸運なことにすぐにお店などに置いてもらえるようになって。でも、やかんはすぐには売れなかったので、カトラリーやお皿なども作っていました。それが1~2年目くらいだと思います。もともとデザインをやっていたので、こういうものがあったらいいなというアイデアをどんどん形にしていきました。
加藤 1個の作品を作るのにどれくらいかかるんですか?
中村 1個ずつは作らずに、同時進行でいくつかの工程に分けて作っていくんです。普段は2、3個で、個展前だと5個ぐらい。最初は1個作るのに1週間くらいかかっていたんですけど、今は1日か2日ですね。
加藤 やかんも1日、2日で完成するんだ。早いですね。
中村 だいぶコツを掴んで上手くなってきたし、作っている時はものすごいスピードで叩いています(笑)。紙を立体にしようとするとシワが寄るじゃないですか。金属も同じなんです。そのシワを厚みと高さに変えていくのが鍛金という技術で、金づちで叩きながら形を立ち上げていきます。
中村友美 なかむらゆみ 金工家。1981年生まれ、埼玉県出身。武蔵野美術大学卒業後、住宅設備機器メーカー、インテリアデザイン事務所勤務を経て、金工家に。国内外で個展を開催し、注目を集める。現在は奈良に在住。
加藤 何回くらい叩くんですか?
中村 金属は叩くと硬くなるので、火にかけて柔らかくしてからまた叩く。これを20回ぐらい繰り返すと徐々に形が立ち上がっていきます。
加藤 なるほど。中村さんはそうして作ったやかんが誰かの家のキッチンに置かれているところを想像するんですか?
中村 ある程度想像しますし、どんな空間にも合わせられるようなデザインにしています。
加藤 作るときに意識するのは?
中村 寸法を揃えバランスを整えることと、やりすぎないことは意識しています。単純な造形に落とし込み、余白を持たせています。
加藤 抜け感が大事なんだ。
中村 密度と抜けのバランスはすごく気をつけていて。時を超えていける美しさというのは、完璧なものよりも少しだけ違和感があるもの、そこに未知なる可能性を感じられるものなのではないかな、と思っています。まだまだ探っている最中ですが、今自分が作るものにはそれが通底しているように思います。
加藤 車のメルセデスってエンブレムを見なくても分かる形をしているんですよ。どのクラスでもメルセデスって分かるデザインの軸がある。そういうことですよね。
加藤浩次 かとうこうじ 芸人・タレント。1969年生まれ、北海道小樽市出身。1989年に山本圭壱と「極楽とんぼ」を結成。コンビとしての活動のほか、『スッキリ』『がっちりマンデー!!』『人生最高レストラン』などでMCを務める。
中村 お客様に「いろいろな物を作っているけど、どれも全部中村さんだね」と言われたことがあって。何か一貫しているものはあるのかもしれません。
加藤 毎回聞いているんですけど、中村さんにとっての「至福のとき」は?
中村 この間、尊敬するアーティストの方が工房のある奈良まで来てくださったんですけど、私の作品に対する感想がすごく面白かったんです。
加藤 どんな感想だったんですか?
中村 やかんを「フグみたい」だと(笑)。「このフグは自分がかわいいってことを分かっていて、でもすごく芯が強くて、人から言われたことを曲げないタイプだね」と。生き物に例えられたのは初めてで、しかも性格がある。ユニークな表現なんですけど、自分とは異なるジャンルの作り手が抱いた感想はものすごく刺激的で、未知なる感覚にどきりとしました。そうした瞬間が私にとっての「至福のとき」かもしれません。これからも好奇心を持って、やったことがないものにあえて挑戦してみたいと思っています。