俺が泊まっていたハリウッドの近くにある安いモーテルに北野監督が訪ねてきてくれたときのことは忘れられないね。目が合った瞬間、どれだけ俺の顔がパ~っと笑顔になったか。たけしさんも嬉しそうな顔してくれてさ。「あんちゃん、もういいから俺のホテルで一杯やろうよ」って自分が滞在しているホテルに連れて行ってくれたんだ。その道中「アメリカ横断旅してたんだって? 何か面白いことあった?」と聞かれたから、「グレイハウンドバスに乗って、うっかりトイレでたばこ吸っちゃったら、テキサスのど真ん中で下ろされました」なんて話をしたらゲラゲラ笑ってさ。で、ポツリと言ったの。「うちのやつらは無茶するやつばっかだなぁ」って。俺、当時はオフィス北野に入っているわけじゃないし、もちろんたけし軍団でもない。それなのに「うちのやつら」って笑ってくれた。俺、頭の中で何度もその言葉が浮かんできてさ。身内扱いされたみたいで本当に嬉しかったのを覚えてるよ。で、そのあと「今度沖縄のヤクザの映画撮るから。あんちゃん、役あるからよ」って話をしてくれたんだ。
それが『ソナチネ』だった。俺はたけしさんを慕う舎弟役。いつも主役の隣に映れるありがたさもあったけど、それよりなにより撮影中も監督のそばでいろいろと学べるのが嬉しかったねぇ。監督の言うことをほとんどオウム返しでやって、それでもついて行くのに必死だったけど、撮影に行く日は毎日ウキウキだった。俺のシーンで一番苦戦したのは……そうだなぁ、やっぱり沖縄の海岸で勝村政信と相撲を取る場面。紙相撲みたいに動いたりする、ちょっとコントみたいなシーンで、よく「アドリブですか?」って聞かれるんだけど、とんでもない。あそこは本当に苦労したの! 撮影前、監督に渋谷スタジオに呼ばれてさ。「今からやるから見といて」ってたけしさんとガダルカナルタカさんが見本を見せてくれたんだけど、もう間が最高でめちゃくちゃ面白いんだよ。ところが俺と勝村が同じようにマネしてやっても全然面白くない。焦った。やっぱりお笑いの人の間ってすげえなぁって思ったよ。だから沖縄に行く前に東京で何度も練習したんだけど……まぁ編集で助けてもらいました(笑)。そんなシーンをアドリブっぽく見せるテクニックもすごいと思うよ。
『ソナチネ』はカンヌ国際映画祭でも上映されて、世界中で熱狂的な北野映画ファンが生まれるきっかけになった。おかげで俺もちょっと「この兄ちゃん誰だ」と思ってもらえて、いろんな映像作家に出会うきっかけになった。篠崎誠監督に出会ったのもその頃。篠崎さんは映画『おかえり』で、心の病を抱えた妻に寄り添う夫という役を与えてくれたんだ。その作品で東京スポーツ映画大賞新人賞をもらったの。北野監督が審査委員長を務めている賞で、監督は2回も見てくれたらしい。俺は32歳になっていたけど、新人賞が本当に嬉しかった。ようやく役者としてスタートできたと思ったから。
映画やドラマで少しずつ仕事が増えていくなか、久々に北野組でがっつり出られることになったのが『HANA-BI』だった。北野組だし、脚本も最高だし、役も大きいし、すべてが楽しみでさ。ところが、撮影が終わるたびに北野監督が食事に連れて行ってくれるんだけど、「そういえば、寺島はドラマで上手い芝居を覚えて、それを映画でやろうとしてるって助監督の○○が言ってた」とか「記録の誰々さんが言ってたけど、寺島は妙に上手い芝居を覚えて~」とか毎回違うスタッフの名前を出して同じことを言うんだよ。いったいどういうことだろうと思って名前が出たスタッフさんに事情を聞いたら「ああ、それは監督の意見よ。私そんなこと一言も言ってない」って言われて(笑)。俺、すっかり迷っちゃってさ。
多分、芝居を覚えたての頃だったから、ヘンな色気が出てたんだろうね。でも、自分では分からない。だから、初めて聞きに行ったの。そしたら監督はメイク中だったんだけど、たばこに火つけて大きく吸った後、フーッて煙を吐きながら、「間かな」って。余計頭を抱えたよ(笑)。結局、わけが分からないまま撮影は終了。苦い思いが残った……それから数年後に、監督の家で飲み会があって、このときの話をしたの。そしたら監督、「あれは自分で自分に言ってたんだよ」って……。本当のことは分からないけどね。でも終わりよければすべてよし、だよ。この後、『HANA-BI』はとんでもない展開をみせたから。
寺島 進 てらじますすむ 東京都出身。俳優・松田優作が監督した「ア・ホーマンス」でデビュー後、北野武作品で活躍の場を広げる。映画のフィールドからテレビドラマの世界でもその顔は知られるように。
『HANA-BI』はベネチア映画祭のコンペに出ることになって、俺、自費でついて行ったの。キャストは行っちゃダメって言われてたんだけど、行ったもん勝ちだよな(笑)。公式上映ではベネチアの青い絨毯を監督と一緒に歩いて、並んで観て。見終わった観客からの熱狂的なスタンディングオベーションに包まれてたら胸がいっぱいになったよ。後悔もあったけど、そんなこと吹き飛ぶくらいこの作品に出られたこと、北野監督のことが誇らしかった。結局、『HANA-BI』はその年のグランプリである金獅子賞を受賞。みんなのもとにその知らせが届いたとき、監督はちょっと照れくさそうに「いやぁ、実は持ってきてたんだよね。冷えてないけど」って部屋の奥からでっかいシャンパンを出してきたんだ。俺がボンッと開けて、たくさんこぼしつつ、みんなで乾杯して……。シャンパンはぬるかったけど、あれは生涯で最高の味だった。