加藤 杉本さんは写真家であると同時に現代美術作家でもあり、建築にも携わっているじゃないですか。幅広い分野で活躍されていますけど、自然な流れでそうなっていったんですか?
杉本 仕事の依頼が来たらなるべく断らないようにしていたら、職種が増えちゃったんです。建築に関しても見よう見まねでやっていたら、どんどん依頼が来るようになってしまって。僕は建築士の資格を持っていないので、設計ができる人を雇うために必要に迫られて、建築設計事務所の「新素材研究所」を設立したんです。
加藤 建築設計事務所まで作っちゃうって、すごすぎですね(笑)。
杉本 作らないと仕事ができなかったから。事務所を作ってから定期的に仕事を受けるようになって、今では設計のできる優秀な人たちがたくさん所属していますよ。僕は無免許のままだけど(笑)。
加藤 最近はどういった仕事をされているんですか?
杉本 事務所としては2026年春に京都で開業予定の帝国ホテルの内装を手がけています。あと、ワシントンD.C.のスミソニアンにあるハーシュホーン博物館の彫刻庭園をリニューアルする計画に長年関わっていまして、ようやく着工しました。
加藤 世界規模ですね。庭園の完成はいつ頃ですか?
杉本 2026年春です。もともとが日本庭園にインスパイアされた庭園だったんですけど、少し使い勝手がよろしくないということで、私にリニューアルの話が来たんです。庭園そのものがアート作品のようなイメージで、リニューアル後はさまざまな彫刻のコレクションが庭園に展示されます。
加藤 杉本さんの作品も展示されるんですか?
杉本 はい、私の彫刻も置きます。
加藤 杉本さん、演劇の仕事もされていますよね。
杉本 最近だとBunkamuraでオペラ「ドン・ジョヴァンニ」の舞台美術を手がけました。去年からオペラを毎年1作上演するという企画がありまして、1回目の舞台美術が千住博さんで、2回目が私。あとコロナ前になるのかな、パリのオペラ座から頼まれて、350周年記念公演のバレエ「鷹の井戸」を演出しました。
加藤 演出家ですね!
杉本 演目や振付師などを決めるプロデューサー兼演出みたいな立場ですね。
加藤 仕事の幅が広すぎますよ(笑)。世界でも杉本さんのような人はいないですよね。杉本さんの肩書はアーティストでいいんですか?
杉本 萬屋というか、便利屋が一番当てはまるのかな。依頼されたら何でも手伝ってしまうから。
加藤 でも相手の要求に応えられる人は少ないですよね。何でもできてしまうのはどうしてだと思いますか?
杉本 写真を撮っていたから光のコントロールに慣れているというのはあるかもしれません。建築も彫刻も演劇も光が大事でしょ?
加藤 確かに。そもそも写真を撮りはじめたきっかけは何だったんですか?
杉本 中学生の頃から鉄道模型が好きで、父から譲り受けたカメラで資料として蒸気機関車の写真を撮っていたんです。いわゆる“鉄っちゃん”のはしりですね(笑)。
加藤 お父さんはどんな方だったんですか?
杉本 母の実家の会社で働いていましたけど、落語家でもあったんです。商売がうまくいっていたので辞めちゃったんだけど。
加藤 そうだったんですね。
杉本博司 すぎもとひろし 現代美術作家。1948年生まれ、東京都出身。写真、彫刻、インスタレーション、演劇、建築、造園、執筆など多方面で活躍。2008年、建築家の榊田倫之と建築設計事務所「新素材研究所」を設立。2009年公益財団法人小田原文化財団設立。1988年毎日芸術賞、2001年ハッセルブラッド国際写真賞、2009年高松宮殿下記念世界文化賞(絵画部門)受賞。2010年紫綬褒章受章。2013年フランス芸術文化勲章オフィシエ叙勲。2017年文化功労者。2023年日本芸術院会員に選出。
杉本 普段の会話もどこか落語っぽいというか、食事のときも「お前、そんなによく噛んで食べてると口の中でうんこになっちゃうぞ!」とか言われたり(笑)。いつもネタを考えていたんじゃないですかね。だから、私も自然と口上を覚えちゃったりして。それが頭のトレーニングになって、現代美術の創作に役立ったのかもしれません。現代美術ってトンチみたいなところがあるでしょ。他の人とは違う見方や考え方が必要なんです。だから現代美術作家って人が悪いんですよ(笑)。
加藤 あははは。シニカルな視点が必要なんだ。杉本さん、万人にウケるアートって何だと思いますか?
杉本 物って100年も経てば価値が変わるし、誰が良いと思うかでも変わってきますから、答えは出ないんじゃないかな。ただ、自分の作品は自分が見て飽きないものにしたいなとは思っています。
加藤 杉本さんの写真シリーズの「海景」はずっと見ていても飽きないですよね。
杉本 海って人類に意識が芽生えて、最初に目にした風景だと思うんですよ。私の最古の記憶にある風景も海ですし、「海景」を撮るに至ったのはそうした理由からです。
加藤浩次 かとうこうじ 芸人・タレント。1969年生まれ、北海道小樽市出身。1989年に山本圭壱と「極楽とんぼ」を結成。コンビとしての活動のほか、『がっちりマンデー!!』『人生最高レストラン』などでMCを務める。
加藤 そんな杉本さんの「至福のとき」を教えてください。
杉本 人類の滅亡に立ち会えたとしたら、こんなに至福なことはないですね。
加藤 めちゃくちゃ恐ろしいこと言いますね(笑)。それはその瞬間を見てみたいという欲求ですか?
杉本 生まれてこのかた「この世界って何だろう?」「何で人間は生まれてきたんだろう?」とずっと考えてきたんです。でも答えなんて出ない。人類のはじまりなんて誰も覚えていないけど、ならせめて、滅亡するときにその光景をみんなで見ることができたら、すごく荘厳じゃないかなと。それこそ「至福のとき」だと思うんです。
加藤 それを至福と思えるのは、今を生きているということでもあるのかもしれないですよね。すごく面白かったです。ありがとうございました!