日本アカデミー賞の最優秀作品賞に輝くなど、2019年は『新聞記者』が大きな注目を集めた藤井監督だが、話題作を手掛けたことによる気負いのようなものは、まったくない。
「『新聞記者』は監督として一生懸命やりましたし、自主映画からやってきた身としては、何万人、何十万人の人に観てもらえるって、こんなに嬉しいことなんだと実感しました。何よりも、スタッフやプロデューサーが喜んでくれたのは一番嬉しかったですね。ただ、良くも悪くも、僕自身に変化はないし、変わる必要もないと思っています」
最新作は、2020年9月4日公開の『宇宙でいちばんあかるい屋根』。NHK朝の連続テレビ小説のヒロインにも決まった清原果耶を主演に据え、少し不思議なひと夏の物語が描かれる。
「『新聞記者』の取材で、主演の松坂桃李さんが“一回演じた役は成功体験が身についてしまっているので、今はなるべく別のものにトライする時期だと思います“みたいなことをおっしゃっていて。僕は、その言葉を自分の言葉として使わせてもらっているんですけど、まったく一緒で、『新聞記者』を撮った人間が次に『宇宙でいちばんあかるい屋根』を作ることのほうが面白いし、意味があると思っているんです」
さらに、2021年には綾野剛と舘ひろし主演の『ヤクザと家族 The Family』の公開も控えている。順風満帆に見えるが、新型コロナウイルスの影響で中止になってしまった作品もあったという。
「脚本は7年くらい前にできていて、全てキャストも決まって、ロケハンにも行ったんですが、完全にストップしてしまいましたね」
コロナ禍の中で考えたのは、やはり映画や映画館のこと。
「今、さまざまな動画配信サービスがあり、映画の見方が多様化している中で、映画館に行く意味というものを映画業界の人たちが重要視しているのはすごく感じるんです。僕は、映画館の人たちとこれからも一緒に生きていくために、映画を観る行為に“体験”としての価値を見いだせるよう、模索していく立ち位置で居続けたいと思っています。もっと“映画館って楽しいよね”ということを僕ら自身も考えていかないといけないというのは、この期間で考えました。僕は、動画配信サービスというのは、映画を身近にしてくれた素晴らしいメディアだと思うんですが、映画人として映画はあくまでスクリーンで観てもらうために作りたいという想いがあるんです」
今回のことで映画業界全体が苦境に立たされたのは確かだが、それでも、希望は失わない。
「たぶん、五社体制が崩れたときだって大変だっただろうし、個人的なことで言えば、自主映画を撮っていたときだって、自分たちで興行のシステムを作って作品を公開したり、劇場に直接営業に行ったり、状況は常に苦しかった気がします。スクラップビルドは毎回どこかで起きていて、今回はそれが全員に起きたので前例がなかった。でも、前例がないからこそ、チャンスでもある。一回、ゼロになったからこそ、新しいアイデアが生まれる土壌も整った。みんなが外出自粛期間に考えたことそれぞれが正しくて、たぶん、それをやり続けていくことに意味があるんだと思っています」
藤井道人 ふじいみちひと 映画監督。1986 年生まれ、東京都出身。日本大学芸術学部映画学科卒業。大学卒業後、2010 年に映像集団「BABEL LABEL」を設立。2014年に伊坂幸太郎原作『オー!ファーザー』でデビュー。 以降『青の帰り道』(2018 年)、『デイアンドナイト』(2019 年)など精力的に作品を発表。2019 年に公開された『新聞記者』は日本アカデミー賞で最優秀賞 3 部門含む、6部門受賞をはじめ、映画賞を多数受賞。 新作映画『宇宙でいちばんあかるい屋根』(2020年9月4日公開予定)、『ヤクザと家族 The Family』(2021年公開予定)が控える。